第24話 Monkey Park(EP1)
犯行声明はこの一文から始まった。
「この声明を、あなたたちはどこで読んでいるだろうか?」
SNSの文字数規制を回避するために、声明は4枚の画像として発信された。ユーザーは100文字あまりの短いメッセージのやり取りの妙を楽しんでいたが、「声明」を発信するには短過ぎた。何度も発信をくり返すことは、それだけ「特定される機会」を与えると言うことだ。つまり、Zoo.はこの1回の発信を以ってまた消えることとなる。
「私たちは何故、強者に捕食され、または搾取されているのだろうか?この国の制度は貧富の差の拡大から転じて、貧しい者は貧しいまま、富める者は次なる搾取の対象になっていくように作り変えられていく。税制がそうだ。国民負担金と言う名の人頭税がそうだ。今この時を活かさねば、我々は奴隷となる。この国は移民を低賃金で働かせるよりは、国民を低賃金で使う方が制御しやすいと考えた。無理を通そうとした。その反動が有名なM市事件だ。憶えているだろうか、移民・難民・不法滞在者に我が国の国民と同じ権利を与えようとした。彼ら外国人に”義務”を課さずに、ただ権利を与えようとした結果があの惨事を招いた。これからも同様の事件は起きるだろう。
我々はZoo.
この名を記憶に刻み、この名が使われた理由を知って欲しい。Zoo.は動物園と言う意味だ。動物園では、自然の中で対峙した時に危険となる猛獣は檻の中にいる。猛獣は管理され、圧倒的少数であることから、恐怖の対象とはならない。人間社会に当てはめてみれば、権力を持ち、弱者の命まで喰らう為政者や成功者が猛獣となるだろう。そう、「動物園の猛獣」である。私たちにこの猛獣を恐れる理由は無い。この社会の枠組みの中で「自由に振舞える」程度の人間だ。無論、無辜の国民が立ち向かうことは無理に思えてくる。違うのだ。この国の資源も資産も勝手に使う暴君は動物園の檻の中にいる。Zoo.の管理者は私たち国民である。圧倒的多数である私たちが”ほんの少しの行動”をするだけで、猛獣はその命運を断たれる。私たちに必要なのは勇気でも発言力でもない。行動を起こすことだ。檻を用意する必要は無い。既に猛獣は檻の中だ。1億の国民がほんの少しだけ行動する。その積み重ねだけで猛獣を制御出来るだろう。制御出来ない猛獣を恭順させるか、駄目なら捨てるかは私たち国民が決めることだ。
この国の為政者や実力者は”やり過ぎた”のだ。
相応しき者を強者にしよう。私利私欲にまみれた獣は地に落とそう。すぐには無理かも知れない。国民が認めない”悪しき権力者”の駆逐は難しいだろう。だが、この国の主権者は国民であることを、彼らに教えることは出来る。何度でも何度でも・・・
犠牲者となった者たちに哀悼の意を。
我々はZoo.である。”殺し”はしない。若山事件では、駆け付けた警察官や自衛官が「正面の柵にあるセンサーが無効である」と気付かなかった。高山事件では、助手席のドアに仕掛けが無いことに気づくべきだった。記憶に新しい女川夫妻事件では、内側に設置されたアクリル板も、本来の檻の”出入口”を開ける妨げにはなっていないと気付けなかった。そして、女川夫妻を殺したのはこの国の政府だ。
既に道は開かれた。
この言葉の意味を理解した時、あなたたちに希望が芽生える。
Zoo.
