第25話 Monkey Park(EP2)
SNSサイトは瞬時に沸騰した。特に国内最大手のSNSサイトは、犯行声明の投稿から数分で投稿数が5倍以上に増えた。予め知らされていたかのように、「整然と」とすら言えるほどの秩序をもって・・・しかし、投稿の内容は様々で、Zoo.に対する批判・糾弾もあれば、賛美したり「傾倒」を表明するアカウントもあった。kaleidoscope班はこの投稿の中から、違法に繋がるようなモノを拾い上げてユーザーを特定していった。「疑わしきは罰せよ」の精神である。嫌疑不十分でも良いのだ。いずれは「ヘンペル班」がシロだと教えてくれる。SNSサイトでの「違法行為の流布」は、微罪でも罰せられることを周知させる目的もある。
(Zooは犯罪者だ。助長するような発言ダメ)
(悪党でも法を優先すべき)
(巨悪には巨悪っしょ?)
(Zooは「巨大」悪なのか?)
(個人プレーではないよな)
(ちょーカッケー!!)
(誰か声明文の解読をして)
(あんなもんも読めないのか?)
(150文字が限界じゃん、俺たち)
(Zooはヒーローだから頭もいいよ)
(じゃ、ここにはいないなワラ)
(lol 奥さんいるのかなぁ?)
(道は開かれたってなんのこと?)
(わからん)
(誰かが説明してくれるよきっと)
(ところで、なんで俺たちが捕まるんだ?)
(どーせ運営がじょーほー開示してるんだろ)
(そりゃそうかワラ)
(佐川も桐山も情けない無能だよなー)
(誰ソレ?)
(特捜本部の人らしいよ)
佐川は血相を変えてkaleidoscope班がいるホールを飛び出した。情報が洩れている?いや、漏れているのが確定した。佐川と桐山はkaleidoscope班のツートップだ。その立場も名前も秘匿されているはずなのだ。エレベーターを待つのももどかしく、佐川は庁舎の階段を駆け上がった。内閣調査室の主幹室に走る。ドア横のセンサーに右手をあてる。ドアが静かに開き、主幹のいる部室の前にいる秘書と対面した。もどかしい思いをどうにか押さえつけ、秘書に告げる。「Zoo.関連の報告だ」秘書はインターホンを取ると、主幹を呼んだ。「通せ」と短く指示があった。秘書は主幹室のドアを横目で見て「どうぞ」と静かに言った。
「佐川じゃないか。Zooのことはお前に任せたはずだが?」
「主幹、報告と依頼です。僕と桐山さんの個人名が流出しました。内通者がいます。緊急で特定するべきです。桐山さんは内通者の身柄も要求すると言ってます」
桐山の声も待たずにkaleidoscope班を飛び出したが、桐山は当然、内通者の身柄を欲しがるだろう。Zoo.特定の切り札になり得る。
「ふむ。名前がね・・・システムの存在はどうだ?漏れているか?」
「時間の問題です。内通者がいた場合、全貌とまでは言いませんがかなりの部分が漏洩するかと」
「まぁ落ち着け。佐川とアレは桐山だっけ。いざとなったら名前を変えろ。免許証もカードも何もかも用意してやる」
「この名前だって仮のモノです。桐山さんは本名ですが」
「桐山って言うのは、信頼に足る人物だな?」
「はい。僕がスカウトして、その日にうちに来ました。背後関係も洗ってあります」
「そうか。で、システムだが、情報漏洩はあり得ないから安心しろ」
「どうしたって内通者がいたら漏れますっ!」
「なぁ佐川。落ち着け。kaleidoscopeの開発は内調が独自でやったのは知っているな?」
「知っています。Zoo.に関して言えば、容疑者リストに入れました」
「で、どうなった?」
「システム開発からメカニックまで、関係者全員がシロでした」
「そうだろう。kaleidoscopeは国民に知られてはいけないパンドラの箱だ。関係者は全員”連座罰の対象”になっている」
「しかし、身分を隠してリークさせることも可能じゃないですか」
「そこの認識が甘いんだよ、君は。kaleidoscope班の課員も連座罰の対象だ。つまり、誰かが漏らせば、その人間の血統まで根絶する。この状況で漏らせるか?」
「ですから、密かにリークされたらと言っているんです」
「堂々巡りだ。いいことを教えてやろう。官僚や閣僚の一部しか知らないこのシステムだが、1人だけ知っている一般人がいる」
「ソイツだ・・・リークさせることが出来るのは」
「残念だな。その男は今、青ヶ島に逃げている。相棒を伴ってな」
「誰ですか?そこまで特定しておいて放置ですか?」
「日野署の木田と言う、まぁ叩き上げのちょい悪デカだ。素早かったよ。”鼻の利く”の上を行くなアレは」
「刑事なんですか?」
「そうさ。首相襲撃事件の時に捜査に参加した。そして本庁で立ち聞きしていた」
「何をですか?」
「パンドラの箱の仕組さ。だから逃げた。失職は避けたいと言うことで、青ヶ島にいる密輸グループの捜査で出張中さ。まさか既に特定されてるとは知るまいが」
「その刑事がリークした可能性も無いと?」
「当たり前だ。リークさせたらその場で射殺だ。本人も言っていたぞ。銃弾が前から飛んでくるとは限らないのが刑事ってもんだと」
「ではなぜ僕たちの名前が漏れたんですか?」
「桐山だよ」
「えっ?」
「案ずるな。桐山の口は堅い。ただな、異動となると官報に載る。載せないわけにはいかないからな。桐山がマルテ本部長だったなんて事実は公表していないが、この程度の情報ならマスコミだって嗅ぎつける。あとはマルテ捜査本部さ。佐川って言う若い内調捜査官が出入りしていたと」
「では、システムの情報は洩れないと?」
「そうだ。お前も今の仕事が終わったら改名だな。桐山もだ」
「桐山さんの場合はキャリアまで作り直しですか?」
「そうだ。せいぜい待遇のいい閑職に押し込んでやるさ」
「僕は構いませんが」
「お前の仕事は、kaleidoscopeを使ってZooを割り出すことと、システムを護ることだ」
主幹室を出た佐川は思う。
システムを護る?護って見せるさ、あんたらからも・・・
「で、お前はどう思う?」桐山が佐川に尋ねる。あの「犯行声明」の真偽についてだ。愉快犯の遊びなのか、それとも”ホンモノ”なのか?
