お土産に『彼女』を要求したら『了解』って返事が来た

マノイ

本編

『お土産何が欲しい?』


 高校二年のとある連休中、ベッドでゴロゴロしながら漫画を読んでいたら幼馴染の鳥鼠とね 紅羽くれはからメッセージが届いた。彼女はこの連休に家族と旅行に行っているので、こうして知り合いにお土産について聞いているのだろう。


 俺、牛神うしがみ 健太けんたと幼馴染との仲は可もなく不可もなくと言った感じで、まぁまぁ話をする女子といった感じだろうか。小さい頃は良く一緒に遊んでたけれど、思春期を迎えた頃から適度な距離間で接するようになった。

 彼女は明るく人付き合いも多いから、その中の一人として埋没してるって感じかね。


 にしてもお土産か、どうすっかな。

 考えるの面倒だし、無難にお菓子にしてもらおうかな。


 いや待てよ。

 紅羽ならこの冗談が通じるかも。


 ふっと湧いて来た悪戯心が赴くままにネタ返信をしてみた。


『彼女』


 ふざけたことに対してお怒りのスタンプが来るか、軽くいなすか、笑ってくれるか、どれもありそうだ。すぐに既読になったけれど、返信内容を考えるのに時間がかかるかなと思い漫画へ意識を戻そうとしたら、思いの外返信が早く来た。


『了解』


 了解っておい。

 人攫いでもして来る気か?

 それとも現地で仲良くなった女子との合コンでもセッティングしてくれるのかね。

 家族旅行でそれは無いか。


 きっと冗談に対して冗談で返しただけだろう。

 俺は大して気にせずに、このやりとりについて忘れることにした。


――――――――


 そして連休明けの学校にて。


「おはよ~これお土産ね」

「ありがとう!」


 紅羽は朝から友達にお土産を配りまくっていた。よくそんなにお金あるなとも思ったが、セットのお菓子をバラして配ってるだけだからそんなにお金かかってないのかな。彼女の家は両親が娘を溺愛しているし、お菓子程度のお土産ならお金を出してくれていた可能性もある。


「健太おはよう」

「おう、おはよう」


 紅羽はお菓子の箱を手に持ったまま俺の所に来て朝の挨拶をすると、そのまま素通りしようとした。


「ちょっ、俺のは?」

「え? 健太は違うでしょ?」


 あちゃ~

 リクエストした『彼女』がお土産だなんてあり得ないし、これふざけたことを怒ってるパターンか。紅羽の性格なら気にせずお菓子くれそうだと思ったけど、甘かったな。きっとお土産探す時間無くて慌てている時にふざけてしまったとか、そんなところだろう。


 しゃーない、お土産は諦めるか。


「ごめん、ふざけたの謝るわ」

「何のこと?」


 ええ……謝っても許してくれない程に怒ってるのか。見た目はそんな風には見えないけれど、クラスの皆が見ているから表に出さないようにしているのかな。

 もっと誠心誠意謝らなきゃダメか。いや、人が居ないところで謝った方が紅羽も素直な対応をしやすいだろうし今は待つか。


「あ~気にすんな」

「変な健太」


 話を打ち切ったから紅羽は引き続きお土産を配りに回るだろう。

 そう思っていたのだが、何故か彼女は俺の方に顔を近づけて来た。


「お、おい……」


 紅羽はクラスの中でも上から数えた方が早いくらいには可愛い。いくら幼馴染で見慣れているからとはいえ、間近にまで近寄られるとドキドキしてしまう。ぷるんとした瑞々しい唇に思わず目が吸い寄せられるが、それが俺の唇へ到達するなんてことはもちろん無く、耳元へと寄せられた。


「健太へのお土産は後でね」

「え?」


 紅羽はそれだけ言うと俺から体を離して、何事も無かったかのようにお土産配りを再開している。


 どういうことだ?

 てっきり怒っていてお土産無しなのかと思ったけれど、別に用意してくれているってことか?

 でもそれならここで渡してくれれば良いのに後でとは一体?


