俺は初恋だった”彼女”に出会ってしまった。仕事帰り、たまたま寄ったコンビニで。

藍坂イツキ

Episode 1&2

Epi1


「お疲れ様です。お先に失礼します」


 夜七時。

 定時を過ぎてもなお稼働し続ける職場を同僚のヘルプを終えた俺はぺこりと頭を下げて飛び出した。F


「はぁ……」


 外へ出ると肌寒さに体が震える。

 季節は言わずもがな、寒いと言えば――冬しかない。


 俺はこの冬が少し嫌いだ。


 たまに人と話していて、夏と冬どっちが嫌いかと言う話になって冬かなと言うと分かってくれる人もいるけど。


 きっと、多分。

 俺の嫌いな理由は彼ら彼女らとは少しだけ違う。


 冬は寒くて辛いとか。

 雪が降って滑るし嫌だとか。

 とにかく暖房費がかかって家計が苦しくなるから嫌だとか。


 そういう理由ではない。

 いや、確かに。少しは気持ちも分かる。

 俺だって、普通の人間だ。

 どこにでもいるヤンチャな小学生時代を過ごし、どこにでもある中学校で普通に初恋をし、少しだけ頭のいい高校に通い部活に没頭して、なんとか地元の国立大学に合格して。


 —―順風満帆、とは言えないまでも普通な人生を送ってきた。


 そういう自負はある。


 まぁ、身の丈に合わないような将来の夢を掲げたり、それこそ文化祭で目立ちたいからと即興バンドを組んでギターを演奏したのも懐かしいほどには。


 普通の男をしてきたつもりだ。


 今の世の中で普通とか言うと反感買うのかもしれないけど、あくまでも俺の中では普通だったから仕方がない。


 —―と、話題が逸れてしまった。

 

 結論から言うと、失恋を思い出してしまうから冬が嫌いなんだ。


 失恋と言うのは少し違うかも。

 だって、俺は告白など一度もしていないから。


 じゃあ、どうして失恋と言えようかと。

 理由は単純だ。

 俺が想いを告げるよりも早く、彼女は手の届かないどこかへ行ってしまったからだ。


 


