第弐詣之三 はたして明治神宮には〈ノ〉が有るか無いか:明治神宮
東京メトロの「明治神宮前駅」に近接している神社こそが「明治神宮」である。もっとも、明治神宮から最も近いのは、実のところ、JRの「原宿駅」なのだが。
さて、神宮の前の〈明治〉という名称が明示しているように、明治神宮は、第一二二代天皇の「明治天皇」とその皇后である「昭憲(しょうけん)皇太后」を御祭神としている。
明治天皇が崩御なされたのは明治四十五(一九一二)年、昭憲皇太后が崩御なされたのは大正三(一九一五)年で、明治神宮が創建されたのは大正九(一九二〇)年十一月一日である。
明治神宮について、ちょっと調べてみたところ、その創建が内定した段階においては、祀るのは明治天皇一柱の予定で、さらに、明治維新に勲功があった者を合祀する案もあったらしい。だが、最終的には、御祭神は、明治天皇と昭憲皇太后の二柱となった。
そして、その鎮座地として選ばれたのが、元々は彦根藩主である井伊家の下屋敷があった所で、そこは、明治七(一八七四)年に、明治政府によって買い上げられ、〈南豊島御料地〉となっていた場所であった。ちなみに、御料地とは、天皇の個人的な財産の事である。
さて、現代に生きている我々にとって、明治神宮といえば、広大な緑の空間で、渋谷や原宿という、東京の中でも極めて喧噪な地に隣接していながらも、同時に、静寂な癒しの空間でもある。
ところで、『明治神宮』のホームページによると、広大な鎮守の森の木々は、昔から今あるような状態であった分けではなく、実は、日本各地から献じられた約十万本もの献木が植栽されたらしく、いわば、人口の林なのだ。
この人口林の広さは〈七三ヘクタール〉、すなわち、約二十二万坪、言い換えれば、七〇万平方メートルもある。
しかし、数字に直しても、明確なイメージは沸かないであろう。
具体的に言うと、JR原宿駅に隣接している「第一鳥居(南参道鳥居)」を潜り抜けても、なかなか拝殿にまで辿り着く事はできず、「本殿」までは約〈十分〉を要するのだ。調べてみたところ、どうやら、原宿駅近く以外の他の鳥居を通った場合も、拝殿までの所要時間は、第一鳥居の場合と、そう大差はないようだ。
とまれ、単純計算、鳥居と本殿を往復するだけで二十分かかり、参拝の時間も考慮に入れると、明治神宮の参詣には〈最低〉でも半時間はかかる事になる。
もしも、参拝の後、御朱印をいただきたい、とする。
書き手が参詣したのは正午少し前、比較的人が多くはない時間帯だったにもかかわらず、直書の御朱印をいただくのに、列に一時間半並ばざるを得なかったのだ。
ちなみに、書き手は列に入った後、時の経過と共に列はさらに長く伸びてゆき、書き手の後に並んだ方々は、より多くの時間を並んだにちがいない。
それでは、急ぎの参拝者はいかにすべきか。
なるほど確かに、直接、御朱印帳に書いてはもらえないものの、既に書かれた〈書置きの紙朱印〉も用意されている。
とはいえども、どうしても〈直書〉に拘るのならば、原宿駅からの往復時間と参拝も含めて、最低でも二時間は見積もっておく必要があるように思われる。
ちなみに、二〇二三年三月頃には、新規に明治神宮で御朱印帳を購入した参拝者しか直接記帳していただけなかったらしいのだが、書き手が参詣した二〇二四年の春には、持参した御朱印長に直書していただけた。
さて、いざ自分の記帳順が来た際に感じたのは、御朱印への直書は実に丁寧で、これならば、それなりの時間が必要なのも納得な話である。
かくの如く、一時間半以上も並んでようやくいただけた明治神宮の御朱印なのだが、筆書きされた文字をよく見てみると、とある違和感に気付く。
実は、〈宮〉の文字に関して、ウ冠下の、上の〈ロ〉と下の〈口〉を繋ぐ「ノ」が存在してはいないのだ。
実はこれは、書き手がいただいた御朱印のみに確認できた書き損じでは決してない。
この事に関しては、『明治神宮』の公式サイト内にある「Q&A」のコーナーにおいて、次のように回答が為されていた。
日本の古代・中世においては、〈宮〉の字を書く場合、〈ノ〉を書いている場合と、〈ノ〉を書いていない場合の両方があって、実は、事例としては、〈ノ〉無しの方が多かったそうだ。
〈宮〉という文字を分解してみると、〈ウ冠〉は屋根の覆われた家を、〈口〉は建物、そして、〈ノ〉が廊下を表わしている。
古代は、建物と建物の間に廊下が無かったので、そもそもは〈宮〉の字に〈ノ〉は無かったのだが、やがて、廊下がある家が出現すると、〈ノ〉が書かれるようになった、との事である。
やがて、大正時代に、公的機関が〈ノ〉が入った〈宮〉の字を使い始めると、新字体の有〈ノ〉の方が圧倒的に使われるようになり、現在に至っているそうだ。
現在、明治神宮では、正式な神社名の方は、〈ノ〉が入った〈宮〉の字を使っているそうなのだが、明治神宮が創建された大正時代とは、先に述べたように、公的機関が、〈ノ〉が入った〈宮〉の字を使い始めた頃で、未だ今のように有〈ノ〉が当たり前になってはいない時期である。
こうした状況下、明治神宮では、その創建の大正九年十一月一日に授与し始めたお札では、無〈ノ〉の字の方を使っていたそうなのだ。そして、創建以来百年以上が経過し、先に述べたように、正式名称が有〈ノ〉になった今なお、お札や御朱印においては、〈ノ〉が無い古い字の方を使っているのである。
正直に言うと、よほど注意して見てみないと、御朱印に書かれている〈宮〉の字に〈ノ〉が有るか無いかに気付くのはそう簡単ではない。
しかしながら、今回、ここで〈ノ〉の存在が書き手の意識野に入る事になった。
この章で語ったように、書き手は、神社参詣のテーマの一つに〈神宮〉を据えた。
という事は、書かれた御朱印には必ず〈宮〉の文字が存在する分けだから、その神宮が、果たして旧字を使っているのか、新字を使っているのかに着目するのも面白かろう、と思う書き手であった。
〈参詣情報〉
日時:令和六年四月十日(水)十一時半
御朱印(直書)、初穂料:五〇〇円
〈参考資料〉
〈WEB〉令和六年八月十六日閲覧
「明治神宮とは」「境内地図」「 Q&A、明治神宮関係、Q5」、『明治神宮』
「【東京】明治神宮の御朱印徹底ガイド!種類や時間、アクセスなど詳しく紹介〈2020―2021〉(二〇二〇年十一月十四日付)」、『じゃらんニュース』
SHRINY DAYS ~神社巡りの日々~ 隠井 迅 @kraijean
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