最終話 巡り廻る季節の中で
僕は片目を閉じてバツの悪そうな顔をした。
今日一日は戦ったうえに色んな人に話しかけられていたとはいえ忘れてはいけない約束を忘れていた。それはエリアナとルティアさんとの食事会だ。なんでもお礼をしたいらしい。
「その顔は忘れてたんです?」
フェリーさんは僕の内心を見透かした。
「忘れてました」
「カシューさんは英雄ですけれども、女性との約束を反故にするのはまずいです」
「ごもっともです」
僕は真顔で言葉を返した。
その上、相手は王族だ。処刑とかされそうである、あの二人はそんなことはしないんだろうけど。
「どうするんですか? 確か明日の昼前にこの談話室で待ち合わせしているはずですが」
話は聞きながらテーブルを拭いている猫族のリーンさんの尻尾に目が奪われていた。ちょうど隣でリーンさんが尻尾をこちらに向けていた。彼女は鼻歌を歌いながら尻尾を揺らしている。
「どうしましょう」
「ひゃん!」
生返事をしながら僕は何かを掴んでいた。近くにいるリーンさんがなんか言ってた、何かあったのだろう?
「カ、カシュ―さん……」
フェリーさんは呆れ顔を見せていた。
「どうかしましたか」
「あうあうあ……」
僕は掴んだ何かをニギニギと揉みながらフェリーさんが指さした方向を見る。
「あ、しまった」
僕は無意識のうちにリーンさんの尻尾を掴んでいた。
「カシューさんのことは尊敬していますけど、流石に今の話の流れでその行動はないです」
「くっ……手が勝手に……! 止められませんでした。ついね」
僕は全力で悔しそうな顔をした。
「言い訳になってないです」
フェリーさんは冷ややかな視線を送っていた。
「で、どうするんですか」
「うーん、この町にいればいるほど大事になりますからね……昼までに食事してると色んな方に呼ばれることになりますし……二人に僕が直接謝って断りを入れようと思うので二人の場所を教えて下さい」
「実は……さきの襲撃もあって二人の泊っている場所は私にも分からないです。二人は王族ですし、同じことがないように滞在場所が不明になりました」
「そうですか」
僕は眉をへの字に曲げて悩んだ。所在を無理やり探すことは可能だろうが時間がかかりそうだ。
「二人が談話室に来た際は私から断りを入れましょう」
「すみません、そうしていただけるとありがたいです」
僕は深く上体を下げた。
「そういえば食事に招かれたこと以外何も知らないのですが、何か知っていますか?」
「何か渡したいものがあるだとか」
「渡したいものですか……」
一体なんだろう。
そのあと、僕は再度、フェリーさんに感謝しながら明日の出立に備えて寝ることにした。
◆◇◆◇◆
「お姉様、これを渡せば、カシュー様は喜んで下さいますか?」
「私達からの贈り物を喜ばなかったら国家問題よ」
「それは大袈裟過ぎません……?」
わたくしは怪訝な顔でお姉さまに応じた。わたくし達を救ってくれたお礼としてカシュー様に明日の食事でプレゼントを贈ることを考えていた。そしてフィンフィン大市場ということもあり、カシュー様にぴったりなプレゼントを選ぶことができたのです。
わたくし達が選んだのは黄金で装飾された魔法のモノクル(片眼鏡)。このモノクルはフィンフィン大市場のオークション会場で競り落としました。
なんでもこのモノクルに魔力を通して使うとあらゆる物の細部が拡大して見えたり、透けて見えるらしいのです。きっと色んなものを開発するカシュー様なら気に入ってくれると思います。
何故か透けて見えるモノクルだという理由で男性のお客様がこぞって入札したのですが、わたくしがお姉さまにカシュー様にあのモノクルをあげたいと言ったらお姉さまが高額でこのモノクルを競り落としてくれました。
私はモノクルの入った箱をテーブルの上に置いて就寝しました。
――翌日の午前一〇時頃。
