第1話『Serial killer』 <23>

 LV100――

 あのアルペジオが、ちょっぴり間抜けな道化師だと思っていたアルペジオがLV100の魔法使い……。いや、まだ余力を残しているような口ぶりからするとLV100以上かもしれない。

 出来の悪い冗談としか思えないが、僕の目と鼻の先で繰り広げられている光景はそれがまぎれもない真実であることを証明している。


 LV99、すなわち自分が無敵だと確信していた時任暗児が、不都合な現実に苛立ちをぶつけるように雄叫びを上げながら炎属性攻撃魔法の最上位と思われる魔法を放つ。これに対し、アルペジオが同じく最上位であろう炎属性の攻撃魔法で応じる。

 LV99を超える魔法使いたちが使う魔法のことなんて、本格的に魔法に関わることになって数日程度の僕が知るはずもない。だから、正式な名称なんて知らないし、ただの最上位の魔法としか言いようがない。


 激しい炎と炎のぶつかり合い。コンクリート製の床も壁も天井もどろどろとチーズのようにとろけていく。一見、拮抗しているように見えるが、とろけるチーズがじりじりと時任との距離を詰めている。

 LV99とLV100。たった1しか変わらなくても、その差は確実にある。

 さらに言うと、アルペジオは先程から炎属性の攻撃魔法を放ちつつも、一方で僕をマジックバリア(魔法防御)で炎と熱から守ってくれている。

 必死に炎を出し続けて防戦するしかない時任と、最上位の魔法で敵を追い詰めつつも味方の安全を確保する余裕のあるアルペジオ。レベル差以上に魔法使いとしての技量の格差があるのは素人の僕から見ても一目瞭然だ。二つの魔法を器用に操りながらも涼しげなアルペジオの表情を見るまでもなく、そこには絶対的な、時任にとっては絶望的な超えられない壁が存在した。


「ちくしょー!! ちくしょー!!!!」


 先程から時任が汗だくになって顔をゆがめながら呪詛の言葉を吐き散らしている。とてもではないが、たとえ心の中でもその内容は反芻できないし、したくもない。

 己のただれた欲望を満たすためだけに幾人もの女性を汚し、殺してきた男はこの期に及んでも反省することも後悔することもなく、僕とアルペジオに聞くに堪えない罵声を浴びせて当たり散らす。

 この男に潔さを求めるのは無理というものか。なら、せめて醜悪なまま、殺された女性たちの幾万分の一の苦しみでも味わうといい。


「アルペジオさん。やつにもっと強力な魔法を喰らわせてやりましょう」


「おやおや、これまた物騒なことをおっしゃる。捜査官殿は武闘派だと思っていましたが、どうやら過激派のようですね」


 アルペジオが困ったような顔を向けて冗談めかす。


「しかし、これ以上強力な魔法の使用はオススメしません。使用したら廃ビルの周囲1キロ圏内が丸ごと蒸発してしまうような魔法や、近隣地域が向こう3年は毒によって汚染されるような魔法の使用は、いくらレベル制限の範囲内だとしてもさすがにマズいでしょう?」


 うん、それはマズい。

 警察官にあるまじき考えだと非難されるかもしれないが、正直なところ時任暗児はこの世にいてはならない人間だと思う。被害者女性の無残な記憶を見て、なおさらその気持ちは確固たるものになった。

 これが刑事ドラマの主人公なら、警察官たる者、暴力ではなく法で裁くべきだと正論を言うのだろう。けれども、僕はそこまでお利口にはなれないし、所詮は感情の生き物だ。時任のようなクズは死んだほうが世のため人のためだというのが偽らざる本音である。しかし、だからと言って周囲一帯を丸ごと蒸発させるとか、近隣を汚染地帯に変えるような真似をしたら時任と同類になってしまう。


「……わかりました。では他に時任だけにダメージを与えられるような攻撃魔法はないんですか?」


「うーん、なかなか難しい注文ですねぇ。レベルも100に近づいてくると、もはや兵器と同じで周囲に被害を与えずに済ますのが困難でして……。試すとするなら彼の周囲に防御結界を張って、その中に高火力の魔法を撃ち込んでみるとか?」


「てめえら、何をごちゃごちゃ言ってやがる!!」


 圧倒的優位な状況における気の緩み。その隙を狡猾な獣が見逃すはずがなかった。

 一向に魔法を使う気配のない僕のことをアルペジオのアキレス腱だと見抜いた時任が、迷うことなく攻撃を仕掛けてくる。

 炎属性の攻撃魔法では分が悪いと踏んだのだろう。今度は風属性の攻撃魔法に切り替えての攻撃だ。しかも、ただ風を巻き起こすだけではない。鉄骨やコンクリートが溶けてマグマのように赤くドロリとなった液体が、ドリルのように先端を尖らせて渦巻きながら僕に目がけて襲い掛かってきた。


 あ。これは死ぬな。

 恐怖を感じる間もなく、確信めいた死が脳裏をよぎる。

 その瞬間の出来事を僕は生涯忘れないだろう。

 視界を遮るようにアルペジオが割って入ってきたかと思うと、激しい衝突音と赤い火花が飛び散る。

 アルペジオは確かにこう言った。「そのときが来るまでは私が捜査官殿の銃となり盾となり、お守りしますよ」

 だけど、本当に身を挺して僕を守ってくれるなんて……。




次回更新は来週金曜日12:00を予定しています。

どうぞお楽しみに。

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