第128話 試作会1

 今日は金曜日の放課後。平日の最終日であり、土日前の曜日ということで華の金曜日なんて言われるほど祝福されている(?)曜日である。

 そんな学生にも社会人にとっても待ち望まれている日に俺は周りにいるクラスメイトとこの状況に困惑していた。

 俺たちの目の前には獲物を狩る肉食動物の目をした陽乃坂学園の生徒が俺の眼の前に群がっていた。


「どうしてこうなったッ!!」


 その原因は数日前まで遡る。




 俺はある程度自分の中でやろうと思っていることが固まったので、それを伝えるために放課後に小林先生の元を訪れていた。


「どうしたんだ高橋、今日は仕事を押し付けた記憶は無いんだがな」

「では、この前のときは自分の仕事を押し付けた自覚があったんですか?」

「私も忙しい身なんだよ。お前も社会人になってみれば分かるさ」


 俺が見てるあんたはろくに仕事もしないでだらけてるようにしか感じないけどな。あと、その仕事を押し付ける先が同業者じゃなくて自分の生徒なのは間違っていると思うけどな。


「今日はある程度進行方向を決めたのでその報告に」

「そうか。じゃあこれ」

「?、なんですかこれ?」


 俺が小林先生に話しかけると、小林先生はどこから取り出したのか分からない紙を俺の目の前に差し出した。


「学校への申請書だ」

「?、全く話が見えないんですが?」

「この学校はアルバイトを禁止しているわけでは無いが、そういう場所でのトラブルがあったときのために学校への申請を推奨しているんだ」


 小林先生の話を聞いても全く意味がわからなかった。


「ただ、仕事をするっていうやつは別だ。その仕事の影響で学業に影響が出る場合もあるし、学生という身分だから学校側がする手続きがあるから申請が必須になる。お前も知っているだろうから言うが、小森も申請しているぞ」

「あの、小林先生」

「なんだ?何か問題があるか?」

「何も問題が無いことが問題なんですけど。俺は今日小林先生に伝えようとしていたことを先回りしてるんですかね!?」


 そう、今日は小林先生に田端さんの事務所に所属しようと思っていることを伝えに来たのだ。

 俺は学生という立ち位置なので学校側に報告をすべきだと思っていたので言いに来たのだが、その準備をすでにされていたとなれば恐怖があるだろう。


「言っただろ?教師は生徒のことを知っているんだ」

「俺が昨夜決めたことなのにどうして知っているんですかね!?」


 軽いどころかガッツリホラーなんだけど。この前小林先生の口から田端さんの名前が出ていたから知り合いなのかもしれないけど、俺は田端さんにもまだ話していないから小林先生が知っている意味が分からない。


「細かいとこまで気にしてる男はモテないぞ。その用紙はお前の保護者の署名も必要なんだがお前の場合そうはいかないだろ?」

「そうですね。連絡すれば父さんに来てもらうことは出来るとは思いますけれど、」


 わざわざ俺のことを遠くの学校に通わせてもらってるのに俺のわがままで父さんたちをこっちに呼ぶのは気が引ける。


「今度の文化祭には参加するのか?」

「あー、そうですね。参加しますね」


 この前、どこから情報を手に入れたのかわからないが、花音から文化祭についての電話を受けた。


『お兄ちゃん、私もお母さんも文化祭に行くから』

「いや、どこからその情報を聞いたんだ?」

『お母さんのことを抑えられるようにお父さんも一緒に行くと思うけど』

「俺の質問の答えは?」

『お義姉ちゃんとも早く会いたいな』

「だから、俺のしつ」

『じゃあね、お兄ちゃん』

「だか」


 俺の話は全く聞いてもらえずに、まさしく嵐のような電話だった。


「じゃあ、保護者からの署名はその時でいいから提出するように。ただし、保護者からの承諾は受けてるのが前提だがな」

「ありがとうございます。来週には持ってきます」

「ああ。働き始める前までに持ってくればなんでも良いけどな」


 小林先生は手続きが面倒くさそうにため息をついていた。この人面倒な顔しなければただの優秀な教師なんだけどな。


「あ、忘れてた。高橋、小栗に『大丈夫だ。お前たちが自分で用意をするならな。監視役は私が引き受けることになるだろうけどな』と伝えておけ」

「コレを言えば伝わるんですか?」

「私からって言えば伝わるはずだ」

「わかりました。では明日にでも伝えておきます」


 小林先生は自分の話すことは言い切ったのか、俺のことを追い払うように手を払った。いや、俺が用事あってきたのにあんたがなんで仕切ってるんだ?

 でも、俺の伝えたい事は伝わったはずなので俺もその場を後にした。

 あの人はどこまで見えているんだろうか。なんだかあの人に敵う日は当分来ないと思った。



 小林先生との話し合い(?)も終わり、俺は荷物を取りに教室に戻ると、教室の中に1人だけ残っていた。それも、放課後の教室に普段はいないような人だった。


「お、やっと帰ってきたのか悠真」

「ちょっと小林先生に用事があってな。そっちこそ教室に残ってるなんて珍しいじゃないか、陽人」


 放課後の教室にあった唯一の人影の正体は陽人だった。普段は部活があるのでこんな風に放課後も教室に残るということがないのだ。


「今日は部活が休みなんだ。あと、悠真、君に用事があったからだよ」

「俺に用事か。じゃあごめんな、ちょっと用事があって小林先生のところに行ってた」


 俺はさっき小林先生から受け取った申請書をヒラヒラさせて、コレを受け取りに行っていたと見せる。もちろん中身までは見えないようにはしているがな。


「それは大丈夫、待ってる間にやることも色々あったからな」

「それで?話ってなんだ?」


 俺は陽人に放課後に残った理由を聞いた。普段部活で放課後忙しい陽人は部活が休みの日くらい早く帰って休みたいだろう、それなのにわざわざ残ってまで俺に伝えたかったことが何なのか気になったから。


