第1話『Serial killer』 <24>
完全に僕の責任だ。
絶望から一転、形勢有利に逆転した優越感から卑劣で残忍な連続殺人鬼(シリアルキラー)を自らの手で処罰してやりたいという感情に負けたこと。LV100の万能感に酔いしれて、狡猾な犯罪者を前にして油断したこと。その結果、アルペジオの死という取り返しのつかない事態を招いてしまった。
アルペジオは、時任の魔法を喰らってから身動き一つしない。僕自身、死を覚悟した魔法だ。一撃で絶命したとしても何ら不思議ではない。
たった一日の付き合いだがアルペジオと過ごした時間は、魔法犯罪捜査係に配属される前の一週間の研修よりも遥かに濃密だった。恐る恐る初対面を迎え、最初の捜査では彼のあまりの頼りなさに不安を覚えたものだ。けれど、捜査が進むにつれてアルペジオの人となりを知り、僕は少なからず彼のことを信頼するようになり、次第に一人の人間として好きになっていった。
それなのに……。これから一緒にいくつもの魔法犯罪を解決していくはずの相棒を、僕のミスのせいで失うことになるなんて……。
「そのときが来るまでは私が捜査官殿の銃となり盾となり、お守りしますよ」「魔法使いは、怪物だ。決して気を許すな」「肝心の捜査官の能力に疑問符が付くようなら、管制官の権限によって、いつでもあなたを更迭します」「間違っても魔法使いに感情移入なんてするんじゃないぞ」
頭の中をぐるぐるとメリーゴーラウンドのように過去の声がこだまする。慚悔(ざんかい)の念が僕の頭を、心を、身体の隅々までも支配していく。
けれども、いや待て。何を諦めようとしているんだ、僕は。後悔も反省も絶望も自責も後回しでいい。アルペジオの命を繋ぎ止めるために、今はやれることをすべてやろう。
アルペジオは死者を蘇生するのは不可能だと言っていたが、そうは言ってもLV100の魔法使いだ。死の淵から生還するための魔法を持っているのではないか。そこまでの効果はなくとも、せめて回復魔法で止血だけでもできれば希望はある。再びお姫様だっこすることになっても全力疾走で迷宮を脱出して、アルペジオを病院へ運び込めばあるいは……。
連続殺人鬼を追い詰めておきながら土壇場での任務放棄。許されるはずがない。けど、懲戒免職になったってかまわない。この勇敢な魔法使いを、僕の相棒を救うことのほうが優先だ。
僕は意を決してアルペジオを抱きかかえようと――
「ふぅ。危ない危ない。もう少しで胸にぽっかり大穴が空いて、大切な一張羅が台無しになるところでしたよ」
「……なんで生きてるんです?」
「おや、これは心外なお言葉ですね。捜査官殿は私に死ねとおっしゃる?」
「いやいや、そうじゃなくて。なんで平然としているんです?」
「なぜって……魔法で肉体強化してあるので、あの程度の攻撃はお豆腐をぶつけられたのと同じなんですよ。ははは」
ははは、じゃねーし。
こっちは絶望と自責の念に押しつぶされて死にそうだったのに。
……いや。実際笑い事じゃない。アルペジオが極めて優れた魔法使いだったから回避できただけであって、僕にミスと油断があったことに変わりはない。
「アルペジオさん、申し訳ありません。僕のせいで、あなたを危険にさらしてしまいました」
「なんのなんの。謝罪なんて不要ですよ、捜査官殿。これくらい朝飯前、なんせLV100ですから」
そう言ってアルペジオは屈託のない笑みを浮かべる。
どうもこの人にはいろんな意味でかないそうにない。僕はこれ以上、何も言わずに今度は感謝の気持ちも込めて命の恩人に頭を下げた。
「ヒ、ヒヒヒ……」
自身が持つ最大最高の魔法でも敵わぬと知って精魂尽き果てたのか、時任は床に膝をついてブツブツと何やら呟きながら奇妙な笑い声を漏らしている。よだれを垂らし、目は正気を失ったように虚ろ。両の手を合わせるようにして爪を噛む姿は、懺悔する咎人(とがにん)に見えなくもない。
この男が犯した罪の重さと深さを考えれば、このまま眉間に銃口を突き付けて引き金を引いてやりたい衝動にかられそうになる。しかし、つい先程、一時の感情に身を任せて相棒の命を危険にさらしたばかりだ。ここはぐっと堪えねば。
「捜査官殿。銃弾をぶち込みたくて仕方ないって顔になっていますよ」
「い、いや、そんなことは……」
「隠してもお見通しです。ほんと過激派ですねー」
「……すみません」
「この男を罰するのは魔法捜査官の役割ではありません。我々の任務はここまで。あとはお偉いさんたちの判断に任せるとしましょう」
「……はい。そうですね」
アルペジオの意見に全面的に同意する。極力柔らかい表情で答えたつもりだったが、うまく笑顔を作れただろうか。いや、ちょっと引きつっていたかもしれない。
「時任暗児。殺人容疑で逮捕する」
言ってやりたいことは山ほどあったが、僕は短くそれだけを口にして時任に手錠をかけた。時任は心ここにあらずといった様子で一切抵抗することはなかった。
魔法捜査官が携行する手錠にはグリムロックと同様に、相手の魔力を完全に封じ込める機能がある。LV99だろうとLV100だろうと、手錠をかければただの人だ。
罪もない女性たちを地獄のどん底に突き落とした稀代の連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児もこれで終わりだ。