 —―あれは中学一年生の夏のこと。

 夏休み中、友達とサッカーボールを片手に公園で遊んで、みんなが帰った後も俺はただ一人ひたすらボールを蹴っていた。

 サッカーが好きで部活にも入部して、でも先輩たちの背中が遠すぎて大きすぎて、自主練を始めた日。

 夕暮れ時で帰り始める子供もちらほらいた公園のブランコをたった一人で漕いでいる長髪の少女を見つけたのだ。


 黒髪ロングで、目もぱっちりとしていて。

 まぁ有り体に言えば――所謂、美少女という女の子だった。


 少女と言うのだから、年齢は若い。

 俺と同い年かそこらの、彼女。

 何より、その年代に自信が持てたのは俺がよく見る制服を着ていたからだ。


 市立青鹿原中学。

 この一帯に住む子供が集う、中学校。

 サッカー部と野球部、そして吹奏楽部が市内でもトップクラスの文武両道な中学校の白と黒のセーラー服。


 その姿がどうにも綺麗で見つめてしまっていて、案の定目が合った。


「ねぇ、私の顔に何かついてる?」


 すると、ブランコをぴたりと止めた彼女は見つめる俺にありきたりな質問を飛ばしてきた。


「いや、何も」

「じゃあなんで見つめてたの、私を」

「……なんでも、ないです」


 見惚れてしまった。

 なんていうのが恥ずかしくて、視線を逸らし口ごもってしまう。


 しかし、彼女はそれすら見透かしたのか。

 さも真面目に呟いた。


「ま、どうでもいいけど。みんな可愛いっていうし、男なら当たり前か」

「えっ」


 それを聞いて、なんて自信気な女なんだと思った。

 振り返ってまたブランコをに座る彼女。


「な、なぁ。自分でそういうこと言うのやめた方がいいぞ。ナルシストみたいだし」


 見惚れた女が傲慢だったというのが嫌で、突っかかってしまう。


「いいじゃん。別に。関係ないでしょ……」

「関係なくない。同じ学校だし」

「へぇ、君も青鹿原なんだね、何組?」

「何組って。君は何年なの?」

「私は一年だよ、君は?」

「同じだけど……」

「なら一緒じゃん。ちなみに私は二組」

「お、俺は三組」


 まさか同じ学年で、隣のクラスだったなんて思っても見なかった。

 これでも学校の人間くらい覚えてると自信があったけど少し打ち砕かれたのだ。


「—―ねぇ、名前教えてよ名前」

「名前……名乗らせたいなら、そっちが名乗れば?」


 そんな彼女に反抗してみたくなって言うと、むぅっと頬を膨らませる。

 どこか不満げな表情で、結局口を開いた。


「私は――逢坂愛華あいさかあいかよ。はい言った、それで君は?」

「俺は、木見きみ湊人みなと


 どこまで強情なんだ、と思いつつも告げると彼女はなぜかプスッと口から笑みを溢した。


「っぷはは」


「な、なんで笑ってる!」


 急に笑われて、俺はなぜか頬を赤面させながら激昂—―までは言わない程度に言い返した。


「いやさ、だって……って……ぷははっ」

「ちょ、ちょっと」


 腹を抱えて、俺を指さして笑う彼女。


 それが少しうざったく感じつつも。

 そして、同時に俺は――思ってしまったのだ。


 自分のことをかわいいとか言ってしまうナルシストで強情そうな女が、そんな女の笑う顔が。


 —―――かわいいな。



 と甲斐性もなく思ってしまったのだ。




「なついな、あれは」


 今とは真逆の暑い季節に出会った俺たちはあの日で終わるわけもなく、数か月と続いていった。

 意外にも勉強が苦手だった彼女に基礎から教えていく勉強会を開いたり、雨の日に玄関でエンカウントした時には相合傘して帰ったり。

 クラスメイトに見られないかひやひやして、次の日学校行ったら案の定噂になってたりして。

 たまには一緒に遊ぶこともあったし、俺の初めての晴れ舞台新人戦を見に来てくれたりだとか、自他ともに認めるほどに仲のいい友達になっていて。


 そして、そんな女子を好きにならない理由などあるわけもなく、半年が経った冬に思いを告げようか迷っていて。


 結局、クリスマスも、バレンタインも一緒に過ごしたけどなぁなぁで。


 —―この日々が来年も続くからいいやと思っていた俺に、事件は起きたのだ。


「—―私は転校します」


 雪降る二月下旬。

 そう書かれてある置手紙だけを下駄箱に残して、逢坂愛華は唐突に俺の元から去ってしまったのだ。



「ほんと……未だ引きづってるなんて情けないな」


 そして、二十四になるこの年まで俺はそれを引きづり続けている。

 十年が経った。

 生まれた子供が小学四年生になるほどの長い月日が経ち、それでも忘れることのできなかった俺はいつまでも童貞のままで。

 彼女なんて、青春は一生来なかった。


 毎年、この季節になると彼女を思い出してしまうからきついのだと……俺はずっと心に仕舞っている。


「ココア、買うか」


 ふと彼女と飲んだココアの味を思い出したくなって、俺は導かれるように目に入ったいつもは入らないコンビニへ足を運んだ。


”じっくりココア”

”120円”


 ほっとドリンクコーナーを眺めて、適当に王道のココアを掴み、そのままレジへ。

 電子決済なんて、あの頃は思っても見なかったなぁとくだらない懐古をしつつ、スマホを取り出し。


 そして――買おうと思ったその時だった。


「120円になります」


 ありきたりな言葉に俺の体はぴたりと動かなくなったのだ。

 

 背筋がすぅッと冷えていく感覚に襲われ、その声が頭の中で反芻する。


 レジの目の前。

 店員の声。


 足元ばかりに気を取られて顔を見ていなかったその店員の声がどうにも胸に引っかかった。


 分からない、わけがない。

 恋焦がれて、結局叶うことなく失恋した初恋の相手。


 —―その相手の声と、逢坂愛華の声と瓜二つだったから。


 少し大人びて落ち着いていたけど、でも分かる。

 ここまで透き通った高音が出るのは彼女しかいなかった。

 まるで、川のせせらぎの様な、耳に入っても痛みなどない高い音。


「あの、お客様?」


 続けるように、もう一度。

 俺を心配したようで、声が近づく。


 その状況に生唾を飲み込んで、恐る恐る顔をあげた。


 言わずもがな、だろう。

 驚きすら通り越して、俺の口からは空気しか出なかったのだから。


「—―っ⁉」


 そう、そこにいたのは。

 「逢坂」と書かれたネームプレートを胸につけ、長い髪を後ろで一つ結びにさせたコンビニの制服を身にまとった――あの女の子だったのだから。

 

「あ、いさか……」

「えっ……み、なと?」

 


