第129話 試作会2

 そして迎えた金曜日の放課後。

 調理室には文化祭のときに調理を担当する数人が集まった。もちろん同じクラスの人なんだが、俺が会話をしたことのない人がほとんどだ。


「どうしたんだ?そんなにガチガチになって。借りてきた猫みたいになってるよ」

「いや、知らない人の中に放り込まれたら誰でもこうなるって」

「クラスメイトなんだけどね・・・」


 俺が一人で隅の方に居ると、そんな俺を気にして陽人がこっちにやってきた。よく話したこともない人の輪の中に入れって言われても酷なだけだ。今日もほとんどの事は陽人に任せるつもりではいる。


「今日の事は頼んだぞ」

「うーん、今日は悠真が主役なんだけどな」

「そんなこと言ってもこの中で上手くやれるほどの自身は俺にはねえよ」


 まともに話したこともない人に教えられる程の技量も無ければ気の利いたジョークなどを言える自信がない。


「そんなに固く考える必要は無いよ。悠真はいつも通りにしてくれてれば良いんだから。そうすれば今日はうまくいくよ」


 陽人のその言葉の自信がどこから来るのか分からなかったが、なぜか納得してしまうほどの力が言葉にこもっていた。


「それに、何かあったとしても問題には発展しないと思うよ」

「それはどういう意味・・・」


 俺が陽人に言葉の真意を聞こうとしたタイミングで調理室のドアが開く音がした。


「全員揃ってるな」

「小林先生?どうしてここに?」

「何だ高橋、私がここに来るのがおかしいってか?」

「いや、そういうわけでは」


 そうして調理室の中に入ってきたのは小林先生だった。普段の小林先生の行動を視てると分かるが、この人はこういったものに顔を出すような教師ではない。


「誰がこの調理室を抑えたと思ってるんだ?担任としてお前たちが問題を起こさないか監視する義務があるんだ。正直な事をいうと仕事が溜まっているからこんなことしている場合じゃないんだがな」

「最後の一言さえなければただの良い教師だったのに」


 小林先生は相変わらず小林先生をしていた。最後の一言さえなければ模範的な教師だったのに、その一言が着くだけで全てが台無しになってしまう。


「私も忙しいんだ。さっさと始めてくれないか?お前たちも高校生だから分かると思うが時間は有限だ。みのりのある時間になることを期待している」

「じゃあ、早速始めようか」


 小林先生からのありがたい(?)話の後、陽人がここにいる人全員に声をかけた。もちろん、その声に逆らう人はおらず、全員がそれぞれのテーブルについていった。

 俺も自分の場所に行こうと思ったのだが、どこを使うのか聞いていなかったので陽人に聞くことにした。


「なあ、俺はどこで調理すれば良いんだ?」

「ん?ああ、そういえば悠真にはまだ言っていなかったね。悠真の席は無いよ」

「・・・は?」


 陽人の口からは衝撃的な言葉が飛んできた。え、俺呼ばれてきたのに席無いの?じゃあ今日は何しにここに来たの?


「俺帰っていいやつ?」

「あ、ごめんごめん。言い方が悪かったね。悠真にはどこかの席に座るんじゃなくて色んな場所を回りながら教えてもらうから」

「・・・は!?」


 ちょっと待ってくれ、俺は何も聞いてなかったんだが?俺が作るのだと思っていたし、教えたり、他の人とのコミュニケーションを取るのは陽人の役割だと思っていた。

 なのに、、


「俺が教える?そんなことできないって」

「そう言われても、俺もみんなに教えられるわけじゃないからな。お前なら作ってるわけだし色々知ってるだろ?」

「それはそうかもだけどよ」


 確かに俺がレシピも決めたわけだし、俺が周りに教えるのが正しいのかもしれないけれど、周りに教えるには俺と周りとの関係値が低すぎる。


「困ったことがあったら俺もサポートするからやってくれないか?」

「今まさに困っているんだが?」

「それは俺がどうにか出来る問題じゃないからな」


 そう言うと陽人は自分の席から立ち上がって全員に聞こえるように言った。


「放課後にわざわざ集まってくれてありがとう。今日は今度ある文化祭で作ろうと思っている料理を実際に作ってみようと思う。もしだけど、ここにいる中で実は文化祭のときに別の仕事をしたいって人がいたら教えてくれないかな。今日の集まりじゃなくて別のことをお願いすることになるから」


