死体アンチ嬢

すずまる

死体アンチ嬢

死体アンチ嬢


健ちゃん 男

ミサキ  女

店員   叫べる人

黒服   健ちゃんを殴れる人、健ちゃんを運べる人

死体   動かない人、笑わない人


ミサキ  健ちゃん健ちゃん、何か落ちてたよ?

健ちゃん 何これ?

ミサキ  えっと、なになに? 死体アンチ嬢? 安置場じゃなくてアンチ嬢。何これ?

健ちゃん 死体になりたいあなたへ、秘密の死体、なってみませんか? ……何これ?

ミサキ  え、なに死ぬの? 行ったら殺されるの?

健ちゃん 命に別状はありません、大切なのは気持ちですだって。一応安全らしいよ

ミサキ  へぇー……行ってみる?

健ちゃん やだよ、こんな変なお店

ミサキ  行かないの?

健ちゃん 行かないでしょ、そんな変なとこ

ミサキ  えー、いいじゃん。行こうよどうせ暇だし

健ちゃん マジで? めんどくさいよー



  死体アンチ嬢へミサキを先頭に向かう。



健ちゃん 結局来ちゃった

ミサキ  こ、ここが死体、アンチ嬢………不思議な場所ー

健ちゃん なんでマネキン?

ミサキ  理想の死体だからとか?

健ちゃん ……ピエロに、カエル。訳わかんない

ミサキ  ホラー作品でも使われる生き物たち。死が身近にあるという象徴!


  健ちゃんがミサキを指差しながら言った。


健ちゃん ここに生きた人間が

ミサキ  自ら死を選べるという神秘!

健ちゃん なんでも褒めるじゃん。ねえ、もういいでしょ? 帰ろうよ

ミサキ  いいや、まだよ! 私は死体になりに来たんだから!

健ちゃん 何でそんなに興味津々なの? 死にたいの?

ミサキ  そんな訳ないでしょ、単純にここがどんなお店か気になっただけ

健ちゃん 気になるかなぁ、こんなとこ。店員はいないし、店も暗い。それにこんな変な置物ばっかで……、ん? なんだこれ?


  部屋の真ん中。人が乗れるぐらい大きなテーブルにシーツが被さっていた。


ミサキ  シーツ、取ってみない?

健ちゃん ええ…やだよ

ミサキ  えいやー!


  ミサキがシーツを無理矢理剥がす。

  そこには真っ白なワンピースに包まれた綺麗な人が倒れていた。生きているのか、死んでいるのかは見ただけでは分からない。


ミサキ  うわっ、なんだコレ?

健ちゃん し、死体だ。完成度たけぇなおい

ミサキ  え、これホントに死んでる?

健ちゃん 見た感じ……死んでるね。肌の色が悪い………冷たいのかな? ミサキ、触ってみてよ。

ミサキ  なんで私に触らせようとするの?

健ちゃん え、いや。別にそんなつもりは

ミサキ  じゃあ、健ちゃんが触って

健ちゃん え、ちょっとそれは

ミサキ  卑怯者

健ちゃん うっ

ミサキ  ぐず

健ちゃん うっ

ミサキ  ノロマ

健ちゃん あー、分かったよ。触ればいいんだろ!


  健ちゃんが手を伸ばす。

  店の奥から店員ろ思わしき人物が大慌てで飛び出し、健ちゃんの手を掴む。


店員   触ってはなりません、お客様!

健ちゃん え、ちょっと。誰だアンタ!

店員   それはこちらの台詞です! あなたたちこそ誰ですか! ん、そのチラシ…

健ちゃん そうだよ、このチラシでこの店にやって来た客だ

ミサキ  そうだそうだ! 神様がやって来たぞ

健ちゃん おいミサキ、やめとけって

店員   え、えーーー! お客様でしたか! これはこれは、誠に申し訳ございません!

健ちゃん いやいや、そこまで謝られるほどじゃ…

ミサキ  そうだそうだ、詫びろ、土下座しろ!

