第3話 転

 僕が十六歳になり、間もなく父が亡くなった。


 雪の降る中、父は共同墓地に埋葬された。村の教会の裏にある場所で、参列者の去った墓地には寂しさだけがあった。


 それから、しばらく僕は孤独のうちに過ごした。でも、泣いてばかりはいられない。僕は父の店を継ぎ、働かなくてはならなかった。その頃には、僕は村の秘密、古くから存在する隠されたルールを知っていた。


 かつてこの土地を治めていた古き神、彼女は今も冬になればこの土地を訪れ、村は彼女の望むものを差し出さなければならない。そうしなければ、村に災いが起こると言われている。


 実際は、彼女の望むものを差し出さなくても、ミラ・カーが村に災いをもたらすということはないのだろう。僕が思うに、かつて村に居た先祖たちは神様がなるべく、いつまでも寂しい思いをしないで済むように、神様のためのルールを作ったのだと思う。


 今ではミラを神様として信仰する者は少ない。彼女は古くから存在するものとして多くの村人たちから受け入れられている。彼女の力を恐れる者がいても、村そのものが彼女を拒絶するということはなかった。それだけでも、彼女には救いになっているだろう。


 ただ、それでも……父を失った今の僕には分かった。孤独のうちに生きることは辛い。村には僕と関りのある者は沢山居た。それでも、家族が居ないというのは寂しくて苦しい。


 ミラは、僕が生きてきた何倍もの時間を孤独のうちに過ごしてきたはずだ。それは非常に辛く、耐え続けるのは苦しいだろう。僕は父を失った悲しみを感じながら、同時に彼女の悲しみを取り除いてやれないだろうかと考えるようになっていた。


 その年の冬も、ミラは村までやってきた。雑貨屋の中で彼女は辺りを見回してから父の所在を尋ねた。僕は父が亡くなったことを伝えると、彼女は寂しそうに俯いた。


「そう……彼もこの世を去ったのね」

「眠っているうちに亡くなったんだと思う。安らかな死に顔だった。苦しまずに死ぬことができたのは、あの人にとって幸運だったはずだよ」

「ええ……そう思いたいわ」


 彼女は僕にお悔やみの言葉をくれた。それから、僕たちはいつものように、彼女が狩ってきた得物と雑貨屋にある本とを交換した。


「ハンス君。お店のほうはうまく続けられているの?」

「なんとかね。父から必要なことは教わっていたから、なんとかなってるよ。でも……」

「でも? なんなの?」


 訊いてくる彼女に僕は頷いて答えた。


「正直、人手は足りていない。結構大変だよ」

「人を雇うわけにはいかないの?」

「何とかお店をやれてるけど、結構ギリギリでもあるんだ。父の葬儀にもお金を使ったし、人を雇って使っている余裕はないかな」

「そうなのね」


 ミラは何か考えるように口元へ指を当てた。その仕草はなんだか扇情的で僕の心臓が脈打つのが分かった。十六歳の僕はミラという女性にはっきり恋という感情を持っていた。


「ねえ、ハンス君」

「うん」

「冬の間だけでも、私をこのお店に置いてみない?」

「……え!?」


 突然の提案に僕の体は固まってしまう。僕は彼女のことを眺めていて、何も言えずに立ちつくしていた。黙ってしまった僕からの返事を彼女は辛抱強く待ってくれていた。


「……それは……うん、それは嬉しいけど、良いの?」

「良いわよ。あなたは困っているようだし、冬の間は手伝ってあげる。私は冬が終わる時まではこの村に居られるから」

「ありがとう。助かるよ」

「ただ、私は日の光があるところでは動けないから、夜以外は屋内の仕事しかできないのだけれど……それでもいい?」

「もちろんだ。屋内でできる仕事だって沢山ある。よろしく頼むよ」


 彼女が雑貨屋を手伝ってくれるなら、とても助かるし、それ以上に寂しさが和らぐのは歓迎すべきことだと思う。その時の僕は彼女からの提案を快諾した。


 それから、冬の村で彼女との共同生活が始まった。ミラには父が住んでいた部屋を使ってもらい、別々の部屋で寝た。彼女は物覚えが良く、そして色々なことを知っていた。


 ミラのおかげで、苦しかった家系も楽になっていった。辛いときに手を貸してもらえて助かった……というだけでなく、ミラの知恵で多くの問題が解決したのだ。


 ゆっくりと時は過ぎていく。一日が終わるたびに春が近づき、ミラとの別れも近づいてきた。また冬になれば会えるが、その間は僕もミラも寂しい思いをすることになる。


 少なくとも、十六歳の僕には家族の居ない一年を過ごすことができる自信がなかった。


 だから、冬の終わりが近づいてきた頃、雑貨屋の仕事も一息ついてきたタイミングで僕はミラに言ったのだ。


「ねえ、ミラ。僕を山の屋敷へ連れて行ってくれないか?」


 雑貨屋のカウンターからそういった僕に、棚の商品を整理していた彼女は振り向いた。


「それは春から先の季節も一緒に居たいということ?」

「うん……そうだよ」


 僕の言葉に対し彼女は難しい顔。その時の彼女は、そうしたくても、そうするべきではないと悩んでいたのだと思う。


「冬で無ければ、私はきっとあなたを殺してしまうわ」

「本能を押さえられなくなるから?」

「そうよ」

「今はこんなに、普通に暮らしていられるのに」

「それは今が冬だからなのよ」


 彼女は寂しそうな顔をして、僕はその表情を見るのが嫌だった。


「何か君と一緒に居られる方法は無いの?」

「……あるわ……でも、それはあなたには辛いことよ。耐えられないかもしれない」

「きっと僕は耐えられる。どんな方法かだけでも教えてほしい」


 彼女はしばらくためらった。でも、結果的には教えてくれた。


「それは……あなたを私のような吸血鬼……眷属にする方法よ」

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