魔法使い、それも凶悪犯罪者を保護する法はこの国にはない。世間の魔法および魔法使いに対する扱いはそれほど厳しいのだ。複数の人間を殺害した時任暗児は極刑に処せられるだろう。あるいはネット界隈でまことしやかに噂されている、魔法解明の名目の下、ひそかに人体実験まがいの研究を実施している政府直属の秘密機関とやらに送り込まれることになるのかもしれない。
いずれにせよ、時任暗児が自由の身で生きられたのは今夜で最後となる。これで被害者とその遺族の無念が少しでも晴れるといいのだが。
「管制官の条件付き承認に基づき、魔法使用制限LV0に下方修正。魔法使いアルペジオをグリムロックで封印します」
「魔法使いアルペジオの封印を確認。……風馬捜査官。初任務、ご苦労だったわね」
冷たい声の最後に、ねぎらいの言葉が加わる。ほんの少しだけだけど、鉄の女だと思っていた管制官から人間らしさを感じた。
「ところで、あなたが時任との戦闘中に口にした過激な発言は、上司の竜崎係長に報告しておくわよ。魔法使いを徹底的に制御すべき捜査官が、より強力な魔法の使用を促すなんて前代未聞だわ」
うーん。しまった。
戦闘中も僕たちの会話や行動は、すべてオラクルとグリムロックを通じて管制官にも筒抜けだったんだ。あとで係長からこってり絞られる覚悟をしておくとしよう。
けれども、やるべきことはやった。未熟ながらも魔法犯罪捜査係の捜査官として事件を一つ解決できた。最後の最後に大ポカをやらかしたため、とてもではないけど自己評価では合格点は付けられない。鉄の女、もとい管制官の採点は言うまでもなく赤点だろう。
それでも何とか最低限の使命を果たせたことへの安堵と、心身ともに疲労の極致ではあるものの、どこか心地いい充足感が僕をゆっくりと満たしていく。
「初任務、お疲れ様でした、捜査官殿」
「ありがとうございます。アルペジオさんのおかげです」
「いやいや。捜査官あっての魔法使いですから」
魔法使いと捜査官は二人一組が原則。これからも僕たちは一心同体の相棒となって魔法犯罪の捜査と解決にあたっていくことになる。
魔法犯罪捜査係に配属された直後は不安だらけだったけど、今回の事件を通じてアルペジオの人柄と魔法使いとしての高い能力を間近に見られたおかげで当初の不安は嘘のように霧散していた。
「あの、アルペジオさん。最後に一つ聞かせてもらえませんか。LV100の魔法が使えるのに……その気になれば僕を殺して逃走することだってできたはずなのに、どうして大人しく封印に応じたんですか?」
「お、そういえばそうでした。うっかり忘れていましたよ。ははは」
これは冗談だ。
もうそのぐらいはわかる。
「……魔法使いは、所詮怪物ですから」
そう付け加えるアルペジオの表情は、どこか寂しそうだった。
「でも、あなたは連続殺人鬼の凶行を止めました。結果として多くの人の命を救ったんです。それなのに首輪で締め付けるなんて……僕はおかしいと思います」
「ふふっ。優しいんですね、捜査官殿は。……でもね、あなたがまだ知らないだけで、やはり怪物は怪物なんです。だから、こうして首輪を付けておくのがお似合いなんですよ」
アルペジオの言葉は、自虐というよりも自戒のように聞こえた。
彼が過去に何を見て、何をしてきたのか、僕はまだ何も知らない。アルペジオのような穏やかな人柄の魔法使いでも四六時中、首輪で縛り付けておかなければならないほど、魔法とは凶暴で人の手に余る制御不可能なものなのだろうか。
僕とアルペジオの間にあるのは、魔力を持っているか持っていないかの違いだけだ。それを除けば同じ人間。何ら違いはない。ただ魔力がある、魔法が使えるという一点だけで、彼らは猛獣どころか怪物扱いを受け、迫害されている。本当にこれでいいのか。
ある統計によると、日本では毎年2000人を超える人々が魔力を有するとして国家に認定されており、そのうち認定されて1年以内に10%、5年以内に30%の人間が自殺している。事件事故を含むと、5年以内の死者数は半数にも上る。
これが現在の日本における魔法使いの現状である。
第1話『Serial killer(連続殺人鬼)』 了
以上、第1話でした。
ここまでお付き合いくださった読者の皆様に心から御礼申し上げます。
ありがとうございます!!
さて、『魔法捜査官』は第1話をもって一旦完結とさせていただきます。
ここから商品化を目指して、各方面への営業活動をしていきます。
商品化の目途が立ったところで、また連載を再開するつもりです。
書籍化→コミック化→ゲーム化まで実現できるように頑張ります。
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とはいえ、『魔法捜査官』の再会には今しばらくお時間をください。すみません……。
読者の皆様におかれましては、再び風馬とアルペジオのコンビをお披露目できる日が来るまで、しばし(いや、かなり?)お待ちいただくことになりますが、どうか気長にお待ちくださいますようお願い申し上げます。
それまでの間、以下のコンテンツをお楽しみいただけますと幸いでございます。
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