「五分五分ではないかと思います。ヘンペル班も結論を出せません」
「フン、あの声明は”ホンモノ”だよ。面倒なことしやがる・・・」
「根拠はあるんですか?」
「あるさ。あの声明には”秘密の暴露”がある」
「秘密の暴露?」
「お前、知らないのか?俺たちはZoo.を犯行グループの固有名詞として使ってるよな」
「あー、はい。僕たちの間でZooと言えば犯行グループとイコールですから」
「Zoo自体は普通名詞だ。そこで警視庁はちょっとした罠を仕掛けた」
「罠?」
「そう。公式発表ではズー、ゼットオーオーにした」
「それが何か?」
「犯行声明を見れば分かるだろ。最後にピリオドを打っている」
「どう意味ですか?」
「Zooの最後にピリオドを打つのは、警察関係者か犯行グループだけだ」
「ちょっと待って下さい。確認します」
佐川は課員に、過去に抽出された犯行絡みの投稿やメール文等を精査するように命じた。10分もかからない作業だ。
「確認しても変わらんよ。俺は逐次上がって来る情報にはなるべく目を通していた」
「その中に、ピリオド付きのZooは無かった?」
「その通りだ。数例の例外はあったが、それは”文末だから句点を打った”だけだと判断した」
「では、警視庁はこの犯行声明を予測していたと?僕の班でも予測していなかったのに?」
「しちゃぁいないさ。まぐれ当たりだ」
「え?」
「なぁ佐川。お前ちょっと適当な犯罪の捜査に加わって来い。こんなのは捜査のイロハだ」
「どう言う意味でしょうか?」
「今回は犯行グループが引っかかった形だが、この手のトラップは身内を引っかけるために仕掛けるんだ」
「身内?」
「そう。例えば、高山の事件あたりがそうだ。情報を漏らした警察官がいただろ?」
「はい。SNSでZoo.礼賛とも取れる発信をしてました」
「アレは道警だったか・・・内部通達、あの時は警視庁から出した通達だが、各道府県警宛の文書は微妙に変えて通達する。それが秘密の暴露を行った道府県警の特定に役立つ」
「あーなるほど。この罠を公開しなければ、次の犯行声明の真偽も分かるってことですね」
「俺はその線は無いと思っている。犯行グループはまた地面の下に隠れる」
「犯行声明はもう無いと言う事ですか?」
「そうだ。この犯行グループはやたら賢い。特定に繋がりかねない行動はもうしない」
「犯行声明だけでは特定不能。そう結論されたじゃないですか」
「犯行グループはそう考えるかな?慎重に立ち回った方がベストだと考えるんじゃないか?」
「では、何故わざわざ今回の声明を出したんですかね?」
「簡単さ。”俺たちは殺していない”と言いたかった。そして、次の犯行は誰が行うのか分かりにくくするためさ」
佐川はデスクの上にあるメモパッドに走り書きした。
(桐山さんの端末をここに入れてください)
桐山はそのメモに返事を書く。
(何故?)
