第127話 依頼

『そういえば悠真さんって今日はどうして遅刻したんですか?』

「あー、それね。ちょっといろいろ、あれこれさまざまなことがあったんだよな」

『すみません、何一つ伝わらなかったんですけど・・・』


 あれ?何も伝わらなかったのか?出来る限り長くならないように話したつもりだったんだけど内容が無くなってしまったのか?


「まあ、色々あったってことだ」

『・・・また隠し事ですか?』


 俺としてはそんなつもりは無かったんだけど、美月からしたらまた俺が何か隠しているように見えるのかもしれない。


『また私に話せないことですか?』

「そういうわけじゃないんだけどさ」


 俺は正直に遅刻した理由を話すのかを悩んでいた。まだ悩んでいることであり、はっきりと決まってから話をするつもりでいた。

 でも、ビデオ通話の先で不安そうな顔をしている美月を見たら今話すべきなんだという衝動に駆られている。


「あのさ、この前二人でモデルをやった会社があっただろ?」

『ありましたね。美咲さんに頼まれて撮ったやつですよね』

「そう、そこの会社」


 俺たちは以前、大人気女優である倉之内美咲もとい小森美咲に頼まれて一度だけ雑誌のモデルとして写真を撮ってもらった事がある。


「その会社の人が俺のことを専属モデルにしたいって話を田端さんにしたらしいんだ」

『本当ですか!?』

「ああ、この前もらった秋服の一番奥にそういう趣旨の手紙が入っていたんだけど」


 この前の試食会が終わった後、俺はもらった秋服をクローゼットにしまおうとしていた。引っ越してきたばかりで、引っ越すときに持ってこれる服の数が限られていたのでスペースはある。

 そうやって片付けをしている最中に一通の封筒が中に入っているのを見つけた。その封筒の裏には田端優と書いてあり、この前撮影してくれたカメラマンさんだということが分かった。封筒を開けて中を確認してみると、


『拝啓、高橋悠真様


 夏の猛暑が過ぎ去り、過ごしやすい天候が続く日々がやって来ましたがいかがお過ごしでしょうか。

 先に謝意を申し上げさせていただきます。先日の雑誌撮影にご協力有難うございました。急な要求にも関わらず、良い写真が撮影できたことに感謝しています。お陰様で雑誌の売上も好調であり、企業様からも良い宣伝になったという声をお聞きしています。

 さて、本日手紙を書かせて頂いた本題に入るのですが、先日モデルをしていただいた企業様から連絡をいただきまして、その内容が「新しく男者の服を作ろうと思うのが、彼を私たちの専属モデルとして雇わせてほしい」というものだったので、こういった手紙を書かせていただきました。

 私からは「彼は私たちの会社に所属しているのではなく、当日の急な穴を埋めるために頼んだ一般人である」ということを先方に伝えたのですが、「余計にモデルをして欲しくなった。あのような写真を素人が取れるなら、プロとして知識を得たのちにどこまで成長するのか気になる」といった返答がありました。

 もちろんですが、私たちでは貴方様のことを決めることが出来ないのでこういった手紙を書かせて頂いているのですが、私としましては貴方様の考えを尊重する身でございます。

 貴方様が撮影に応じる場合、私たちの会社に所属してもらうことになります。その際、履歴書と学生なので保護者からの同意書が必要となります。もちろん、所属していただいた際には全力でサポートさせていただくことはここで宣言させていただきます。

 返事は一ヶ月後までにいただきたいと思っています。一ヶ月後までに返信がなかった場合は「撮影には応じない」という意図を先方に伝えます。

 最後になりますが、貴方様の今後の活躍をお祈りいたします。


 代表取締役社長 田端優』


 と書いてあった。初めて目上の人からもらった手紙で、少し堅苦しい言葉が多く読むのに苦労した。

 内容をまとめると、この前撮影した雑誌のモデルに対しての感謝とそのモデルをした会社が俺のことをモデルとして今後も使っていきたいという話だった。

 え、これ夢じゃない?俺みたいなただの一般人がプロと同じように撮影してもらって雑誌に載るってことだよな。それも一度だけじゃなくて何回も定期的に載るってことだろ?そんなこと俺に務まるのか?全く撮影のことなんてわからない素人なんだけど。

 俺がその手紙を読んで理解が追いつかないでいると、封筒の奥にもう一枚紙が入っていることに気がついた。

 その紙を取り出すとそこにも手紙が書かれていた。


『追伸


 先方には『一年』ほどのお試し期間を用意すると提案しているので、辞めたくなったら辞められる手はずは整っています。私の会社でも一年毎に契約更新という形での契約も可能となっているので、気負いすぎずに考えてください。


