第15話 ラオとサムラット

「童、我に拳を向ける意味をわかっているのだろうな」

「お、おう、てめぇは俺が倒すっていってんだよ、デカブツ!」(何このデカさ、怖すぎんですけど!!)

煌蘭三区海岸通り。大勢の人が行き交うこの場所で、巨人族の男と竜人の少年が対峙していた。巨人族は巨大な太刀を腰に佩き、金色に輝く大鎧を身にまとった侍の姿をしている。

東方伝来の侍装束の中で最も巨大で圧倒的な防御力を誇る大鎧は、その重量ゆえに大の竜人でも扱いづらいものであるが、2メートルを超える圧倒的な体の持ち主である巨人族ならば難なく着こなせる。

対する竜族の少年はというと、軽量化の図られた防具に手甲と足甲という装備から拳闘士であることが察せられるが、鍛えられてはいるが華奢なその胴体は、巨人族の侍の丸太よりも太い腕よりも細いぐらいだった。

「倒すというわりには、震えておるぞ」

「む、武者震いに決まってらぁ!」(マジ無理、俺死んだぁぁぁ!!)

「吹いたな、童。……まぁよい、まずは名を名乗れ」

「俺の名はラオ、竜蔵寺の武僧だ。お前はお尋ね者のチュラサートだな!」

「むっ……?確かにチュラサートは我が氏族の名であるが」

「え、氏族?氏族って何だよ」

「氏族とは我ら巨人族がそれぞれ属する集団のことよ。そんなことも知らんのか、童」

「巨人族でもないのに、そんなこと知ってるわけねぇだろ!」(え、何名前じゃなかったの!?)

巨人族は主に山岳地帯に住まう少数民族である。

巨大な体といかめしい顔から戦闘部族に思われがちだが、性格温厚にして柔和な民が多くほとんどの民は山に住み続ける。

武を極めようという一部の者のみが山から人里に降りてくるのだ。

「我はチュラサート氏族のサムラットだ。で、我がお尋ね者というのはどういう意味だ?」

「どういう意味って、文字通りの意味だよ!辻斬り、一つの村の村人全員惨殺、その他にも複数の罪で、あんたはその首に金三百の賞金がかけられた立派なお尋ねものだろうが!」

「ふむ……。確かに俺は侍の道を究めんと刀を握り、傭兵として戦場にも幾度となく訪れた。魔物のみならず、この太刀で斬った者がいるのも事実だ。しかし、俺が斬ったものはすべからく戦闘の意思があるもの、非戦闘員を斬ったことは一度もないわ」

「い、今更言い逃れしようってのか!?」

「言い逃れも何も、我はそのような罪に問われることは一切行ったことがないがないと言っている」

ラオとサムラットが押し問答していると、騒ぎを聞きつけた通行人たちが周りに集まってきた。

野次馬たちがなんだなんだと物珍し気に見物していると、今度はそこに騒ぎを聞きつけたレドリックたち一行が、嶺上飯店から外に出て見物人たちに訪ねてみた。

「一体これは何の騒ぎなんだ?」

「へ、へぇ。何やらお尋ね者がいたとかどうとかで、あそこの武僧の方が巨人族の奴を取り押さえようとしてるんでさ」

「ふむ、あの武僧がな……」

レドリックが見る限り、確かに武僧の少年はそれなりに修練を積んでいるようだが、実践の経験が足りていないように思えた。

特に人と対しての殺し合いは初めての経験らしく腰が引けているようにすら見える。

魔物退治の経験しかないのだろう。

それに比べて、お尋ね者という巨人族の侍はまさに歴戦の兵、幾度となく死線を潜り抜け、魔物も人も斬ってきた風格のようなものすら漂わせている。

このまま戦闘が始まれば、恐らく最初の一太刀で武僧の少年は真っ二つにされてしまうことだろう。

「致し方ない、か……」

「おい、レド!どこへいくつもりだ?」

騒ぎの中心に一人向かおうとする友を見て、アルベルトは慌てて肩を掴んで制止した。

「あれでは勝負が見えているからな。帝国法ではかたき討ちや果し合いなど決闘の場に助っ人が参戦することが認められている」

「そういう事を聞いてるんじゃない。丸腰であの侍に向かっていくつもりのなのかと聞いているんだ」

執政官府を訪れることを想定して、本日レドリックは短剣のみ身に着けている状態だった。

町中での帯剣は市民の権利として認められているが、執政官府など特別な場所では武装の解除が求められる。

安全な街ならば仰々しい武器はいるまいと、宿に主な武器を預けてきたことが、裏目に出てしまった。

「なに、いざとなれば拳でなんとかするさ。一応格闘の心得もある」

「並みの相手であれば止めはせんが、あの侍相手には無謀もいいところだぞ。あれを相手にするには最低でもそれなりの剣がなくては……っておい、人の話の途中に突っ込んでいくのはやめろ!」

アルベルトの制止を振り切り、レドリックは武僧と侍のいる場所へと向かっていく。

「まったく、あの野郎の猪ぶりは変わってないな。」

「レドリック卿、受け取れ!」

声と共に自分に放られたものをレドリックが振り向いて受け取ると、それは鞘に収まった一振りの剣だった。

「ゲオルグ卿、これは……」

「俺が町中で持ち歩いている予備の剣だ。大したものではないが使ってくれ」

「……有難く使わせていただきます」

ゲオルグの剣を腰に佩いてレドリックが二人に近づくと、話の成り行きがわかっていないラオがレドリックに対しても身構えた。

「あ、あんた何者だ!まさかこいつの仲間か!?」(マジかよ、もう終わりじゃん俺!!?)

「落ち着け少年。俺はレドリック・バーンスタイン。しがない帝国軍人だが、君たちの騒ぎを聞きつけてやってきた。そちらの侍がお尋ね者で、君がそれを取り押さえようとしているという話で相違ないか?」

「あ、ああ、そうだ」

「いや、相違あるぞ」

サムラットが異議を唱えた。

「我の首に賞金がかけられているなど初耳だ。その童の口から初めて聞いた話よ」

「ふむ、どうやら事態が少し入り組んでいるようだな。まずは双方の話詳しく聞かせてもらえないだろうか」

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