第34話 END 葬送曲(フェーナルマーチ)夏希
◇
悠とひかりが二人で暮らし始めるようになってから暫く経った。ひかりは出産し、直後に息を引き取った。彼女がこの世に存在していたという証を残して。
「ひかり! ひかり!」
葬儀に参列した者の前で終始名前を呼び続け慟哭する。やがて火葬されてしまうと、遺灰を鷲掴みにして口にした。親族がギョッとしていたが、誰なのかを知ると何も言わずにただ見守る。
「悠……」
彼の隣に付き添っていた夏希が心配そうに呼び掛ける。ずっと寝もしなければ、ここしばらく遺灰以外何も口にしていない。食事をするような気になれなかったのも頷ける。
「体壊すから、少しだけでも休みなよ」
「夏希。俺もうダメだ、立ち直れないよ」
「今は何も考えなくていいから、休んで。私がずっと傍にいてあげるから」
泣きながら、歯を食い縛りながら悠は目を閉じた。大切な人を失い、心にぽっかりと大きな穴が開いてしまい。ふと気付くと真夜中、悠は夏希の膝の上で目をさます。夢ではない、現実に引き戻される。
「夏希。俺、ごめん」
「いいよ。まだ涙でるなら泣きなよ、いくらでも付き合うから」
力なく頷いて夜が明けるまで彼女に抱き着いて泣いた。まるでそうしていたらひかりが戻ってくると信じているかのように。疲労と空腹で悠が意識を失う。夏希が悠を介抱して隣で目を醒ますのを待っていた。
「私、悠のせいで待つの慣れすぎだよね」
優しい微笑みを浮かべ、ただ無言で顔を見詰める。親族の皆が居なくなり、部屋を一つだけ借りたまま、また夜が巡ってきた。
「あれ?」
悠はいつの間にか寝ていたことに気付いて左右を見渡す。そこには変わらずに夏希が居た。
「夏希」
「目覚めたね。まだ泣く?」
「お前ずっとそこに?」
体を起こす。どこなのか、今がいつなのかすら全くわからない。何も覚えていない、けれども最後は夏希にしがみついていたような気がする、今も目の前に居た。
「私はずっと悠の傍に居たよ。ずっと、ずっとね」
「俺、ありがとう、夏希。沢山泣いたから、もう大丈夫だ」
「そう、良かった。先輩もさ、あまり泣いてばかり居る悠は見たくないんじゃないかな」
それは彼女の言葉でもあり、ひかりの言葉でもあった。笑顔でサヨナラをしたい、ひかりはそう願っていたからだ。最初から最後まで、ひかりはいつも笑っていた。
「そうだよな、泣いてちゃいけないよな。夏希の言う通りだよ、ありがとう」
「先輩からの伝言あるよ。今はまだ聞かない方がいいかも知れないけど。どうする?」
「ひかりから? それが何であれ、俺はいつでも受け入れる。今、聞かせて欲しい」
悠は夏希の目を見てはっきりとそう告げた。逃げるようなことはしないと。
「そっか。先輩ね、『僕がこの世から居なくなっても忘れないでね』って私に言ったんだ。そしてね、『悠ちゃんをヨロシクね』って」
「ひかり。最期まで俺のことを」
「先輩は私の中でも生きてるよ。ずっと忘れなんてしない、一生一緒に居る」
良いことも悪いこともあった、何せ同じ人を求めあっていたのだから。けれどもそれでも、ひかりを好きだったのは夏希だって同じだ。忘れられるはずがない。
「夏希。俺、こんなこと言う資格もなければ、言うべき時じゃないの解ってる。でもひかりの言葉を聞いたから、必ずお前にも返事をしなきゃならない」
「今はいいよ、悠も辛いだろうし。私、待つの得意だから」
力なく微笑む、自分は後でも良いと。だが悠は頭を振った、今を求めたのは自分だと。
「俺は一生ひかりのことを大切にする、そう誓った。それは俺が生きている間ずっと破られることがない誓いだ」
夏希が小さく頷いている。言葉に出したこと、悠はことごとくを実行してきていた。それがどれだけ自分に不都合があろうとも必ず。
「夏希。俺は夏希とも一生付き合うって約束した。ひかりのこと、ここに確かに存在していたって、二人で証明し続けてくれないか?」
「はは、なによそれ、プロポーズのつもり? 何年も待たせといて笑っちゃうわね。でも、いいよ私。そういう悠が好きだから」
悠らしい、そう夏希は呟いて抱き締める。二人の中でひかりは永遠に存在し続けて行くようにと。共通の記憶。ひかりの記憶。彼と彼女らの大切な宝、記憶は永遠に崇拝されていくことになる。
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