完全とは言い難い身の上の話

紅野素良

では、もう一度だけ話しますね。


 それでも、この話から得れれるものなんて、無いとは思いますけど。

まあ、それであなた方が満足するというのであれば、喜んでお話しします。






 あなた方の知っての通り、私はあなた方よりも恵まれた家柄に生を享けました。ですが、厳しい家柄であったわけではありませんでした。幼いころは、周りの同世代の子たちと遜色のない生活を送っていたと思います。普通に公園で遊んでいましたし、流行りのゲームもしていました。そういった遊びにおいても、私は同世代の子たちに比べて、どれも人並み以上にはこなすことができました。こういった一種の優位性のようなものは、振り返ってみると、当時の私を支える精神的支柱になっていました。

 

 ところがこれは、私が次男として生を享けたからの話です。私には一つ年の離れた兄がいました。それは、あなた方もご存じのことだと思います。その兄だけは違いました。やはりというべきなのでしょうか、長男である兄には、家系の長となるべし器として、幼いころから教育が行われていました。皆さんの思いつくような英才教育は、ほとんど行われていたと思いますよ。それに、あの頃から成長した今となって思うと、かなりの量だったと思います。あれでは、いつか壊れてしまっても、おかしくはありませんでした。

 

 ですが、残念なことに、兄は壊れてはくれませんでした。それどころか、教えられたことは、ほぼ完璧にこなしてしまいました。兄もあれでプライドが高い人間でしたからね。負けず嫌いがいい方向に働いた結果でした。両親は、あまりに苦労もなく出来てしまう兄の姿に、何の疑問も持たずに、それどころか、どんどん教育に拍車をかけていきました。こうして教育が加速し始めた頃でした。私が独学で勉強を始めたのは。


まあ、始めた理由としては、直感的なものでしたね。隣で何気ない顔をしながら、日々膨大な量の教育を行っている兄の姿を見て、少しばかり思うことがありまして。

 

 しかし、この頃でした。一つの、そして決定的な歯車が狂い始めたのは。


 勉強を始めて気が付いてしまいました。私は、私自身が天才であることに。

あなた方は、『天才』という言葉を信じてますか?『天才』なんていない、努力の積み重ねで作られていく、『幻想』だと思っていませんか?

残念ですが、天才は少なからず存在するのです。それが私でした。





 ここから話す話は、完全に余談なんですが、『天才』は何故、『天才』と呼ばれると思いますか?

 私は、『天災』から由来したのでは、と思っています。天才はそこに存在してしまうだけで、良くも悪くも、周りを壊してしまいます。それはごく自然に起きてしまうものなのですよ。・・・・分かりにくかったですかね。

まあ、実際は、そんな由来ではないので、気になりましたらご自分で調べてみてください。あなた方の知りたいこととは関係のないことですが。





 そろそろ、本題に戻りますね。

えっと、どこまで話したっけな。・・・・そうだそうだ。私、実は天才だったんですよ。それは、兄をはるかに凌ぐほどに。とはいっても、だからどうなるとかはありませんでした。兄もとても優れた人間でしたし、なによりも、長男であるということはかなり大事なことなので。それゆえに、両親は私に対して特に関心を持ちませんでした。


しかし、兄はそのころから壊れていきました。

 

時折、聞こえてきたんですよ。夜な夜な兄の咽び泣く声が。

最初は信じられませんでしたよ。いつも気丈に振る舞っている兄の姿しか見ていませんでしたから。

まあ、原因はわかっていましたから、私はすぐに家を出ましたよ。兄を壊したのは、どんな英才教育よりも、身近にいた弟だなんて、皮肉なものですよね。

プライドの高さゆえに、負けず嫌いが悪い方向に働いてしまった結果ですね。



それからというもの、兄にあうことはありませんでした。


ですが、数週間前、私の家に兄が訪ねてきました。私の家は、両親の名義を借りているので、場所を特定すること自体は容易だったでしょうね。最初は驚きましたが、快く迎え入れましたよ。なにせ、陰気で憔悴した顔をしてましたから、突き返すのも後味悪くてね。


その日以降、私が兄にあうことはありませんでした。それにもう会うこともないんじゃないかな。



何故って?




やだなぁ、刑事さん。





一か月も行方不明なら、それはもうそういうことでしょう。





いいですか刑事さん。本当に頭がいい人が真剣に計画を立てれば、完全犯罪は可能なんですよ。




いやいや、私は何もしてないですよ。そのことは私のアリバイを知っているあなた方が一番よくわかっていることでしょう。


もういいですかね、そろそろ帰りたいのですが。



え、兄がいなくなってどう思っているのかって?


ほかの人にはわからないと思いますけど、私はこれでよかったと思いますよ。

なんせ、あんな幸せそうな顔の兄を見れたのは久しぶりでしたから。




では、もう失礼しますね。刑事さん、どうか早く兄を見つけてあげてくださいね。




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