「金曜日の放課後って時間作れたりするか?」

「多分大丈夫だろうけど1回確認させてくれ」


 俺は陽人に聞かれた金曜日の予定をスマホに入っているカレンダーアプリを開いて確認する。


「うん、大丈夫だ。それで?金曜日の放課後がどうしたんだ?」

「文化祭も近いし一度学校で作ってみてもらえないかって。もちろん小林先生の許可が出たらってことになるんだけど」


 陽人にそう言われて小林先生のさっきの言葉の意味が分かった。というか、陽人に伝えてと言われていたことを忘れてた。今陽人に言われて思い出した。


「さっき小林先生に、大丈夫だ。お前たちが自分で用意をするならな。監視役は私が引き受けることになるだろうけどなって言われたけど、これってもしかして」

「今日の朝、小林先生に頼んだやつだね。金曜日の放課後に調理室を使えないかってね」


 小林先生の言っていた謎の言葉が陽人との会話によって意味のある言葉に変わった。だから小林先生は俺が出向くと思って書類の準備をしていたのか。大人は先回りするものだって聞いたことはあるけど、本当なんだな。

 ・・・いや、それでもあの書類が用意されてたことの意味がわからないんだが!?やっぱりあの人何者なんだよ。


「ということは調理室は使えるってことだね。悠真も時間があるって言っていたし良い試作が出来る気がするよ」

「そうだな。でも、食材はどうするんだ?」


 調理室を借りられたと言っても食材があるわけではない。場所があっても物がなければ作れないからな。


「手間かもしれないけど悠真に買い出しを頼んでも良いかな?」

「それは良いけど、当日に持ってこれば良いか?」

「うん。持ってきたら調理室にある冷蔵庫の中に入れておいて欲しい。あと、一緒にレシートも取っておいて持ってきてほしい。食材費は文化祭で使う予定だった費用を使おうと思うから買うときは建て替えって感じで」


 それもそうか。今回のはちゃんとした文化祭の試作だ。ということは俺のポケットマネーではなく文化祭の費用を使うのは必然か。


「分かった。金曜日の放課後だな」

「うん」


 陽人は荷物を持って教室を出ていこうとする。


「そうそう、他の調理担当の子たちもその日に集まって一緒に作ってもらうから多めに食材を買ってきてね。じゃあ、また明日」

「え、ちょっ、待って」


 陽人は教室を出ていく直前にそう言い残していった。俺もそのまま教室を出ていく陽人に声をかけたのだが、陽人にその声が届くことはなかった。

 え、ひとりじゃないの?他の人と一緒に料理を作るの?俺がろくに話したこともない人と一緒に調理するってなにかの拷問ですか?俺だけじゃなくて向こうも困るだろうが。

 俺は陽人に断りの連絡を入れるか悩んだが、良心がその手を止めた。陽人が色々準備をしてくれていたのに、俺の個人的な感情だけでその準備が全部水の泡になってしまう状況を避けたかったから。


「なんだ、まだ残ってたのか」


 教室にまた一人入ってきた。俺は帰ろうと思っていたのだが、その人がここに来ることに驚いてその場にとどまってしまった。


「何しに来たんですか、小林先生」


 さっき職員室で話していた小林先生が目の前にいた。この人は何しに来たんだ?


「高橋、もし嫌なら断っても良いんだぞ?」

「・・・いつから居たんですか?」

「さっき来ただけだ。もちろん、小栗から話は事前に聞いていたからお前の考えを推測出来るいる訳だ」

「・・・教師以外の職業の方が稼げたのでは?」


 小林先生、あんたはなんで教師をやっているんだよ。教師以外でもどうにでもなる力があるのになんで教師に。


「教師はサボれるし楽なんだよ」

「そういう割には仕事が多いって愚痴をいつも言っているような」

「あれは本当にクソ。急に仕事を振ってくる上司が居たらどうにもならないんだよ」


 なんでだろう。愚痴を言っているときが一番活き活きしてる教師ってどうなんだろう。


「俺は断りませんよ。陽人が色々準備してくれてるのにそれを台無しにしたくは無いので」

「お前ならそう言うだろうと思っていたけどな。今後働くうえで関わりのほとんど無い人とも一緒に仕事をする場面も多くなるだろう。クラスメイトで練習して慣れておけ。どうせお前のことだから、ろくに話もしたこと無いから気まずいなんて思ってたんだろうからな」


 小林先生には何もかも見透かされていた。


「ちなみにお前が金曜日が暇なのは事前に知っていたから断ったとしても連れて行くけどな」

「なんで知ってるんですか?」

「前にも言っただろ?生徒のことは何でも知ってるんだ」


 はい、小林先生。自分のことを何でも知っている教師が怖いんですがどうしたら良いんですか?


「教師とはそういうものだ。お前は慣れるしかないんだよ」

「だから、当然のように思考を読むのをやめてください」

「とりあえず、今日はもう帰れ。この教室は私が今から使うんだからな」


 そう言って小林先生は俺のことを追い出そうとした。何をするのか分からないがこの先生相手に交渉をするのは意味がないので俺は何も言わずにその場を後にした。



 家に帰った後、俺は改めて文化祭で作るメニューの作る手順を書き出していた。金曜日に作るときは俺一人ではなく、他の人も一緒に作るらしいので、一緒に作る人達が困らないように手順を書き出していた。

 そのノートは当日も調理場に置いておこうと思っているので、そのノートのタイトルに『レシピ』とだけ書き込んだ。


 続きは木曜日か金曜日に投稿します。最近投稿が滞りがちですみません。来週には戻せると思います。

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