第35話 END 鎮魂歌(レクイエム)柚子香

 病気でひかりを失った悠は日に日に力を弱めていった。気持ちは痛いほど解るが、人生を諦めるには十代は余りに早すぎる。


「悠君」


 学校でも全く元気はなく、クラスメイトは理由を知っているだけに話し掛けづらかった。ただ見守るだけの日々が続く。親友の太一ですらため息をついてはそうするだけ。


「あの、悠君」


 悠はひかりを選んだ。しかし柚子香は悠が一生を捧げて贖罪するとの言葉を受け入れた。そのひかりを失った今、彼は脱け殻のようになってしまっている。


「ああ、柚子香。何か困ったことあったら言ってくれよ、俺力になるからさ」


 律儀に約束を守り続ける姿勢が柚子香には辛かった。もしかすると彼を苦しめているのは自分なのかもと錯覚すらしてしまうほどに。


「藤崎さん、私にも最期に声を掛けてくれました」


「ひかりが?」


 曇っていた悠の表情に少しだけ光が射す。失ったものを少しだけでも回復したかのように。言うべきか迷った、もしこの先悠が一人で立ち直れたなら必要が無いから。けれどもあまりにも見て居られずについに。


「はい。『僕のこと忘れないでね』って。忘れるはずなんて無いんですよ?」


「そうだよな、忘れるわけないのに。そっか、柚子香にも言ってたんだ」


 悠が微笑んだ。共有している記憶があるようで凄く嬉しかった。久し振りに笑ったかも知れないとふと気付く。


「も、ですか?」


「ああ、俺や夏希にもさ。生きていたんだよな、そこで笑ってたんだよひかりは」


 今まで幾度涙を流してきただろうか、それでもまだ悲しみが止まらない。瞳からつつっと頬をつたる。深く、あまりにも深く、そして大きくひかりが悠の中にあったのが柚子香にも感じられた。今伝えるべきかどうか、柚子香も悩みに悩んだ。そして顔をあげることにする。


「でも、もう一つ言われました」


「え?」


「『もし悠ちゃんがずっと立ち直れないようなら、悠ちゃんのことお願いね』って。きっと苦しむだろうから、それを支えて欲しいって」


「ひかりが?」


「はい。藤崎さん、最期まで悠君の心配をしていました。私、喪に服すの、もうそろそろ良いですよね?」


 泣いている悠を優しく抱き締める。いつまでも悲しみに暮れている姿を、もう見ていたくはなかった。寄り添ってあげたかった。


「柚子香、俺」


「私、忘れませんよずっと。藤崎さんのこと」


「ひかり。居たんだよ、ほんと隣にいていつも笑ってくれてたんだよ!」


 柚子香にしがみついて声をあげて泣いた。ひかりと連呼して。


「悠君の中だけでなく、私の中にも存在し続けているんですよ? 私、これからもずっと悠君と一緒ですから」


「柚子香。俺、ひかりのこと、二人でここに在った証、示してくれないか?」


 心に空いた大きな穴、それを埋められる存在。同じ記憶を共有している大切な人物。柚子香は笑顔で頷く。


「はい、私達はずっと一緒なんです。これまでも、これからも、ずっと」


「ありがとう、柚子香。ほんと俺酷いことしてばかりで」


 過去のことだけではなく、今だって別の女の為に一緒になどと酷いことを求めている。それなのに柚子香は優しく微笑んでくれていた。


「良いんですよ、悠君は最後には必ず私のところに戻ってきてくれますから。だから良いんです」


 柚子香を強く抱き締めて誓う。想い出を絶対に忘れずに、生きていこうと。共に過ごした記憶を崇拝して。

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彼と彼女の喜遊曲(ディヴェルティメント) 愛LOVEルピア☆ミ @miraukakka

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