kaleidoscope班でこの声明文を読んだ桐山は、デスクを叩いて怒りを露わにした。
「クソッタレがっ!」
この声明文の意味を真に理解出来る国民は少ないだろう。教育が国民を駄目にしたのだ。半数はこの声明文を読むことすら出来ないだろう。5行以上の文章を理解出来ない。SNS病と呼ばれている知能の低下は、学力偏重主義が原因と言う皮肉である。ただ言われるがままに記憶し、数式を覚え応用する。これだけで名門大学に入れるのだ。”考える力”は不要だった。そしてプライベートではSNSで短いメッセージのやり取りをする。就職すれば、今度は選別される。企業を、会社を動かせる”モーター”となるか、”歯車”として生きるか?最悪の場合は”不良品”として放逐されるかである。そして教育の現場では”歯車”の量産が優先された。つまり、勉強が出来ると言うのは当たり前であり、抜きんでるためには特別な”何か”が必要となった。ソレが何なのかは誰も教えてくれない・・・
佐川は桐山の横に立ち、声明文を読み要約した。
「つまり、俺たちは殺していない。ごく少数の権力者を殺すことは簡単だ。蜂起せよってとこですかねぇ」
「お前も”お勉強が出来るクチ”か?蜂起を呼び掛けたんじゃない。もう蜂起は始まっている。必要なモノは入手出来るって言う意味だ」
「はぁ?」
「主権者である国民は、管理された猛獣の始末を始めた。ソレがZoo.だ。最初から人間のクズは圧倒的少数で、国民の管理下にある。ソレを知らしめるために敢えて”檻”にこだわったってことだ」
「必要なモノとは?」
「もう分かるだろ。猛獣を殺す方法や道具、さ」
「模倣犯が現れることは想定済みです。その場合は速やかに・・・」
「特定して拘束するってか。無駄さ、模倣する必要さえ無いんだ」
「どう言う意味ですか?」
「例えば、だ。昨日北海道でチンピラが殺された。今日は新潟でチンピラが殺された。殺害方法は刺殺だった。コレを模倣犯と呼ぶか?」
「・・・」
「沖縄で警察官が刺殺された。3日後に東京で警察官が攫われて、翌日に東京湾に浮かんだ、って言うのはどうだ?」
「模倣犯・・・ですかねぇ?」
「では、ターゲットが政治家だったら?」
「テロです」
「そうさ。既にZoo.はテロリストとして捜査が進んでいる。いや、進んではいないがテロリストであることに間違いは無い」
「では、桐山さんは今後もZoo.による犯行が行われると?」
「ソレは分からん。だが、Zoo.ではない一般市民がテロを起こす可能性は高いだろう」
「どうやってテロを起こすんですか?爆薬も武器も持たない一般市民でしょう?」
「だから言っただろう?模倣する必要すらなく、武器は与えられるんだ」
「武器?国内での流通はすぐに摘発されますよ」
「”道は開かれた”のさ。誰でも作れる武器、いや凶器の製法が広まったらどうなる?」
「待ってください桐山さん。ソレは桐山さん個人の解釈ですよね」
「そうだ」
「何故、そこまで断言出来るんですか?」
「俺も国民でな。正直な話、若山も高山も女川も死ねばいいと思っていた。特に高山はな」
「でも殺しはしないでしょう?」
「立場がある、十分な収入もある。ソレが自制心になっていると言うのが”殺さない”理由の一部だ。この国の国民はみんなそうさ。だが、お前さんが前に言った言葉も真実さ」
「僕の言葉?」
「過去にも、捨て身の犯行を行う者がいた」
「いや、しかし今回はテロですよ?何の恨みも無い他人を・・・うっ・・・」
「気付いたか?恨まれてるんだよ。政治家も、搾取を続ける成功者もな。特に政治家なんざ格好の恨みの標的さ。生活を苦しくしたのは他ならぬ政府だからな」
「政治家はターゲットに出来ないでしょう。必ず警護やSPが付いてます」
「寝る時もか?女を抱いてる時にも、か?」
「そこまでは無理ですが、普通なら近づくことも出来ないじゃないですか」
「松下を誘い出した方法すら分かっていないのにか?」
「松下と言えば、どうなったんでしょうかね?」
「ふん、最後に処刑されるんだろうよ。方法は知らんがな」
「政治家は狙えない。ならば次に狙われるのは・・・」
「お前さん、頭が固いな。一番分かりやすいターゲットが狙われる。ソレは政治家だよ」
「どうやって?」
「ソレを調べて未然に防ぐのも俺たちの仕事だろうが!」
佐川は数秒立ちすくんで、課員たちに指示を出した。犯行声明はSNSで発信された。発信者を特定して拘束するのが先決だ。
「特定しろ。特定したらすぐにマルテに確保させるんだ」
「今、マルテに指示しました。特定は簡単でしたから」
「既に特定済みか。とにかく確保だ。身柄はここに送るように言え。内調にだ」
犯行声明を出した男。何の細工も無く、ただ普通にSNSサイトに4枚の画像を投稿した男。この時点で桐山も佐川も「Zoo.特定には至らない」と思った。そしてその通りになった。連行されてきた男、「清水幸喜」24歳。SNSサイトでは最も多い年代だ。当然だが、清水もZoo.のことは知っている。いや、心の中では応援さえしているが、そんなことを投稿しない程度には常識があった。そんな男が何故、「Zoo.」の署名入り犯行声明を投稿したのか?