 あと、私個人としては君の才能も買ってるし一緒に仕事したいなって思ってるから前向きに考えてくれると嬉しいな。あ、もし入るなら彼女さんにもちゃんと話しておくように』


 なるほど。俺のことを思って仕事の取り方なども考えてくれたらしい。でも、お試しで一年って長くないか?お試しって一回だけとかだと思ったんだけど。もしかしたら業界の相場が一年なのかもしれないな。

 色々書いてくれてるし、思いにはできる限り応えてあげたいんだけど、俺にそんな重要な役割が務まるのかっていう不満が拭えない。


「っていうことがあって色々考えてたら寝るのが遅くなって寝坊したんだ」

『凄いじゃないですか!!相手からの指名があったってことですよね』

「そうらしい。でも、俺には似合わないほど重要な役割だって感じてるんだ」


 それもそうだ。業界のことを詳しく知っている訳では無いが、専属のモデルになるっていうのは一握りの存在で、目標であり憧れなんだろう。そんなものに業界のことを何も知らないぽっと出の素人がなるなんておかしなことだろう。

 それに、あの写真は美月がいたから、というかほとんど美月の功績なのに俺が声をかけられるのは違う気がする。カメラマンをしてくれた田端さんやメイクをしてくれた渡邉さん、アドバイスをくれた美咲さんの力であって俺の力ではない。なのに俺だけが声をかけられるのは気が引ける。


『なんでそう思ってるんですか?』

「え?」


 そんなことを考えていた俺に美月は当たり前の疑問かのように首をかしげて言ってきた。なにその仕草、可愛すぎるんだけど。やっぱり俺なんかより美月を使ったほうが人を集客出来るって。


『悠真さんのことを評価して、声をかけていただいたんですよね?それなら悠真さんに似合わないなんて事は無いですよ。私は悠真さんがモデルをすることは良いと思ってますよ』


 そんなことを言う美月の顔は真剣そのもので、発言の中にお世辞が入っているとは思えないものだった。


「でも、俺には出来ないって思う部分はあるし、モデルをやるっていうのは俺っぽくないなっても思うんだ」

『確かに、悠真さんのキャラでは無いですよね』


 美月はそんなことをキッパリと言ってくれた。


『でも、そんなことを言ったら学校での美咲さんだって倉之内美咲と結びつかなくないですか?私たちも気づかなかったんですから』

「それはそうだけど」


 確かに小森さんと倉之内美咲は、聞いていないと結びつかない。そういった面では今そういうキャラじゃないっていうのは関係ないのかもしれない。


『もし、悠真さんがやりたくないならやらなくても良いと思います。でも、悠真さんが少しでもやってみたいと思うならやっても良いんじゃないですか?田端さんもサポートしてくれるって言っていますし』

「ああ。そうだな。というか、実は今美月に話そうとした時点でどう返事するのは大方決めたいたんだけどね」

『・・・え?』


 美月から素っ頓狂な声が聞こえてきた。ここまで話していたのに、俺がどう返事するのかを決めていたのがおかしかったんだろう。

 もちろんしっかり決めていたわけじゃないが、今日の小林先生との話のときに『使えるものは全部使う』って決めていたし、小林先生から田端さんの名前が出た時点でどう返事するかは大方決めていた。


「ちょっと大人の力を借りたい場面があったから、相互関係ってことでね」

『それはどういった場面なんですか?』

「うーん、もうちょっとだけ待って」


 もちろん、俺がやることは美月に言うつもりではあるんだけど、まだどうするのか確定したわけじゃないし、もっと計画がはっきりとしてから美月に伝えるつもりだった。


『分かりました。でも、あまり待っていると不安になってしまいますからね』

「うん、できる限り早めに伝えられるように頑張るよ」


 美月のその少しむんつけたような顔が可愛らしかった。俺は写真を撮りたかったが自分の中の良心が俺の手を押さえつけた。


「俺は田端さんからの話を受けようと思ってる。もちろん、田端さんが俺の返事に対してどう対応するかにもよるけど、俺の意見としては話を受ける意図を伝えようと思う。他にも両親に話をしたりしなきゃいけないし、色んな手続きが残っているから確実に出来るとは言えないけど、俺の意思は美月に伝えておこうと思う」