 まさか本当に女子を紹介してくれるなんてことないよな、ハハハ。


 急に彼女が近づいたからか、耳元で甘い声を囁かれたからか、それともまさかの『お土産』への期待によるものなのか、俺のドキドキは全然治まりそうに無かった。


――――――――


 その日の放課後。


「健太、帰ろ」

「は?」


 授業が終わって帰ろうとしたら紅羽が突然話しかけて来た。


「突然どうしたんだ?」

「お土産を渡そうと思って」

「ああ、なるほど」


 びっくりしたわ。

 だって紅羽と一緒に登下校するなんて小学生の時以来だぞ。


 幼馴染で気軽に話が出来るというのは、傍から見ていると付き合っているようにも見えやすい。

 それもあって俺は勘違いされたら紅羽が困るだろうと思って気を使っていた。


 今のクラスメイト達の反応を見る感じ、俺の気遣いは正しかったようだ。


「やっぱりあの二人って付き合ってるのかな」

「ずっと怪しいとは思ってたんだよね」

「紅羽ちゃん、がんばれ」


 思春期の性なのか、男女がちょっと接近しただけです~ぐ恋愛に結び付けるんだよな。

 紅羽だって気になる男の一人や二人いるだろう。彼女の恋愛の邪魔をしたく無いんだがなぁ。


「学校に持ってこれないのか?」

「持って来れなくはないけど、渡し方が……その……」


 妙に歯切れが悪いな。

 まさか本当に『彼女』をお土産にしているわけではあるまいし、渡し方が気になるお土産ってなんだよ。


「分かった分かった。それじゃあ帰りに貰うよ。それで良いんだな」

「貰ってくれるの!?」

「え、ま、まぁ余程いらないものじゃなければな」


 好みの物じゃなくても紅羽がくれるのならありがたく貰っておくよ。


「絶対だよ! いらないって言ったら泣くからね!」

「おい待て。泣くって何だよ。何を渡そうとしてるんだよ!」


 怖い系のやつじゃないだろうな。

 髪が伸びる日本人形とかだったら、流石に怒るぞ。


「それじゃあ行こ」

「スルーするな。質問に答えろって」


 くそぅ、だんまりを決め込みやがった。

 顔を真っ赤にしているが、失言しちゃって動揺してるのかな。


「つーか、何処に行くんだ?」


 お土産を貰えるのは良いが、何処で受け渡しをするつもりなのだろうか。


「ついてくれば分かる……よ?」

「何で不安そうに言うんだよ」


 相手が喜んでもらえるか分からないから不安だという気持ちなら分かるが、そこまで露骨に不安げにされるとこっちも不安になってくるぞ。


「…………」

「…………」


 普段は軽快に会話が出来るのに、無言の時間が続きむずむずする。

 そんなこんなで連れてこられたのは近所にある寂れた神社。


 入口も社務所も閉じられていて誰が管理しているのかも不明なそこは、そこそこの広さがあるので子供達の遊び場になっており、俺も小さい頃に良く遊んだ場所だ。ただ、時代が違うからなのか偶々なのか、今日は子供達の姿が無かった。


 その代わり、という訳では無いのだろうが、ものすごく綺麗な若い女性が一人立っていた。制服は来ていないけれど見た目の若さは俺達とそうは変わらないので、私服なのか高校卒業したての大学生くらいの年齢だろう。


 まさか本当に『彼女』がお土産だった!?

 紅羽が女子を紹介してくれるってこと!?


「あれ、鳥鼠さん?」


 謎の女性は俺達に気が付くと紅羽の名字を呼んだ。

 知り合いってことはやっぱりそうなのか。


「え、あの、あれ? 何で?」


 それにしては紅羽が動揺してるな。

 ……そうか、本当はまだ登場させない予定だったのが、もう居たからびっくりしてるんだな。きっとどこかに隠れてもらって、俺を驚かせるつもりだったのだろう。


「うっそ~マジで!? こんなことってある!? あ、もしかしてその男子が例の子?」

貴虎きとらさん待って、お願い待って!」

「あ~これから・・・・なのか。ごめんごめん」

「…………」


 話の流れが良く分からないな。

 どうしてこの貴虎さんって呼ばれた女性はこんなにびっくりしてるのだろうか。紅羽が呼び出したんだろ?


「こっそり見てて良い?」

「貴虎さん!」

「あはは、冗談だって。それじゃあまたね」


 あれ、貴虎さん行っちゃったよ。

 彼女がお土産ってことじゃないの?