 陽人のその言葉に対して立ち上がるものはいなかった。


「じゃあ、このまま説明を始めていくけど良いかな。今回の文化祭ではスコーンとフレンチトースト、あとプリンを作ろうと思っているんだけど、今日はその中のスコーンとフレンチトーストを作ってみようと思ってる。プリンは冷やして固める必要があるから次の日に学校がある日に作ることになるかな」


 そう、俺が元々陽人に作るなら一日で完成させることが出来るスコーンとフレンチトーストにしようと言っていた。

 もちろんフレンチトーストは一晩寝かせたほうがナジが染み込むんだけど、試作の段階だし作り方の確認だけだから味の善し悪しは二の次っていうのが俺の考えだ。


「ちなみになんだけど、スコーンとフレンチトーストをどっちかでも作ったことがある人がいたら手を挙げてほしいんだけど」


 陽人がそう問いかけると数人の生徒が手を挙げた。正確には3人の女子生徒と一人の男子生徒だ。


「うーん、こういうときは別々のグループに分けるべきか、一緒にしていくべきなのか、悠真はどう思う?」

「なんでここで俺に振る?」


 陽人はさっきまでみんなに話しかけていたように俺に話を振ってきた。俺は自分に話が来ると思っていなかったのでその言葉に戸惑っていた。


「なんでって、今日は悠真が仕切るんだよ?だから悠真に決めてもらうのが一番良いと思ってね」

「陽人がやった方が良いと思うんだけど」

「当日も悠真に仕切ってもらうことになるんだから今日からやっておいたほうが良いだろ?」

「・・・どうなっても知らないからな」


 陽人は爽やかな笑顔を作ってこっちを向き、俺に仕事を任せると言ってきた。俺はそんな笑顔を向けられて屈することしかできなかった。

 いや、こんな笑顔を向けられてら誰でも惚れるって。まあ、俺には美月っていう彼女がいるから陽人に惚れるってことは無いんだけどな。


「じゃあ、今陽人が言った通り俺が今日のことを任されることになったんだけど、この中に普段から料理してるって人はどのぐらいいるんだ?」


 俺が問いかけるとさっきの四人の他に二人の生徒が手を挙げた。


「じゃあさっき作ってことがあるって言っていた四人は同じグループに集まってもらって、他の今手を挙げた二人は別のグループに入ってもらって全部で4つに分かれてもらいたい」

「だそうだ。急に悠真に色々言われて戸惑ってるのかもしれないけれど、悠真はちゃんと考えてくれているから大丈夫。あと、前も言ったかもしれないけれど、今回の文化祭で使う料理を考えたり試作してくれていたのは悠真だから俺より全然詳しいから困ったときは悠真に聞くようにするように」


 俺一人の言葉では不安だったけれど、陽人がちゃんと後ろからサポートしてくれた。

 俺の願い通りに集まって人たちは4つのグループに分かれてくれた。俺はそれぞれのグループに行き一冊のノートをぞれぞれのグループに置いていった。


「一応そこにあるノートに材料と作り方を書いてあるから、作れる人はそれを作ってくれても大丈夫。分からなくても俺に聞いてくれれば教えるから気軽に聞いてほしい」

「悠真、そんな声じゃ誰も怖くて聞けないよ。もっと笑顔で明るく」

「そうは言われても。あと、陽人はあのグループに入って手伝ってもらうからな」


 俺はそう言って、料理を普段している人がいないグループを指さした。


「なんで俺まで?当日の俺は調理場にいないはずなんだけど、、」

「陽人は料理も出来るって健一から聞いているからだ。あのグループの段取りがうまくいくかどうかを見守っておくだけでいいから」


 俺はそう言って後に、冷蔵庫の中からそれぞれのグループの机の上に食材を置いていく。作ったことのあるグループは食材とレシピを見ながら作り始められるように準備を進めていく。

