吹き抜ける冬風にぬくもりを求める 後編

 ワイン醸造を学ぶ絶好の時期であった実りの秋が終わり、どんよりとした重苦しい冬空の季節がやってきた。

 ブドウ産地としては夏や秋ではなく春と冬に雨が多くなるのは良いことだが、人間にとっては精神衛生上最高の環境ではない。

 そんな時期に僕は独りで過ごしていた。


 住んでいた場所はキャンプ場であるので、完全に孤独だったわけではない。

 

 キャンピングカーやトレーラーハウス、バンガローに住んでいる年金生活の老人たちも少なからずいた。

 中には十年以上も住んでいるという猛者もおり、それなりに可愛がってもらったものだった。


 しかしながら、同世代はほぼいなくなっていた。

 夏や秋の過ごしやすい時期には、各国からやってきたバックパッカーの若者たちが多くいたのだが、冬になるとめっきりと減ったからだ。

 悪天候の時期にキャンプ生活をしよう変わり者など、そうそういるはずもなかった。


「ミャレ! KAWASAKI!」


 あ、いた。

 意味の全くわからないことばかり言う、縦も横も大きなインド人もここに住んでいた。

 

 歳は僕よりもやや年上で、キウイフルーツの仕事を大農場から請け負い、人材派遣のような稼業をしていた。

 一応合法的な仕事なので永住権を持ち、自由に生きている独身男だった。


 このキャンプ場にやってくる各国の若者のバックパッカーたちはこのインド人から仕事をもらって、キウイフルーツの収穫等の仕事で働いていたりした。

 僕も同じように、ワインの醸造シーズンが終わった後の2週間の長期休暇にバイトにいった。

 その流れで、冬の真っ只中の冬休み時にも剪定の仕事で生活費を稼いだ。


 さて、この男は週末になるとよく都市部へ行ってマッサージパーラー、日本で言うところの特別なお風呂屋さんで、溜まりに溜まった濁りきった全ての怨念を発散していた。

 それ故に、孤独な冬も乗り切れていたのだろう。

 どれだけ反対意見や綺麗事を述べようが、夜の産業があるおかげで孤独な雄の犯罪が未然に減少されていることは間違いないと断言できる。


 しかし、僕のような貧乏苦学生にそのような散財は即死に繋がる。

 だからこそ、我慢するしかない。

 しかないが、限界はいつか必ず来るのだ。


 もちろん、性犯罪に走ったわけではない。

 

 僕の場合は、身近にいる異性をフェニルエチルアミンという脳内物質の作用で魅力的に感じるようになっていた。

 

 身近にいる女性、同じ海外組で学校のワイン学科の同級生キーラだった。

 小柄なアメリカ人のロリ系ブロンドで、どことなくレクシーベルに似ている。

 高めのつり球ぐらいの相手であるが、果敢に攻めた。

 

 僕は自分で語るのも何だが、やってみようと思ったことは大概実行に移してきた行動力だけはある。

 成否はもちろん別の話であるが。


 そして、ドーパミンの濃度が上昇した脳の導くままに、彼女を誘ったわけだ。


「これから冬休みになるし、せっかくだからワインテイスティングの勉強しながら一緒に飲まない?」


 というように、僕はアドレナリンの作用で胸の動悸が止まらず、肉食獣のような闘争本能をコントロールしながら拙い英語で誘いかける。

 下心など無い、などというのはくだらない嘘で綺麗事だ。

 そんなヤツはこの世に存在しないに決まっている。

 そうでなければ、人間というクソッタレな種族がこれほど地球上にのさばる筈がないのだ。


Sweetいいね! 面白そう!」


 なんと、キーラはニッコリと満面の笑みで食いついてきたわけだ。

 その後の予定を話し合い、冬休みとなった。


 僕は調子に乗って、最大都市オークランドに行って様々なワインを買い付けてきた。

 ついでに、そこに住む友人夫婦の出産祝いも渡してきた。


 生活費?