 十二月下旬。

 週末にはクリスマスを控えるこの時期に――俺と逢坂はこうして再会したのだった。




◇◇◇


Epi2



 目が合い、俺たちは驚きの余り固まった。

 一体全体、何が起こっているのかがさっぱり分からなかった。さっきまで仕事をしてきてヘロヘロな体に、使い切った思考をぐるぐると回転させても理解が追いつかない。


 夢でも見ているんじゃないかとさえ思ってしまう。

 十年たったからって彼女のこと思い出して幻覚でも見ているのではないかと、そう感じて。


 でも、そこにいるのは事実みたいに彼女が口を開いた。


「どうして、湊人くんが……」


 困惑した表情で、バーコード機を手に持ったままそう呟いた。


「逢坂こそ……どうして」


 数秒間経ち、動かない二人に周りもざわつき出し、反対側にいる店員が彼女の隣へやってくる。


「おいおい、逢坂くん。止まってないで仕事しなさい、あと十分で終わるんだから」

「……は、はいっ!」


 飛び跳ねて頷き、俺の方に口を近づけて耳打ちする。


「あ、あの、もう少しなので、待っててくれませんか?」

「お、おう」


 待たない理由はなく、俺はイートインスペースに座って彼女のシフトが終わるのを待った。

 やがて終わり、さっきまでのコンビニ制服ではなく、彼女は白ニットにジーパンにもこもこのジャンパーと言う姿で俺の前にやってきた。


「すみません。お待たせしてしまって」

「いや別に。逢坂こそ、お疲れ様……それで、どうする?」

「ここじゃ、お邪魔ですし……一緒に帰りましょうか」

「そ、うだな」


 ぎこちない提案をぎこちない返事で承諾し、自動ドアを潜り外へ出る。

 もちろんのこと、寒い空気ががっと押し寄せて俺たちの体がきゅっと縮こまった。


「うっさむ」

「寒いな……ココア、いるか?」

「そんな、それは湊人くんので」

「いや、いいよ。こんなところで再会できるとは思わなかったしさ、飲んでくれ」

「じゃ、じゃあ」


 昔もこんな感じでジュースを飲み合ったっけ。

 過去を思い出しつつ、彼女が缶ココアを唇につけ喉に流し込んだ。


「美味しいですね……あっ」


 はいっと渡されて俺も続けて飲み込むと、おいしそうに笑みを見せる彼女の顔がぼっと赤くなる。


「ん、うまいな。ってどうしたんだ?」

「あ、いや……か、んせつ」

「ん?」

「……間接、キスだなぁって」

「あ、あぁ」


 なにも気にしていなかったが確かにこれは間接キスだった。

 昔は特段考えることもなく飲んでいたから、その気になってしまっていた。

 動揺しすぎて落ち着いているのか、普段なら気にすることもなぜか気が回らない。


「すまん」

「どうして、謝るの。別に悪いことしてないのに」

「あははは。仕事柄っていうかね」

「そう、なんだ」


 いつも謝っていたからか、ポロっと出る謝罪を聞くと逢坂は少し目を逸らした。

 どうするか、迷いつつ。

 俺はこの再会に口が動く。


「なぁ、逢坂……久しぶりだな」

「う、うん……そうだね」


 十年ぶりの再会だ。

 もっと何か話すことがあるのかもしれない、でも俺は聞かずにはいられなかった。


 —―いなくなったあの日、あれか一週間学校を休んだ俺が考えても考えても理解できなかった答えを知りたい。


 その一心で、口を開く。

 甘く、まだ慣れてない――昔とは真逆の反応をする逢坂に意を決して尋ねた。





「どうしてさ……あの日、俺に何も言わずに行ってしまったんだ?」




 それだけが知りたくて、ここまで生きてきた。

 心の奥底にしまい込んで、結局引きづってきた俺。


 ここでしかない。

 ここで聞かずして、どうなるか。


 もしかしたら、重い話しか知れないのに――どうしても聞きたくて口に出す。


 すると、隣を歩いていた逢坂はぴたりと止まった。


「逢坂?」

「……それは」

「うん」


 拳をぎゅっと握りしめて、そして開く。

 