 頭が混乱して来たから素直に聞いてみた。


「紅羽、今の人って?」

「旅行先で出来た友達。地元が同じって聞いてたけどまさかここにいるなんて……」


 この感じだと仕込みじゃなくて偶然会ったってことか。


「なぁんだ。てっきり『お土産』なのかと思った」


 俺にだけ特別なお土産があって、渡し方が困るって言われた上に、お土産を渡すと言って連れてこられた先に同世代の女性がいたなら、マジで『彼女』を紹介されると思っても変じゃないよな。

 だから素直にその感想を言っただけなのだが、紅羽の様子が少しおかしい。


「あの子が良かったの?」

「そりゃああんな綺麗な子が彼女だったら嬉しいさ」

「…………」


 見るからに不機嫌そうになってるんだよな。

 何かマズいこと言っちまったかな。


「やっぱり帰る」

「え?」


 紅羽は怒ったまま踵を返して神社から出て行こうとする。


「ちょっと待てって、お土産は? 俺、何か変なこと言ったか?」

「だって貰ってくれないもん」


 どうしてそうなるんだよ。

 ちゃんと貰うって言ってるのにさ。


「受け取るって、絶対に受け取るって」

「……本当?」

「ああ」


 しゃーない、こうなったら髪が伸びる日本人形だって貰ってやるさ。


「本当に本当?」

「本当だって」

「返品しちゃダメだよ?」

「そんな失礼なことしねーよ」


 返品したくなる可能性があるものなのかよ。

 マジでこいつは何を買ってきやがったんだよ。


 紅羽は少しの間だけ何かを考えてからくるりと俺の方を向いた。

 そして顔を真っ赤にしながら両手を横に広げた。




「お土産、貰って下さい……」




 どういうこと?

 何も手に持ってないよね?


 などと超鈍感系の主人公みたいなことは流石に言わねーよ。


 少しばかり思考がフリーズしちまったが、紅羽のお土産が何かなんてちゃんと分かってる。

 分かってるが……




「貰いたいけど、それは難しいぜ」

「っ!」




 俺の答えを聞くと、紅羽の瞳にみるみるうちに涙が溜まってゆく。

 ああもう俺ってやつは、どうしてこう勘違いさせるような言い方になっちまうんだよ。


「もらってぐれるっでいっだのに……」

「待て待て、勘違いするなって」


 このままだと変に拗れてしまうから早く真意を伝えないと。

 でも、その、正直なところ、すっげぇ恥ずかしい。


 さっきの紅羽以上に顔が真っ赤になっているのを自覚するくらいに。




「だって、その、貰った瞬間に、『彼女』じゃなくて『許嫁』になるだろ……」

「ふぇ?」




 俺達は幼い頃、この神社で約束をした。


『大きくなったら結婚しようね』


 その他愛も無い約束を俺はしっかりと覚えていた。そして紅羽が敢えてここで『お土産』を渡そうとしてくれたってことは紅羽もまた覚えているからなんだと思う。

 だとすると俺達の関係は『彼氏』『彼女』を飛び越えて『許嫁』や『婚約者』という関係になってしまうだろう。


 だから『彼女』として受け取るのは難しいのだ。


「健太!」

「わわっ」


 紅羽が思いっきり抱き着いて来た。

 柔らかな感触とふわっと漂う女の子の香りにドキドキが加速する。


「覚えてくれてたんだ……」

「まぁな」

「いつも距離があるからてっきり私に興味ないのかと思ってた」

「紅羽が恥ずかしくて距離取ってる気がしたから遠慮してたんだよ」

「私だって健太が私と一緒だと恥ずかしいのかなって思ってたから……」


 なんだ、俺達はずっとお互いに相手の気持ちを誤解して離れていたのか。

 てっきり紅羽は俺とは友達の関係でありたくて恋人にはなりたくないのかと思ってた。


「でも健太。それならどうして『彼女』が欲しいなんて言ったの?」

「……だってそれでマジで紹介してくれたら脈が無いってことだろ」


 あのメッセージを送った時は冗談だと思っていたが、改めて思い返すと『もしも紅羽が女子を紹介してくれるなら俺を男として見てくれてないな』と諦める理由にしようとしていたような気がする。


「健太の馬鹿。すごい凹んだんだからね」

「わりぃ。でもそれにしては返信早くなかったか?」

「いつもの冗談だと思って素で冗談で返したつもりだったの……」


 でも後で冗談とはいえ俺が彼女を欲しがっているという事実に気が付いて凹んだってことか。

 マジで悪いことしたな。


「これからは気を付ける」

「うん」

「俺は貰ったものは大事にするタイプだからな」

「あはは、悩んで悩んで用意したお土産なんだから大事にしてね」

「おうよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お土産に『彼女』を要求したら『了解』って返事が来た マノイ @aimon36

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画