健ちゃん だからミサキ

店員   申し訳ございませんでした


  綺麗な土下座である。


健ちゃん いや、だからってアンタもするなよ。プライドないのか

店員   ふー、まあ茶番はここまでにしておきましょう

ミサキ  健ちゃん、この人怖い

健ちゃん 俺はお前も怖いが、まあ同意見だ

店員   聞こえてますよ、お客様。まあいいでしょう。3番目のお客様なので、多めに見ましょう。それでは早速ですが、コースのご選択をお願いいたします

ミサキ  そうですねぇ、やっぱり今日は…

健ちゃん ちょっと待て、ちょっと待て。え、この状態で話進めるの? 君たち正気?

店員&ミサキ 何が?

健ちゃん この死体だよ死体! 死んでるじゃん!

店員   ああ、そちらは2番目のお客様です。先ほど、深い眠りについたのですよ

ミサキ  見れば見るほど完成度高いですね

店員   そうでしょうそうでしょう? 特にこの色の悪い肌、純白の着物。初回のお客様で緊張しましたが、申し分ない仕上がりでございます

ミサキ 流石プロですね

店員   恐縮です。それではお客様、奥の方へ

健ちゃん いやいや、だから待てって。ミサキも警戒しろよ

ミサキ  なんで?

健ちゃん いや、死ぬじゃん。奥行ったら死ぬじゃん

ミサキ  死なぬわけないでしょ。法律違反だよ

健ちゃん じゃあ、この死体はなんだよ

ミサキ  死体だよ

健ちゃん 死んでる体だぞ!

ミサキ  ……ほんとだ! 死ぬじゃん!

健ちゃん やっと分かったか、もういいだろ。帰ろうぜ

店員   どうしましたかお客様


  店員が健ちゃんと出入り口の間に立った。


健ちゃん すいません、店員さん。僕たちもう帰ります

店員   何故ですか?

健ちゃん 死にたくないからに決まってるじゃないですか

店員   死ぬ? なぜ死ぬんです?

健ちゃん あなたが、客を殺してるんでしょ? それであたかもそれが商売であるかのように振る舞って、これ以上引き留めるなら訴えるぞ!

店員   私が殺している? そんなバカな

健ちゃん だったらこの人はなんなんだ!


  健ちゃんがテーブルの上の人を触ろうと手を伸ばした。


店員   触るのだけはお止めください!

健ちゃん え?


  手は止めたが、好奇心が触ろうとしてしまう。


店員 ダメ


  その手を店員が掴む。


ミサキ あ、


  面白がって今度はミサキが手を伸ばした


店員 ダメですって


  次は健ちゃんが手を伸ばす。


店員 だからダメだって!

健ちゃん&ミサキ あ、


  二人が同時に手を伸ばした。


店員   テメェら俺の言ってることが分かんねえのか! 猿かお前ら!

ミサキ  本性表した

健ちゃん 顔の皮、案外薄いな

店員   ……オホン、いいですかお客様。何か誤解があるようなので申しておきますが、このお客様は死んでいるように見えて、実は生きています

ミサキ  え、生きてるの? こんなに顔色悪いのに?

店員  それが我々の技術でございます。生きている方をまるで死んでいるように見せる。これが私の悲願でした

健ちゃん ……ほんとに生きてる?

店員   勿論でございますよ

健ちゃん 触るのは?

店員   私、先ほど止めましたよね?

健ちゃん 息してるか口に手を当てていい?

店員   止めてください

健ちゃん 目を開けるのは?

店員   はいもう限界です。営業妨害として訴えますね。警察呼びますねー!

ミサキ  あー! ちょっと待って待って。警察だけは止めて!

店員   お客様以外に渡す優しさなどありません

ミサキ  ちょっと、健ちゃん。謝って

健ちゃん 俺が謝るのか?

ミサキ  当然でしょ? ここお店だよ? 健ちゃんがやってることって、ただのタチの悪いクレーマーだよ?

健ちゃん さっきミサキもやってただろ。それに、俺はこれが生きてるのかどうか確認したいだけなんだよ

店員   お客様はディズニーランドで友人とテストのことを話すんですか? 夢の国で夢をぶち壊しますのですか? ああ、あなたはノリが悪そうだから、それが普通なんですかね?

