第14話 皇国の誘い
「……あまりといえばあまりの沙汰だな、レド」
食事が終わり(人数が増えたことで、結局甘味は杏仁豆腐と芒果布丁二つとも注文することで落ち着いた)、食後の茶を啜りながらアルベルトはレドリックの話に同情を示した。
「作為があるようにすら感じられる」
「何を言っているアルベルト。何者かの策謀に決まっておろうが。突然の出火から魔物たちの襲撃、救援の陳情に向かったら責任追及からの領主解任。これがたったの三日の内に全て起こるなど、話が出来過ぎて笑い話にすらならんわ」
フェルディナントは鼻を鳴らしてお粗末な陰謀劇に不快感を示した。
確かに何もかもが出来過ぎている。
しかし一介の軍人に過ぎず、現在は実家からも断絶されたレドリックに打てる手は現状ほとんどなかった。
「しかし私の不徳により、村を守り切れなかったのは事実……」
「その村の警備兵は十人にも満たない数だったのだろう。むしろ貴様が指揮官でなかったら村人も兵も全員殺されていただろうよ。できれば名誉回復を手伝ってやりたいが、友好国とはいえ他国の人事、干渉するのは難しいな」
「その気持ちだけで十分だよ、アル」
「貴公のお力でなんとかできないのですか、ゲオルグ卿?」
「……難しいですな。私も先日こちらに赴任してきたばかりで、煌蘭の政情にはまだ詳しくないのです」
本来ならば失意に暮れるレドリックをこの店で励まし、あわよくば自分の部隊に引き入れる流れにする算段であったゲオルグからすれば、予想外の事態の展開に歯ぎしりしたい気分であった。
「いっそのこと皇国軍に入らないかね、レドリック卿?」
「「は?」」
あまりの提案に言葉を失うゲオルグとレドリックに対し、フェルディナントが説明を続ける。
「貴公はこの国における立場や財産、家名を含めてほとんどのものを失ったのであろう。つまりもうこの国で失うもの、守らなければならぬものは、ほとんどないのではないか?」
「はぁ……。それはまぁ、確かにその通りです」
「うむ。今まで尽くしてきた軍人に対してこのyり方は、あまりに無情、惨い話よな。このフェルディナント同じ軍人、武人の者として同情の念に堪えぬ」
「……」
「義を見てせざるは勇無きなりは皇国軍人のモットーである。……よかろう、私が後見人となり貴公を皇国軍に招こうではないか」
「叔父上、それは実に良きお考えですな。レドリック卿ほどの剛の者が、祖国でこのような扱いを受けるとはまさに義にもとる行為。我が皇国にて身柄を引き受ければ問題も解消されるというもの」
「あいや、お待ちください!」
予想外な申し出からフェルディナントが話の主導権を握り、彼のペースでどんどん話が進められている。
ゲオルグは慌てて待ったをかけた。
「いかがされた、ゲオルグ卿」
「レドリック卿は我が帝国にとって大事な武人。お二方だけで話を進められてはさすがに困りますな」
「これは異な事を。帝国にとってレドリック卿が真に大事な武人であれば、厚く遇されて然るべき。だというに、レドリック卿は現在、すべての財産も家名も失い、所属する部隊すらない状況ではなかったかな?」
「……確かにその通りです」
「それであれば我ら皇国が仕官の話を持ち掛けても問題はあるまい。アルベルト、レドリック卿の士官学校での成績は分かるか?」
「我ながら情けなく悔しいことでありますが、常に主席でありました。留学生に士官学校で主席を取られるなどなんたることかと、当時親父たちになんど叱られましたことか……。」
「それは済まなかったな、アル」
「何をいうか。そんな貴様に引っ張られたからこそ。俺たち117期生は歴代トップの成績を上げられたのだ。在学中から軍人として武人として抜きんでていたレドリック卿は、祖国に帰られた後も魔物討伐で多大な功績を上げられ、現在大尉の階級であったはずです。」
(こ、この連中、そこまで調べてあげていたのか……)
レドリックがフェルディナントたちレーヴェンブルン侯爵家にしっかり目を付けられていたことを知り、ゲオルグは愕然とした。
他国の一士官に対してこれだけの情報を集めているとは、皇国の諜報力は恐ろしいものがある。自分の情報もそれなりに把握されていたことから、帝国軍の情報がどれだけ皇国に掴まれているかと思うとゲオルグは肝が冷える思いがした。
そして自分を待ち受けていた運命を呪いたくもあった。
運命の女神は気まぐれというが、あまりに気まぐれすぎる。
自分の下に落ちてきたと思われた黄金の果実は、今や舌なめずりをして待ち構えていた泉の獅子たちにもっていかれようとしている。
「で、あればとりあえず大尉待遇で我ら海軍に迎えるのが適切であろうか」
「はい。レドリック卿であればすぐに功績を上げられ、すぐに昇進するでしょう。北方の地での魔物や蛮族、海賊討伐にはいくらでも剛の者が欲しいところですからな。私の階級などすぐに越えられてしまいますよ」
「それはいくらなんでも俺を買い被りすぎだアル」
「ふん、何を言う。雪深い山村に現れた灰色熊の話を前に、学生の俺たちが皆尻込みする中、貴様は斧槍を掴み一人駆け出していったのではないか。民草を守ることこそが俺たち武人の務めであろうと啖呵を切ってな。慌てて追いかけた俺たちが雪山で見たのは、胸に熊の爪痕が刻まれた状態で、切り落としたヤツの首を持ち帰ってきた返り血に塗れたお前の姿だった。あの光景は今も忘れられんよ」
「やめてくれ、昔の話だ。あれは無茶が過ぎたと反省しているんだ」
「なんと血沸き肉躍る話よ。それでこそ貴族、それでこそ武人よな。やはり貴殿には皇国軍人の道こそがふさわしい。いかがかな、レドリック卿。改めて我が皇国に仕官するつもりはないか」
貴族の生まれの者が他国に仕官することは不可能ではないが、それなりに条件がある。
例えば相手国の貴族と婚姻関係を結ぶ、もしくは祖国に対して相応の金銀財宝を納めるなどだ。
レーヴェンブルンの力をもってすれば、そのどちらも可能である。
レドリックにふさわしい令嬢や姫君を用意することも、客将として迎え入れるだけの財を用意することも容易い。
純粋な国力だけを比較すれば帝国は皇国を圧倒しているが、それ故に組織は鈍重になり、富や財力が重視され上層部には腐敗が蔓延りつつある。
それに比べ皇国はおよそ百年前に帝国から独立した新国家であり、質実剛健、国を挙げて国力増強に励む活気のある国だ。
レドリックのような無骨を絵にかいたような武人からすれば、因習にまみれた古い国家などより気概に満ちた新国家のほうが遥かに魅力的に見えるかもしれない。
まして今のレドリックは祖国に捨てられたに近い立場だ。
打つ手がなくなったゲオルグは無言となり、レドリックの皇国仕官の話が更に進みだそうとしたその時、店の外から騒ぎ声が聞こえてきた。
「おい、果し合いだ、果し合いが始まるぞ!」
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