第3話 公爵とメイドⅡ〜公爵邸への道のり〜

「気をつけて行きなさい。アルフレッド、ゾフィーを頼む。」


白のボディに金細工が施され、曇りガラスの葡萄と天使のレリーフがあしらわれた窓付きの、豪華絢爛な皇族用馬車にゾフィーとアルフレッドは乗る予定だ。侍女が三人、護衛五人、その他五人からなる構成の大所帯の旅となる。

 それもその筈である。皇族は公にはしていないが、シュタット公爵家の使用人の一連の件は把握している。それ故に警戒を強めている。更に言ってしまえば、皇女ゾフィーは当主候補なのである。シュライヤークラウト帝国は、皇帝の正妻又は正夫の年長の子が受け継ぐと定められている。

 ゾフィーは、ドレスの両裾を両手で少しあげ、皇帝夫妻に華麗にお辞儀をする。


「お母さま、お父さま、行ってまいります。」


 政略結婚の多い貴族社会では非常に珍しく、皇帝夫妻は仲睦まじいことで有名である。そんな夫妻は、娘が初めて一人で旅に出ることを按じると共に、成長した娘の姿に喜びを感じている。

 一方、ゾフィーは両親の気持ちも知らずに、探偵ごっこの始まりにワクワクと心を踊らせていた。馬車に乗り、両親に手を振った後は、表情を変えて、紅茶を片手に推理に打ち込む。まるで別人のようだが、これが皇帝夫妻の知らない、おませな探偵ゾフィーの顔なのである。


「アルフレッド、事前調べの資料はあるかしら?」

「ええ、お持ちしました。シュタット公爵邸は何処となくきな臭いお屋敷ですな。」

「…と言いますと?勿体ぶらないで教えてちょうだい。」

「そう焦らずに。こちらをご覧ください。」


 アルフレッドは100年前の資料を差し出した。埃臭い、その赤い表紙の書物は、怪しげな雰囲気を醸し出している。タイトルはジーク・アドルフのダイアリー。ジーク・アドルフは滅びた王国の貴族で、現公爵の領土を収めた領主だ。たかが百年前の人間の日記ではあるが、直感的に二人は背筋が凍りつくような恐怖を感じ、身震いをした。紅茶を飲み、気を取り直して書物を読み始める。


--×月×日。満月の夜、領土の栄えた街で領民が少しずつ消える。これで何人目だろうか。近頃は、我が軍の人員にも行方不明者が出ている。調査団を派遣すると消えてしまう。一体なぜなのだろうか。

--×月×日。調査団の一人のルートヴィヒが帰還した。元気そうではあるが、沈黙を貫いている。何かあったに違いない。しかし、これは深入りしてはいけない気がする。でも、どうすれば…。


 ゾフィーとアルフレッドは唾をゴクリと音を立てて飲み込む。この状況は“あの噂”と同じではないか。本日の紅茶のお供、ザッハトルテは待ちぼうけしているが、甘いお菓子すら眼中にないほどの危機感や恐怖が、二人を静かに包み込んでいた。

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皇女様と不思議なティータイム 牛若美衣 @ushiwakamaru-613

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