(二人きりで話があります)
佐川が差し出したプラスチックケースは防音のモノだった。中には小さなスピーカーが置いてあり、そこからマイクロメモリ内の合成音声を流す。桐山が勤務し、指示を出してるように聞こえる内容だ。
同時に佐川も同じ仕組みの違うケースに自分の端末を封じ込めた。コレで30分ほどは”別室”で桐山と話が出来る。
別室は佐川が密かに用意した特別室だ。元は何のために作られた部屋なのかは知らない。この部屋は防音はもちろん、電磁波も遮断する。kaleidoscopeを以てしても、佐川と桐山を”捜す”ことは不可能だ。文字通り、消えることとなる。アリバイは必要なので、端末はこの捜査班の勤務室に残し、合成音声を拾わせる。こんなやり方はとっくに「国民相手」にやっていることであり、佐川も桐山も例外ではない。
9月9日。坂井の勤務している報道班は緊張の中にいた。Sテレビのトップと警視庁のギリギリの折衝が続き、”坂井動画”をどう扱うかの結論が出たのだ。もっとも、報道班は”坂井動画”を公開する方向で準備をしていた。警視庁は”坂井動画”の全貌を知らない。女川夫妻爆死の瞬間を捉えた動画であることは分かっている。問題なのは画質と、撮影された範囲だ。女川夫妻爆死の原因は「大型のドローン」が檻に突っ込んだことだが、このドローンは自衛隊が飛ばしたモノだ。移民・難民問題の急先鋒である女川夫妻を「警視庁の失策」で死なせたとあっては、弁護士団体が黙ってはいない上に、「女川夫妻」の死を利用して無理を通そうとするだろう。ただでさえ日本国民の信頼を裏切り続けた政府が、これ以上、国民の利敵に与することは出来ない・・・
Sテレビトップの結論は、「報道せよ」であった。マスメディアとして、女川夫妻の事件の全貌を知りつつ黙っていることは出来ない。当然、コレは対外用に用意した建前である。単純に、Sテレビは、オールドメディアと呼ばれて久しい「テレビ局の底力」を国民に示し、今後の「広告収入」の見通しを明るくしたい。このままでは先細りである。他局の中には、テレビ放映へのこだわりを捨て、独自路線の動画配信サービスを始めたところまである。
緊張の面持ちで女性アナウンサーがテレビ前のカメラに居ずまいを正す。Zooを名乗るテログループのニュースを報ずる特別番組のアナウンサーとしては若い。若過ぎるのだが、Sテレビ上層部は、特別番組が問題化すれば、このアナウンサーと報道部の部員数名に責任を負わせる腹づもりだ。
警視庁の庁舎内で取り調べを受けている坂井は、報道のことを知らない。ただ、桐山の言った「爆死した事実」は、実は周知のことだと知り、憤慨していた。気になったのは、桐山が最後に言った言葉だ。
「お前、国民を信じるか?」
桐山は確かにそう言った。どう言う意味だろう?そして桐山はどんな考えでこんな質問を坂井に投げかけたのだろう?
坂井はその日、取り調べを行う刑事に首根っこを掴まれてテレビの前に座らせられた。取り調べの時限を超えた18:00のことである。
「貴様がやったことを見るんだ。事の顛末次第で貴様は一生檻の中だ」
坂井が撮影した事件の核心部分。檻の正面から見て左方から大型のドローンが突っ込んだ映像は坂井も詳細には見ていない。ドローンが突っ込んで爆発を起こした。”坂井動画”は、ドローンが突っ込んだ方向から撮影されている。画質は憶えていないが、最低でも4Kの解像度だったはずだ。明るさが足りていれば8Kで記録されているかも知れない。カメラは”檻”を精密に狙って撮影されたが、それは機体が安定した以降のことだ。不安定な状態、つまり飛行中や撮影するカメラの画角合わせ中の映像はチェックしていない。そんな些細なことはどうでもいいと思っていた・・・
自律型ドローンは、目的地まで飛んで滞空動作が済むと、自分で”判断”して撮影する方向や角度を決定する。全てはAI次第だ。大まかな指示はプログラムされるが、現場での動きは完全に自律する。
特別番組は、9月9日の昼からSNSや、自局の放送番組の中で事前告知されていた。インターネットでは明かさない内容であることも。
多くの国民がこの「本当の特番」であることに注目した。女川夫妻事件の全貌を暴くと告知されれば、リアルタイムで放映を見たいと思うだろう。
衆目を集めた特番の内容に、国民は愕然とした。SNSの一部で流布された「自衛隊犯人説」を裏付ける内容だったからだ。
檻に突っ込んだ黒いドローンの機影は、本来なら撮影しているSテレビのドローンの「後方から飛来」したはずだ。
ところが、黒いドローンはSテレビのドローンと檻の中間地点から飛び立ったように見える。ここまで鮮明に映っていたとは、警視庁も政府も思っていなかった。海外サイトを経由した動画では、自衛隊が檻を囲んだパネルの一部を外し、そこにドローンが突っ込んだとしか見えず、画質も1080pであった。Sテレビは「海外サイトから引用」としながら、実際は”坂井動画”のコピーを放映したのだ。家庭用の8Kテレビは普及していない。消費電力が大き過ぎて嫌われたのだ。しかし、一部の家庭や、ネットメディアはこの”坂井動画”そのものの画質で見た。
Zoo. (連載形式) 四月朔日 祭 @Memorial-Sky
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