第2話 決着
勢い良く熱を上げるエンジンが、その瞬間に食らいつくようにがなり上げました。
先を走るのはキュールさんの乗るLK。八代目となった伝統のLKシリーズ。
二リットルターボエンジンは力強い立ち上がりとパワーでわたくしを置き去りにするように走り去って行きましたわ。
バックミラーに映るオラン王子のドヤ顔。これが己のキュールの駆るマシンの性能だと誇っておりましたの。
「ならばその余裕顔、驚愕に染めて差し上げますわ!!」
彼女の後ろを走る愛車、軽さだけが取り柄とお馬鹿さんにされたこのFA。そのターボモデルであるFASが、六六〇CCエンジンをフル稼働させて必死に追いかけましてよ。
互いのマシンが奏でるハードなスキール音。
バトルの興奮は、まずこれを持って高ぶりますわ。
「直線での勝負にこだわってはおりませんわ。それを存分に味わわせて差し上げますですの!!」
マシンの性能差は歴然。誰が見ても不利だと考えるのは仕方がありませんわ。
◇◇◇
第一コーナー侵入のため減速、最早お互いの距離は切り離され、バックミラーからもその存在を感知することが出来なくなっていた。
「ふ、あの程度の醜い軽自動車でこの私と勝負しようなどと……身の程を知らない者はこれだから!」
しかしこれで終わるというのは面白くないわ。
無様は無様なりの足掻きというものをもう少し見せてほしいものだわ。
前輪への荷重。それにより遠心力が掛かる後輪へのカウンターステア。
頭に描いた通りの安定感を発生させた車体は、まるで芸術のようなドリフトでコーナーのインを取ると、軽やかかつダイナミックな馬力の再加速を始める。
背後に気配を感じる。遅いわね。
今更のコーナー進入、思わず笑ってしまうわ。
でもこれで終わりなんて冗談だと思いたい。
こんなところで付く勝負では……。
もっと完膚なきまでに叩きのめして、私にバトルを挑んだことを後悔させてあげなければ……!
◇◇◇
わたくしの目は確かにキュールさんのLKを捉えました。
このまま差は詰められるはず、この子の力を最大限に活かせば!
馬力に大きな開きがある以上は、アクセルに一分の余裕もありません。
しかし、このマシンの真価はここからですの!!
LKの前方に見えて来た第二のコーナー。
少々早い気もしますが……。
わたくしはマシンを限り無くインに寄せ――仕掛けました!!
ターンインの態勢へと切り替えたわたくし。その涼しい顔に冷や汗を流させて差し上げますわ。
「な、なんですって?! そんな無茶な走り方で……!」
「このマシンは軽さだけが取り柄だとお思い? それは間違いですわ! このマシンはこういう場面にこそ真価を発揮する車なのですのよ!!」
「追い付かれ……!? あ!」
外側から内側へ狙いを定めるLK、わたくしのFASがLKのギリギリ横をかすめるですの。
横並びになる両者、ここまでがわたくしの狙い。
目標は二つ目のヘアピン……!
コーナリングにおいて不利な外側、ここからインを付くのは至難ですの。
相手もさるもの、決してインを突かせないと加速して来ますわ。
次のコーナーまでの距離はわずか、本来のマシンスペック差から考えてこの加速勝負、こちら側に勝ち目はありません。
……これが平地ならば、ですわ!
◇◇◇
「ちぃっ! 相手は速度が乗ってるわ、でもそんな程度のスピードなら……!」
いくら横並びの状態とはいえ相手はアウト。インのこちらが確実に有利。
それに馬力差から考えて、いくらスピードが乗った相手でも……!
コーナー入口、ブレーキングに入った私の隣にあの醜いFAが並ぶ。
それだけでも嫌気が差す。貧弱なくせにバトルマシンを装うその姿、反吐が出て仕方が無い。
ここでちぎって……何!?