コパー商会の商館の談話室に向かったのですが寝耳の水の知らせを聞いてしまった。
「そ、そんなカシュー様達はもう出立なされのですか……」
わたくしはフェリーさんからカシュー様達が明朝に出立してしまったことを聞いて肩を落としてしまった。
「……国家問題ね。草の根を分けてでもカシューを探すしかないわ」
「ルティア、それはやりすぎです」
ソファーに座って足を組んでいるお姉さまが大袈裟なことを言うのでフェリーさんに咎められていた。
その後、わたくしとお姉さまはラファエル騎士団長を含む騎士達を連れながら町を歩いていた。フィンフィン大市場に来た人たちも少なくなって町は徐々に閑散としています。
「大丈夫? エリー」
わたくしが俯いているとお姉さまが心配そうにしていた。
「大丈夫です、カシュー様はいつか王国に遊びにきてくれると言ってくださいましたし」
私は気を取り直して、顔を上げた。するとわたくし達の護衛をしていたラファエルが声を上げた。
「あれ⁉ なんか軽くないこれ?」
ラファエルが箱をわたくし達に差し出す。それはモノクルが入った箱だった。
お姉さまがそれを受け取ると眉を上げる。
「あれ中身入ってなさそうだけど」
「え、そんな昨日寝る前に中身を確認したのですが」
わたくしは慌てながらお姉さまの持っている箱を開ける。
そこにはモノクルの代わりに一枚の羊皮紙が置いてあり、文字が書かれていた。
『ありがとうございます。一生、大事に使わせていただきます。また会いましょう。カシューより』
わたくしとお姉さまは文字を読んで目を丸くした。
「いつのまに……」
お姉さまはぽつりと呟く。
わたくしは少しの間、放心していたのですが、カシュー様がこのモノクルを受け取ってくれたという事実と手紙を残してくれたのが嬉しくて微笑んでしまった。
わたくしは空を見る。
同じ空の下にいるであろうカシュー様に静かに呼びかけた。
「また会いましょう。カシュー様」
◆◇◆◇◆
フィンフィンの町から出立してから数時間。
僕は乗っている馬車の後ろから足を出して空を見上げていた。
「カシュー様、いい天気っすね」
馬車の中にいるゴッズさんの声だ。
「そうですね。心地がいいです」
今回の大市場で製品開発のアイディアがたくさん集まったので帰ってから色々、開発したいと思う。それにエリアナとルティア姫から凄くいいものを貰った。
僕は懐から黄金で装飾されたモノクルを取り出す。魔力を通すとなんでも透けて見えるし、顕微鏡のように物質を拡大して見れる。
「うん、また会おう」
「誰に話しかけてんすか?」
「フエンジャーナー王国の王女さんにまた会いましょうと言葉を返しました」
「声が聞こえたんですか!?」
「いや、聞こえないです」
「え、どういうこと?」
背後にいるゴッズさんはきっと僕の発言を不思議に思ったのだろう。
実際にエリアナの声が聞こえたわけではない。
「なんとなく、そう言ってると思ったので言葉を返したんですよ」
さてと、このまま森の民の下に帰って、色んな土産話を聞かせてあげよう。
リルやエステル辺りが町に行った僕を羨ましがって拗ねるかもしれないけどね。
ここしばらく忙しかったので、のんびりしよう。森に魔物がいる以上、ときにはまた戦うこともあるかもしれないけど、でも今のところ楽しい日々だ。
「……本格的に寒い季節になってきたね」
そろそろ肌寒い季節だ。秋も半ばになってきたころだろう。
これからも町に出て色んな人と出会うかもしれない。それは少しスローライフとかけ離れてるかもしれないけど、それもまたいいのかもしれないと思った。
チートスキル【元素操作】持ちの元化学者は異世界でケモミミとモフモフに囲まれてスローライフを送ります ネイン @neinneinstorystory
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