 他のグループも手を洗って準備を進めていく。今日の朝に家から持ってきた食材を冷蔵庫から取り出して配り終えた後、一緒に持ってきていたものも置いていく。


「それが完成品だから、それを作っていくことになる。良ければ食べてみてほしい」


 俺がそう言うと、みんなが作ってきたスコーンとフレンチトーストを口の中に入れた。その味に対しての不満が出てこなかったから俺の作ったものが悪かったわけではなさそうだ。


「おい、高橋」

「な、なんですか」


 そんなことを考えていると、急に高圧的な声で小林先生からの言葉が飛んできた。


「もしかして家から作ってきたものを持ってくるのはダメでしたか?」

「そうじゃない。なぜ私のところにそんなに美味しそうなものを置きにこないのかってはなしだ」

「あ、すみません。そうですよね、俺の料理がどんな変なものなのか毒見しなきゃいけないですもんね」


 俺は自分のおやつ用に持ってきていた分を小林先生の前に持っていく。


「そういうわけじゃない。私は高橋がちゃんと料理出来ることを知っているからそんな心配はしていない。私は疲れているしこれから甘い匂いでこの部屋が充満するんだろ?食べておかないとおかしくなりそうだからな」

「そういうことですか・・」


 小林先生はそう言ってスコーンを口の中に放り込んだ。


「高橋くん、これってどういうこと?」

「あ、そこはだな」


 俺は呼ばれたのでその場所に行き、指さされたレシピの箇所を説明していく。

 と言っても簡単な説明だけで作業はみんなにやってもらう。ほら、ようになってもらわないといけないから。

 スコーンの生地が作り終わってオーブンに入れるのと、フレンチトーストの生地を寝かし始めるのがほぼ同時にできた。


「なあ、聞いてもいいか?」

「なんだ?」


 そこにいた吉田が俺に話しかけてきた。


「この料理って普段から作ってるのか?」

「いや、こういうのは誰かが来たときとか、妹に作ってあげるとかだな。自分ひとりだけのときはもっと簡単なものだけしか作らないよ」


 俺は急に話しかけられたことに驚いたけれど、ちゃんと会話を返すことができた。でも、上手く返すことができたのかわからない。


「高橋くんは普段から作ってるんだっけ?」

「・・・うん。一人暮らししているから自分で作るしかないだよね」

「そういえば健一が悠真の家に料理を食べに行ったりするんだっけ?」

「そうだな。週末になると家に食べに来る」


 女子に話しかけられて一瞬固まってしまったんだけど上手く陽人がカバーしてくれた。


「悠×建はやっぱりあったんだ」


 なんだか何を言っているのかわからないけど息を少し荒くしている女子生徒、確か近藤さんがいた。なんでかわからないけどこっちを見ている気がする。これはなんだか触れないほうが良い気がするから放っておこうと思う。


「そろそろフレンチトーストも味が染み込んだ頃だと思うから焼き始めよっか」


 俺がそう声を掛けるとみんながフレンチトーストを焼き始める。少し焦がしてしまっているところもあるけれど、学生の出し物で出す料理だしそのくらいが味があっていだろう。

 チョコチップのスコーンとフレンチトーストが焼きあがる匂いが混ざって、美味しそうな匂いが部屋中に充満していく。


 そんな匂いが原因であんなことになるとは俺を含めて誰一人も思わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

氷の令嬢が溶けるまで 狐の子 @kituneno_ko779

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画