第九節 聖天使

「さぁな、あんたは俺が何に見える?」


 男の意外な言葉に私は返答に窮きゅうする。


 男は苦笑を浮かべ、マントから左腕を出す。


「大体の奴は、この腕を見て俺のことを化け物だと言った…変わり者は人間だと言ったがな」


 男はちらりと棺に目を向け、腕を仕舞う。


「俺が何者なのかってのは、それを判断する奴が決めるもんだ、あんたが俺を化け物と蔑もうが俺は別に構やしねぇ……俺にとって俺は俺だ……それ以外の何者でもない」


 男は言って視線を火に戻す


 少しの間、沈黙が流れる。


「あれは……あれはなんなの、私を襲ったあれは…?」


 私は自分に襲いかかり、この男に握りつぶされたあの異形の生物について男に問う。


 思い出すだけで背筋が寒くなる。


「……使い魔……という表現が一番近いだろうな」


 男の言葉の意味が、私には理解できなかった。


 男は、どこか遠くを見るような目をして虚空を見る。


「昔、高度な技術を誇る文明があった…船が空を行き交い、高い建物が立ち並んでいた……人々は世界を我が物と為し、文明は栄えた」


 男は意味不明の言葉を紡ぎ続ける、まるで物語を語るように


「あるとき、賢者と呼ばれる者たちが、ある研究を始める……魔法という力の研究……」


 私はそこで、男が何を語っているのか気付く。


「彼らは見事、それを完成させた、だがそれと共に文明は滅びることになる……」


「“聖天使降臨”……の話よね、それ」


 言葉を継いだ私に男は目を向け


「そうだ」

 男は短く私の言葉を肯定する。


「私、一応見習いだけどシスターよ、それくらいは知ってる」


「だろうな、なら、この物語の顛末てんまつも知ってるだろう?」


 男の問いに私は自分が馬鹿にされているのではないかと思うが、何度も読んだその一節の顛末を思い出す。


「……降り立った天使は文明を滅ぼし、その四枚の翼から一枚ずつ羽毛を抜き、その内三枚から十二使徒が生まれ、残る一枚から無数の悪魔が生まれ、世に解き放たれた…」


 この一節から『四翼聖教』は『フォアフェザー』とも呼ばれている。

私は少し考え


「……まさか、あれがその悪魔だと……」

私は真剣な眼差しを男に向ける。


 そう考えるくらいしか納得できる答えはなかった。


 男は皮肉を含んだ笑みを浮かべ


「……よくもまぁ、そんな迷信を疑いもせず信じる気になるもんだ、さすがは聖職者だな」


 男の言葉に私の感情が沸騰ふっとうする。


 私は男に掴みかかっていた。


「聖天使の教えを馬鹿にするのは赦ゆるさないっ」


 私は叫んでいた。


 私自身の全てを否定されたように思った。


 今まで、その教えの下に私は生きてきたのだ。


 男は軽く私の手を払い退け


「なかなか威勢がいいじゃねぇか、だがな、お前がその聖天使様の素顔を知ったら、どう思うだろうな?」


 男は笑みを崩さずに言う


 私は払われた手を押さえ


「……どういうこと?」


「これから分かるだろうよ、十年前の記憶も含めてな」


 男の答えに私は眉根を寄せる


「……!、何で私の記憶のことを知ってるの?」


 私は口調を鋭くして男に問う。


 しかし男はそれ以上語ろうとはせず、また火に目を向ける。


「…………」


 私は無言で立ち上がる

「……どこへ行く気だ?」


 私は自分の方を見もせずに言ってくる男を睨みつけ


「帰るんです、きっと今頃皆が心配してる……」


 私は言ってきびすを返し歩き始める。


「やめておいたほうがいいと思うがな……この都は今や魔都だ、夜にもなれば化け物供が我が物顔で大通りをねり歩いてる…昨日の街の様子を見ただろう、誰もこの時間うろついてる奴なんざいやしねえ……」


 確かに昨夜の街の様子は尋常じんじょうなものではなかった。


「ちなみにいうとそっちは逆方向だ」


 男の言葉に私は赤面して再度踵を返し、早足で歩き始めた。

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ANGELICA(アンジェリカ) 〜第一典 朽ちた翼〜 御蛇村 喬 @t_mitamura

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