 そんなものの心配は、脳髄の片隅からとっくに消え失せていた。

 雄というのは愚かな生き物なのだ。


 そうして当日となった。


 なったわけだが、なぜか別の同級生であるぼっちゃりNZ女子メリッサの住むシェアハウスで飲むことになった。

 しかし、悲観してはいなかった。

 

 二人っきりで飲んでワンナイトラブを狙うような愚かな若さなど、とうに過ぎ去っていたのだ。

 僕にとっては、ワインを語らえる身近な相手が欲しかっただけだ。

 あわよくば、冬風をしのげるようなぬくもりのあるパートナーがいてくれればというところが狙いだ。

 そう、それは決して嘘ではない、はずだ。


 そういうわけで、特に残念な想いを見せることもなく、共にグラスを傾けていった。

 メリッサ宅のシェアハウスの住人たちも一緒に飲み交わした。

 

「ねえ、バーに行こう!」


 ある程度空き瓶が増えてきた頃だった。

 いくらか酔いが回ってきたのか、火照った顔でキーラが高揚して立ち上がった。

 僕とメリッサはもっと楽しめればいいじゃないかと賛成し、タクシーで10分ほどの距離にある町の中心部へと向かった。


 そうしてやってきたのは、数多くの小舟が停泊するハーバーの畔にあるパブであった。

 典型的なイギリス系の酒場のスタイルであり、ビールとフィッシュ・アンド・チップスがメインメニューだ。

 先払いが基本となるので、ビアタブのあるバーカウンターで注文に向かった。


「あれ? あんたも来てたの?」


 と、キーラは近くにいた男に話しかけた。

 何者だ、と思っているとキーラに紹介された。


 同じシェアハウスに住んでいるという隣の都市出身のNZの若者だという。

 その流れで、その男の仲間たちと一緒のテーブルを囲むことになった。


 その男は、歌を歌わないエド・シーランに似ているといえば似ていた。

 海が目の前にあることもあり、サーフィンのためにこの町に住んでいるらしい。

 他の男達もどこかチャラそうだが、わりとフレンドリーに接してはくれた。


 この自由な飲み方がNZらしさというわけで、見ず知らずの相手とグラスを合わせて飲み交わす。

 こうして夜はさらに更けていくと思った早々であった。


「じゃあ、次行こう!」


 と、キーラは気まぐれな猫のように次のバーへと向かっていく。

 所謂バーホッパーというやつで、一所に腰を落ち着けずに次々と店を徘徊していくのであった。


 最後の店でメリッサはに会いに行くからとタクシーで帰っていた。

 

 残された僕たちであったが、キーラも流石に足元がおぼつかなくなっていたので帰ろうということになった。

 タクシーに乗り込むととりあえずキーラの住むシェアハウスへ向かうように告げた。

 限界なのか、キーラは僕の肩に頭をあずけて、すぐにウトウトとし始めた。


 が、小さな町なのですぐに到着した。

 タクシー代を払い、なぜか一緒に降りてしまった僕は歩いて帰ろうかと踵を返そうとしたところだった。


「あ、待ってよ。泊まっていきなよ、空いてる部屋あるし」


 月光に照らされるキーラにハッとしてしまった。

 冷静さを失った僕は理性の欠片もなくなり、コレはもしやと熱くなる体の一部の叫びシャウトに従った。


 しかし、本当に空き部屋に案内され、ベッドに倒れ込み天井を仰ぐ。


 どれだけ時間が経ったのだろうか、このまま寝る前にやるべきことがあると思い直しガバっと起き上がる。

 そして、トイレで用を足し、歯を磨かないと……って、違う!


 出っぱなしなパトスに導かれるままにキーラの元へ行こう。

 結果はどうなろうとも、当たって砕けるほうが何もしないよりも遥かにマシだ。

 僕はリビングのガラスドアの向こうで、彼女の明るい髪が振れ動くのが見えた気がした。


 意を決してドアを開ける。

 そして、ソファにいた彼女は……















 バーにいた男の上でロデオをしていた。

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神の血に溺れる~Re:キャンパスライフPART3 出っぱなし @msato33

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