健ちゃん あの…例えがちょっとよく分からないんですけど

ミサキ  分かります、分かります店員さん!

健ちゃん あれ、俺が少数? 俺がおかしいの?

ミサキ  健ちゃんって、ほんとにいつも現実主義なんですよ。カチューシャなんて絶対つけないし、待つの嫌いだからって列にも並ばない

店員   せっかく夢の世界に入るんだから、世界観を守って欲しいですよねー

ミサキ  ねー

健ちゃん あれ、いきなり俺が悪者に…

店員   分かりましたか? ここは、世の中に疲れた人が、一時の癒しを求めて死体になりに来るお店なんです。それなのに、「死んでる? ねえ、本当に死んでるの?」って、ムードをぶち壊さないでくださいよ!

健ちゃん あ、いや、その…別にそんなつもりは…

店員   私だってね、別に怒りたいわけじゃないんですよ。ですが、お客様がせっかく死を体験しているのですから、それを邪魔しないでもらいたい!


  そう言い切った時に、店員が怒りに身を任せてしまいつい癖で台パンしてしまう。死体に。

  音から想像するに、かなり強い衝撃が死体に伝わったはず。しかし、死体は声の一つも漏らさない。まるで、本当に死んでいるかのように。


健ちゃん 結構強く叩きましたね…大丈夫、なんですか?

ミサキ  お客さん、夢から覚めない? 大丈夫?

店員   え、ええ。大丈夫ですよ、大丈夫です。大丈夫ですから、大丈夫なんですよ。

健ちゃん 声震えてますけど?

ミサキ  ちょっと健ちゃん、揚げ足取るのは止めてあげなよ

健ちゃん そんなつもりないって。それより、もういいだろ? 帰らないか?

ミサキ  えー、せっかく来たのに試さないの? 店員さんも安全だって言ってるし、ちょっとだけ試してみない?

健ちゃん …これを?

ミサキ  うん、それを

健ちゃん だって、胡散臭くない?

ミサキ  ねえ健ちゃん、偶には冒険も必要だと思わない?

健ちゃん 思わない。さ、帰るぞ

ミサキ  もう! 健ちゃんっていっっっつもそうだよね!

健ちゃん え、ミサキ?

ミサキ  プレゼントの値札は剥がさないし、誕生日ケーキは普通に冷蔵庫に入れて隠す気ないし、クリスマスはサンタ帽子被ってくれないし! 健ちゃんにはロマンがないし、ロマンチックのかけらもない!

健ちゃん 一応言っておくが、ロマンチックは形容詞だからロマンスって言った方がいいぞ

ミサキ  …………店員さん、こいつを奥に連れてって

店員   はい、お客様。かしこまりました

健ちゃん え、ミサキ? 顔怖いんだけど、怒ってる?

ミサキ  はい、健介くん…いや、健介さん。別に怒ってないですよ?

健ちゃん なんか心の距離も離れてるし、物理距離も離れてるし……怒ってるよね?

ミサキ  店員さん、お代は私が払います。なので、その人にとびきりのサービスを

店員   かしこまりました。


  店員が両手を叩くと奥から二人の黒スーツが出てきた。


健ちゃん え、何この人たち

店員   やっちゃって下さい

黒服   はい


  鈍い音が聞こえた。黒服が健ちゃんを殴った音だ。

  健ちゃんは膝から崩れて気絶した。


店員 お見事です。それでは、運んでください。私はお客様の対応をします

黒服 はい


  黒服が健ちゃんを運ぶ。


店員  彼の対応はお任せ下さい……ご見学なさいますか?

ミサキ いえ、結構です。お気遣いはありがたいですが、もう彼に興味が持てませんから

店員  そうですか。それでは、またのご利用をお待ちしております、1番目のお客様。

ミサキ もう利用しないよ。次こそは、理想の彼氏を見つけるから。


  ミサキがお店を出る。


店員 本日はありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死体アンチ嬢 すずまる @zatusyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る