「—―ごめんなさい」


 彼女からの謝罪だった。

 別に謝ってほしかったわけではない。

 焦った。

 急いで彼女の肩を掴むと、見上げたその顔がさっきまでの赤い頬ではなく。

 大粒の涙に変わっていた。


「っご、ごめん……うぁ……ぃ……」

「え、あっ、逢坂……別に」

「違う、の」

「違う?」

「うん……実は、その……ただの転校だったの」


 あの手紙に書いていたから、それは知っている。


「湊人君にも学校が終わった後、言おうと思ってたの……でも急で、その足のまま行かなくちゃいけなくて」

「……何も言えなかった」

「……う、うん」


 答えは単純だった。

 時間がなくて、それでも時間をもらって書いたあの手紙。


 あの日、俺は捨てられたのだと思っていたけど。

 違ったらしい。

 彼女は、彼女なりに……頑張って、俺に伝えようとしてくれていたようだ。


「それなら、いいんだ」


 俺も首を振って、涙を流す彼女にそっと近づく。


「気にしすぎるのもよくないし、言ってくれてありがとう」

「……本当に、ごめん……なさいっ」

「だから、謝るなって……お、俺も」


 不意に湧き上がる目頭の痛み。

 今まで冷静でいた反応が今になってどっと溢れ出すように零れていく。


 涙がポロリと落ちる。

 雪と一緒に、地面に落ち……自然と口に出していた。


「—―逢坂」

「な、なに?」


 背中に回した手のひらで彼女のジャンパーをキュッと掴む。

 昔は背の高さなんて変わらなかった彼女が頭一つ分も小さくて、体も今にも壊れてしまいそうなほど細くて弱弱しくて。


 それを思えば思うほど、時間の流れが長いことを知らせるようで。


 ここを逃してしまえば、もうない。


 一層、手のひらに力が入る。


「今まで、さ。黙ってたけど」

「うん」

 

 そう言うと逢坂も何かを察したのか、俺の背中に回していた手をきゅっと力を入れた。



 そして――――



「—―好きだ、逢坂愛華。ずっと前から、十年前から好きだった」




 俺は思いを告げる。

 気持ちを込めて、伝える。

 場所は間違っていたかもしれないけれど、言わずにはいられなかった。




「……私も、です。木見湊人くん」



 伝わり、受け取られる。

 そっと体を話すと、彼女は満面の笑みを涙ながらに浮かべていた。



「すまん」

「どうして、謝るのっ。顔は変わってないのに」

「まぁ、な。でも逢坂も変わってないのに、強情じゃなくなったんだな」

「それは……色々あったし」

「そうか。なら話してくれないか、今までのこと」

「うん、いいよ」



 こくりと頷き、俺たちはまた一歩歩き出す。



「にしても、どうして……コンビニ店員やってたんだ?」

「ん、あぁね。私、実はフリーターなの。まぁ身の丈に合わない夢を追いかけてたらこうなってた」

「身の丈って、もしかしてイラスト?」


 今となっては懐かしい、彼女は美術部だった。

 将来の夢はイラストレーターになりたいと豪語していたことをふと思い出す。


「昔はよく賞をもらってたからさ、ちょっと強情になってて……でも専門学校通って全国相手にしたらもう、自分のできなさを痛感しちゃってさ」

「そうなんだ」


 とっくに夢なんか諦めた俺は言い返すことすらできなくて、彼女はちょっと寂しそうな笑みを溢す。


「まぁ、まだあきらめられなくてコンビニでバイトしながらネットでかいてるんだけどね」

「……すごいな、逢坂は」

「ううん。私から見れば、必死に会社員してる湊人くんのほうが凄いと思うよ」

「いやぁ……って、どうして俺が会社員だと⁉」

「いやいや、恰好」

「あぁ、そっか、ははは」


 思えば、会社帰りだったわ俺。

 いろいろ思い出してたら、なんだか忘れていた。


「でも、そっか。夢追いかけてるんだな」


 何もしてやれらなかった。

 何も考えられずにただ何となくお金をためて生きてきた俺に、彼女にできることと言えばこのくらいだろうと呟いた。


「なぁ」

「ん?」

「俺も、応援していいか。逢坂の夢」

「え、あぁ、ありがとう」

「そういう意味じゃなくて。ほら、付き合うことになったんだしさ……面倒見るぞ、逢坂の」



 一瞬、固まって何かわからないような顔をしつつ。

 すぐに顔をあげた。

 その顔は真っ赤、それはもう真っ赤だった。


「少し早いっていうか、自覚してるんだけど……うち、来いよ」

「えっえ⁉」

「これでもかね余ってるんだわ、会社からの補助でちょっといい家に住めてるし、部屋も余ってる」

「ちょ、ちょちょ……そんなのって」

「いいじゃん。今から様子見期間なんていらないだろ、俺たち。昔は毎日一緒にいたじゃねえか」

「そうだけど……」


 強情のはずの彼女が、弱弱しくも指を重ねたり離したりして、目線を泳がせる。

 なんて弱弱しい姿さらしてるんだと思いながら、俺は強引に手を掴む。


「ほら、いくぞ。家に」

「え、えぇ……⁉」

「逢坂」


 名前を呼ぶと彼女は再び足を止める。

 頬は真っ赤で、震える表情のまま。

 どこか悪戯好きのように。


「—―愛華でしょ?」

「え?」

「名前」

「あぁ、そっか――愛華」

「うん、湊人」



 少し訂正。

 彼女は昔と変わらず、強情だった。




あとがき

 というわけで、書いてみました短編です!

 テーマは「再会」!

 今書いている長編もですが、こういう話なんか好きなんですよね~~。

 冬っていうのもなんかエモいですし!


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俺は初恋だった”彼女”に出会ってしまった。仕事帰り、たまたま寄ったコンビニで。 藍坂イツキ @fanao44131406

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