『分かりました。でも、無理だけはしないでくださいね。もちろん悠真さんの事は応援しますし、できる限りにサポートもしてあげたいと思います。ただ、』

「ただ?」


 美月は少し不安そうな顔をしながら不安そうな声色で言ってきた。


『その、撮影現場で一緒になった美人な女優さんに目を奪われないでくださいね』

「そんなことか。大丈夫だよ。俺は美月のことが好きだし、美月一筋だから」

『・・・もう、悠真さんはすぐそういう事を言う』


 美月は少し頬を赤らめて呆れたようにそう言ってきた。俺何か変なことを言ったか?当たり前のことしか言ってないはずなんだけど。


『あの、このことって美咲さんとかに言っても良いんですかね?』

「どうなんだろう。田端さんの手紙には彼女さんにはちゃんと話をするようにっては書かれてたんだけど、他のことは何も言われなかったんだよね」

『彼女さん・・・』

「美月?」


 さっきより美月が頬を赤らめていた。学校では俺と付き合っている事は一部の人を除いて話していないので『彼女さん』って言われるのに慣れていないんだろう。


「でも、一応仕事が関わっているわけだし、外に出していい情報じゃ無いかもしれないから小森さんは良いかもしれないけど、健一とか美由には言わない方が良いかもしれないな」

『そうですね。では、私の方から美咲さんに『悠真さんのことをよろしくお願いします』って連絡しておきますね』

「そうか、小森さんは俺の先輩になるのか」


 深く考えていなかったけれど、田端さんの元で働くということは美咲さんの後輩になるっていうことだ。先輩には早めに連絡をしておかないとな。


「ということで俺は明日にでも父さんに連絡をしようと思う。母さんの耳に届くとろくなことにならなそうだから母さんには事後報告にしようと思う」

『悠真さんのお母さんってどんな人なんですか?』

「母さんか。元気でうるさくて能天気な人だな。正確には普段は何も考えていない人だな」


 母さんは何を考えてるのかわからない。突拍子のないことを言い出すこともあれば急に消えたりする。この前だって急に電話をかけてきたり、花音が俺の家に来ることをずっと黙っていたり。


『自分の母親のことをそこまで悪く言うのはいかがなものでしょうか』

「そうか?変なことばかりやる変な母親ではあるけど信頼してないわけじゃないし、大事な場面ではちゃんとしてるから変人だけど駄目なひとじゃないからな」


 俺が不登校になったときにも色々気にかけて面倒を見てくれていたわけだし、立派な母親をしている。そういう点は尊敬している。


「まあ、そういうことだから今回の件は父さんに相談するって感じだな。もちろん正式に仕事をもらったときには報告するし大丈夫だろう」

『悠真さんがそれでいいなら良いですけど』


 美月は少し呆れたような顔でそんなことを言っていた。そんなに心配しなくても大丈夫だって。父さんはいつもちゃんとしてるから。


「もう今日は遅いから電話は終わりにしようか」

『そうですね。少し名残惜しいですけど、明日も悠真さんが遅刻が困りますからね』

「それは困る」


 美月にまでからかわれてしまった。明日は遅刻するわけにはいかないな。


『では、おやすみなさい』

「おやすみ」


 俺は美月に手を降って通話を切った。それから昨日と同様に依頼していただいた企業のことについて調べ始めた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 私は悠真さんとの通話を切った後、スマホから美咲さんに連絡をしました。


『美咲さん、悠真さんがもしかしたら美咲さんの事務所に入るかもしれないです』

『本当!?社長も色々言ってたんだけど本当に悠真くんが入ることになるとはね』


 どうやら田端社長は美咲さんにも悠真さんのことを話していたらしく、美咲さんもそのことを知っていました。


『どうかお手柔らかにお願いしますね』

『うん。後輩として色々扱き使って上げようっと』

『やめてください』


 私は一緒にパンダの後ろにゴゴッと威圧感が出ているスタンプを送りました。悠真さんにはもっと優しくしてほしいものです。


『そういえば、美月ちゃん的には悠真くんがモデルをやることに対してどうなの?』

『悠真さんがやりたいことは尊重してあげたいです』


 私は悠真さんが決めていると話してくれたときにに何かを感じたので、悠真さんにとってやりたいことなんだろうと思ったので良いと思っています。


『うーん、聞き方を変えよっか』

『?』

『悠真くんの彼女としてはどうなの?』

『どういうことですか?』


 私は美咲さんの質問の意図が分からなかった。


『彼氏がモデルさんの多い場所で働くって事は』

『心配ありませんよ。先程悠真さんに心配しなくて良いよって言われましたので』

『私は惚気話を聞いたわけではありませーん』

『別にそういうわけでは』


 そういう意味で言ったわけでは無いのですが。


『でも、悠真くんがモデルやるってことは学校でも悠真くんのことがバレるってことだよね?』

『・・・』

『それに悠真くんは押しに弱そうだよね』

『・・・』

『美月ちゃん?おーい』

『美咲さん、もしかしてわざとからかってますか?』

『ソンナコトナイヨ』

『分かりました。もし、悠真さんに学校でちょっかいをかける人がいたらことにします』

『うん、それは良い抑止力になりそうだね』


 この後も、夜の女子トークは続いていった。


投稿が遅くなってしまいすみません。

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