第16話 話の成り行き
「二人の言い分は分かった」
ラオとサムラットから軽く事情を聴いたレドリックは、話を整理してみることにした。
「まずラオ殿がお師匠殿から手配書を受け取り、そのお尋ね者を探し出せと言われたのだな」
「ああ、俺はラオでいいよ。そんな殿なんて改まって言われるほどの立場じゃないし……。で、そうそうお師匠が今日の朝にいきなり俺を呼び出して、今日の昼過ぎに海岸通りまでいってこの手配書の男を探しなさいって命じてきたんだよ」
「ではラオと呼ばせてもらうが、君の師が竜蔵寺の高僧ということは、そのお達しはもしや……」
「そう、竜神さまのご神託だと思う」
竜人を生み出したとされる神「竜神」を信奉する「竜教」。
ほぼ全ての竜人が自分たちの始祖にして種族神として敬い、帰依している。
「竜神」の教えとはすなわち練武と練磨。
ひたすらに己を鍛え、高みに至ることを推奨され、武術のみならずあらゆる物事に通じ、技を磨き上げ世界に貢献することが尊いとされる。
物事に貴賤はなく、己も他人も自然も全てを尊ぶべしと説かれている。
力あるもの、才覚あるものほど努力を求められ、己を戒め、世のため人のためにあるべしという教義から民衆に寄り添う宗教でもある。
己の才と力に溺れ、己だけのために権力を乱用しようとする為政者とは徹底的に闘う姿勢を見せる。滅多にないことではあるが、独裁者になろうとする者が現れる時、「竜教」は自ら旗頭となって民衆の前に立ち徹底抗戦の構えを見せる。
「竜教」と敵対することは世界全ての竜人を敵に回すことになるため、どこの国の為政者も、基本的には「竜教」を敬い尊ぶ姿勢でいる。
「竜神」に仕える者は「僧」と呼ばれ、武術を会得し民衆のために率先して魔物退治に従事する「武僧」、学問を修め寺院で私塾を開き読み書き算術を教える「学僧」のどちらかになる(兼務する者もいる)。どこの集落であろうとも「竜教」を求められれば「僧」が派遣され、民衆の寄進で寺院が建立される。そのため、大陸の識字率はほぼ十割となっている。
竜蔵寺とは煌蘭四区にある寺院の名称であり、煌蘭にある全ての寺院をとりまとめる大寺院である。僧の中には眠れる竜神とわずかながら意思疎通を図れる者がおり、高位の僧となれば竜神から直々に「神託」とよばれる預言を授かることがある。
この預言がどのような形のものであれ、それは「神の言葉」であり絶対のものである。
「神託」が下された場合、信奉するものはすべからく従う事が求められるのだ。
「これが手配書なんだけど……。」
そういってラオが懐から一枚の紙きれを取り出しレドリックに見せようとすると、横目でそれ見たサムラットがむんずと手を伸ばし奪い取った。
「それを見せぃ、童。」
「な、何すんだよ、おっさん!」
手配書に描かれた、いかつい巨人族の男の似顔絵を見てサムラットの顔は憤怒の形相になり、全身がわなわなと震えだした。
「お、おい、おっさんどうしたんだよ?」(何キレてるの、このおっさんやべぇよ……)
「この絵のどこが我に似ているというのだ……!」
「いや、どこからどう見ても……」
「……ラオ。」
余計なことは言うなと、レドリックがラオの方に手を置きかぶりを振る。
どうやら巨人族から見れば、まったくの別人に見えるらしい。
「骨格といい肉付きといい、全く似てないではないか……。これは我がチュラサート氏族の恥さらし、憎むべき怨敵ラジェシュの顔よ!」
「え、別人なの?」
「別人も別人、こやつは我が氏族の顔に泥を塗った張本人だ。氏族にいたころから抵抗できぬ婦女子を襲い、強姦をはたらく痴れ者だった。その悪行ゆえ氏族から追放されたのだが、いたるところで乱暴狼藉を働く噂が耳に入っておった。もし出会うことあらば、一刀のもとに切り伏せてやるつもりだったのだが、よもやこんな賞金がかけられていようとはな」
「冒険者ギルドとかには普通に出回っていたようだぜ」
「我が所属する傭兵ギルドには出回っておらなんだ」
街の人々から魔物退治や護衛、ダンジョンと呼ばれる危険な遺跡や迷宮の探索等を請け負う冒険者ギルドと違い、傭兵ギルドは主に国家間の紛争や戦争、為政者の護衛などを請け負う組織である。
前述した「武僧」の中には民衆を助けるために冒険者としてギルドに登録する者もいるが、権力者側に立ち、戦争行為も行う傭兵ギルドに所属するものはほとんどいない。
「こんなところでラジェシュの顔に見れるとは思わなんだ。おい童、彼奴は今この煌蘭におるのか?」
「さぁなぁ。この手配書が発行された日付を見るとつい先日だから、最近、この付近にいることが確認されたんじゃねぇか。」
「……それだけの手がかりで、この大都市に潜む彼奴を探すのは難しいな。我ら巨人族が目立つ風貌といえど、この絵と我の違いすら見分けられぬようでは、な。」
「そうでもないかもしれない。」
レドリックが思案しながら口を開いた。
「ラオ、君のお師匠さまは、今日の昼過ぎに海岸通りまでいって、この手配書の男を探しなさい、といったんだったな。」