「頼まれたんだ」清水は素直に取り調べに応じた。見た目は不健康そうな痩せ型で、マトモな職には就いていないように見えるが、反抗的な態度は無い。
「清水さんさ、コレが何なのか分かっていながら公開しただろう?」
「そりゃ分かるさ。ただ悪戯かも知れないし、謝礼は貰えたしってとこです」
「謝礼?」
「昨日。ちょっと用事があって立川駅まで行ったんだ。茨城からだと、東京駅に出るじゃないですか。そこで中央線に乗り換えて立川駅。ただ、頼まれたのは東京駅で、だったんだ」
「立川に行った用事は?」
「アニメのイベント。今年の夏で終わったアニメの”聖地”なんですよ。そこでイベントがあるって。調べてもいいですよ。チケットとか家にあるし」
「で、東京駅で清水さんにアレを頼んだのは誰だい?」
「知りません。40代か、もうちょい若い男だった」
「それで?」
「A4サイズの封筒を差し出してきて、”この中にある書類4枚をスマホで撮影してSNSにアップロード”してくれって」
「素直に従ったのか?」
「礼金10万円。美味しいバイトじゃないですか」
「清水さんさぁ?見ず知らずの男の頼みでも、謝礼があれば聞いちゃうのかい?」
「刑事さんは、警視総監のことを知ってて、警察学校に入ったんですか?」
「そんなわけないだろうっ!」
「同じですよ。知らん人の下で働くことと、頼み事されて謝礼を受け取るのも」
「口の減らないヤツだな。で、その男の特徴は?」
「マスクに眼鏡。身長は175㎝くらい。俺と同じくらいだった。右手が義手だった」
「義手ぅ?ソレは本当か?」
「確かだよ。書類の入った封筒は右手の親指と人差し指で挟んであった。金は左の後ろポケットから出した」
「場所は?」
「飯を食うために駅を出て、5分は歩いたかな。もう一度同じ店に行けと言われたら困るけど。東京になんかめったに来ないからさ」
「どのあたりだ」
「八重洲口だっけ、そこを出て真っすぐ歩いたあたり」
「どっちに向かって進んだ?」
「八重洲口の階段を昇って真っすぐだよ。右も左も無い」
「その男はそのあと、どこへ行った?」
「知りません。俺は飯を食いたかったし、相手の男に興味も無かった」
すぐに現場検証が行われた。八重洲口ではなく、清水は「八重洲北口」を出て、真っすぐ歩いたことが判明した。「義手の男」と出会ったのは出口から300mの地点。ここを撮影する監視カメラは無かった。東京駅付近であり、一般車は入ってこない。昼時の雑踏と、数人の何らかの勧誘員がいるのみだ。
(監視カメラが無いことまで計算済みか・・・)
マルテ捜査員はそう思った。何故、ここまで見事に捜査の裏をかけるのか?犯行グループはかなり綿密な下調べをしているとしか考えられない。
桐山が直接、清水の取り調べに当たった。
かなり荒っぽいこともしたが、何も出てこない。清水は10万円の報酬のためにだけ、犯行声明を投稿したと結論された。
佐川は当日の付近にあった端末の特定を急いだ。しかし如何せん多過ぎた。対象数3万あまりである。清水の端末は簡単に特定されたが、肝心の盗聴データが曖昧だ。ショルダーバッグの底に押し込まれた端末からの情報は少なかった。確かに清水が立ち止まった地点で何らかの会話はあったようだ。通信会社が記録した音声は、周囲の喧騒に紛れてほとんど聞こえない。佐川は「科学捜査研究所」に、会話の抽出を依頼したが、ぼそぼそとした声が数秒分判明しただけであった。声紋も取れないと報告があった。清水の声ですら「同定不能」である。
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