第6話

「転入生の、里中 律君です」


 これからクラスメイトになるはずの同級生の、目という目が僕を見てる。

 大丈夫。

 今だけ。

 そのうち、また石ころになるから。


「さ、里中 律です」


「り、りつぅ?!」


 樹……やめて。


「何? 樹、知ってんの?」


「おう。夏休みにさ、一緒に遊んだんだ」


「マジ? 何して?」


 いつの間にか、転入生の僕よりも注目される樹。


「ごめんなさいね。このクラス、こんな感じなのよ」


 僕の隣に立ってた担任の先生が、本当にすまなそうにした。




「朝はマジで驚いた。転校してくるって、決まってたの?」


「ううん。また、逃げてきちゃった」


 放課後、鞄も何もかもを持ったまま、僕は樹に捕まった。

 引きずられるようにして、たどりついた大けやきの下。

 当たり前のようにその枝に座って、数日前と同じように空を見た。


「もうさ、逃げたって言うなよ」


「でも……」


「律はさ、逃げたんじゃなくて、自分で決めて来たんだろ? 選んで来たんじゃん」


 家に帰れば、お母さんが僕を見る顔は既に諦めてて、目線の先に弟がいた。

 僕に向けられてた熱量は、今度は弟が引き継ぐのかな。

 逃げ出す前よりも居場所のなくなった僕に、お父さんがこっちで暮らすことを提案してくれて。


「選んで?」


「そう! 塾に行かないことも、受験しないことも、転校することも。律が選んだんだろ?」


 逃げたんじゃなく、選んだ。

 そんなふうに思いもしなかった。

 流されるまま流されて、嫌になって逃げ出した。

 そう思ってた。


「そうかな」


「そうだよ!」


 印象的な樹の白い歯が、僕の行為を認めてくれる。

 逃げたんじゃないよって、そう言ってくれる。

 道から逃げたんじゃない。

 自分で道を描いた。


 あんなに聞こえていたノイズは、もう聞こえない。

 自宅で、もう一回と唱えた夏の日々は戻ってこない。

 繰り返したい夏に思いを馳せて、その終わりに前を向く。

 夏はもう終わる。

 赤とんぼが飛び始める。

 僕は次の季節へ進む。

 

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夏の終わりに前を向く 光城 朱純 @mizukiaki

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