「ああ、そうだけど?」
「君はご神託どおりに動いて我々はこうして出会った。つまりこの事自体に意味があると思うんだよ。」
「……どういう意味だ?」
巨人族であるサムラットは、何を話しているのかさっぱりわからず首を傾げた。
レドリックが竜神を崇める竜人にとって「神託」とはどのような意味があるのかを説明する。
「ご神託というのは神の言葉だけあって人がそのまま理解するのは難しいのですよ、サムラット殿。竜教の高僧たちは神託が竜神より告げられた場合、まずはそれを膾炙して我々にも分かるよう翻訳します」
「あんた、僧でもないのに随分詳しいんだな」
「俺は幼少期寺に預けられていてね。多少は知ってるんだ」
自宅に家庭教師を招けない貧乏貴族によくある話であり、男爵家の次男であるレドリックもそのような境遇で育った。
「君こそ武僧なのだから、そこらへんの事情はもっと詳しくわかると思うが?」
「それが俺のお師匠さ、寺でも変わり者と評判の僧で時折意味不明なこというんだよ。そこらへん聞いても詳しく教えてくれねぇしなぁ」
「なるほどな……。とりあえず君の師匠にもう一度詳しく話を聞いてみたほうがよさそうだな。サムラット殿にも同行してもらってはどうかな?」
「えぇ、このおっさんも連れてくのか?」
「何をいうか。童、貴様がそもそも我に因縁をつけてきたのだぞ。責任をとれぃ」
「うへぇ……」(マジかよぉ、勘弁してくれよぉ)
「レドリック卿、なんとも妙なやり取りであったが、とりあえずまとまったようだな」
これまで話の成り行きを見守っていたゲオルグが声をかけてきた。
レドリックは預けられていた剣を返しにいこうとするが、ゲオルグは手で制した。
「いや、それはもうしばらく持っていてくれ。俺は艦隊司令本部に一度戻る。さすがにこれ以上席を外しているとあいつがキレそうでな」
見ればゲオルグの背後に諸々の後始末を任された侍従の青年が、顔を真っ赤にして仁王たちしている。
何がなんでも主を連れ戻すつもりのようだ。
「神託の件は俺も気になる。手数をかけてすまないが、貴公はこのままあの武僧たちに共に竜蔵寺まで向かい、この件を見届けてもらいたい」
「はぁ……」
「高僧がいただいた神託はさすがに気になるからな。とりあえずその高僧から話が聞きだせたら、指令本部まで来てくれ。詳しい話はそこでする」
「……承知しました。」
「助かる。この恩は必ず報いるゆえ、よろしく頼む」
「そのようにお気遣いいただかなくとも……」
「貴公をこのままにしておいては、皇国にむざむざもっていかれてしまう人材であることが骨身に染みたのでな。それなりのことはさせてもらうさ。……とりあえず俺はあの連中の対処をしてから戻る」
これだけの騒ぎになったことで街の衛士隊もようやく重い腰を上げ、衛士と思わしき鎧姿の者が数人こちらに向かってきてる。
ゲオルグはレドリックに手を振りながら、彼らの方に向かった。
そしてフェルディナントとアルベルトの二人もレドリックに別れを告げに来た。
「いやはや見事な立ち回りであった。騒ぎを見事に治めたな」
「まったく丸腰で巨人族の侍に挑もうとするなど肝が冷えたぞ」
「ご心配をおかけしました」
「本当はもう少し事の次第を見届けたいところだが、我らもそろそろ船に帰還しなければならん。まったく立場があるというのは考え物よな……。それはそれとして、先ほどの話だが是非前向きに検討してもらいたい」
「閣下……」
「ゲオルグ卿の手前具体的な話には入れらなかったが、私としては本心から貴公に皇国軍に入ってもらいたいと考えて居る。条件等あるならばなんでも申し出てほしい。貴公を迎えるに当たって出来得る限りのことをさせてもらうつもりだ。貴公を厚く遇すること吝かではない」
フェルディナントはガシリと力強くレドリックの手を握った。
「後のことはアルベルトに取次させよう」
「はい、叔父上。私たちはまだしばらく補給のため煌蘭に留まる予定だ。そうだな、貴様の都合がよければ明日にでも続きをしよう。宿はどこにとっている?」
「二区の臥竜館だ。」
「よし、明日の朝にその宿に迎えの車をよこす」
「了解した」
「帝国の事で色々あるだろうがそちらは俺たちにすべて任せろ。決して悪いようにはしない。じゃあ明日な、親友」
フェルディナントとアルベルト。
皇国侯爵家の面々も見送ったレドリックは、とてつもない疲労感に感じた。
無所属になり全てを失ったと思われた自分に、思わぬところから差し伸べられた二つの手の引っ張り合いを見せつけられ、ほとほと疲れ果てた。
「これだから俺は政が苦手なんだ……」
領地も立場も全て失った失意の帝国の軍人 ~なぜか差し伸べられる手、なぜか巻き込まれる騒動、なぜか舞い込む依頼、そして鬼王に至る道~ 第一章 煌蘭動乱 曲威綱重 @magaitsunashige
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