「前に出たですって!? ……大丈夫よ何を焦ってるの私。バトルはまだ始まったばかり、このくらいの華……持たせた方がむしろこちらの格好がつくというものッ」
それに相手はまだ抜け切れたというわけじゃない。
この先はコース最長のストレート。パワーで勝る以上どうとでもなるポイントだ。
「そうよ……。ふふ、むしろあの娘の希望を摘むのにいいポイントだわ」
そう思っていた、こちらにはまだ全くの余裕があると……。
◇◇◇
このストレート、コースで最も加速が要求されるポイントですの。
パワーの無いこの子にとっては最大の泣き所でもありますわ。
力強くアクセルを踏み切るわたくしのFASの隣、彼女のLKがブースト圧を上げていましたわ。
彼女にとってもここは仕掛けるポイント、むしろLKが最も得意とする戦場でございましてよ。
たやすく前に出た……いえ、出させたこのストレート。
さあ――今こそ度肝を抜く瞬間ですわッ!!
狙うはそう、コーナーのイン……そのさらに内側にある――ッ。
狙いは決して外しませんわ!!
◇◇◇
また抜かれた!?
いえ、あの娘はさっき私よりも前に出ていた。
加速が乗っていた分、此方を抜きやすかったという事ね。
でもそれだけじゃ――なんですって!!?
「あ、ありえない……! そ、そんなバカな!?」
だってそうでしょう。確かにFAはオーバースピードでコーナーへと入った。
横並びにアウトを取らざるを得なかったとはいえ、焦る必要はない。
あんな無茶な加速ではブレーキにも相応に気を付けなければならないからだ。
このLKの戦闘力ならアウトからでも抜き返せる。
相手が立ち上がりに手間取ってる間に優雅に再加速出来る。そのはずだったのに……。
ありえないものを見た。
◇◇◇
ガードレール外。
ギャラリーたちは派手な立ち回りを見せたFAに大歓声をあげざるを得なかった。
「うおおお!! な、なんだあのFA!? こ、コーナリングで加速して行きやがったぞ!!」
「うそだろおい!? どうやったらあんな事が出来る?!」
「普通コーナリングってのはスピードを落とさなきゃ抜けないはずだぜ? お、俺目がおかしくなっちまったのか!?」
◇◇◇
遠くに歓声を置き去りにしてわたくしは前へと出ましたの。
きっと皆さん驚いた事でしょうね。
これこそが師匠との特訓の成果……! この峠だからこそ使用できる秘技!
あのストレート終点のコーナーには小さな側溝が彫られておりますの。
これにイン側のタイヤを引っ掛ける事によって――スピードの減速をコーナリング中に取り戻す事が出来るんですわ!
本来オーバースピードで進入すればアウト側へ膨らむのは確実。
しかし、側溝に落としたタイヤがそれを防ぐんですわ!
進入時よりも鋭さを増しながら、コーナーを抜けて行くこの感覚っ!
わたくしも初めて聞いた時は耳を疑いました。
しかし師匠はこの技を熱心に教えて下さいましたわ。マシンのスペック差を埋める数少ない方法。
それは、マシンの軽さと旋回性能と――この技ですわ!
◇◇◇
「おかしい、どうして差が縮まらない……! どうして開いていくの!」
よしんば旋回で負けたとして、この子のパワーを持ってすれば簡単にストレートで抜き返すことができる。
だというのに。
コーナーを繰り返す度、そもそも縮まるどころが広がっていく。
「ありえない……っ」
奥歯が軋む。認めたくない現実に噛みしめてしまうからだ。
ブースト計は正常に作動している。何一つ問題はないはずなのに……!
「こんな……こんな事って!」
コーナーが迫る度にブーストが抜けて行くのが歯がゆくて仕方がない。
条件は向こうの方が不利なはずなのに。
「負けてなんていない! この子のスペックはあらゆる面で上回っている。……なのにっ!」
ほんの少し、いつもよりもムキになってコーナーへの進入速度を上げただけで、まるで初めて乗った時のように言う事を聞いてくれない。
いつものようなラインを描けなくなる。
知り尽くしているはずの特性が、全く別の生き物のようにまるで理解が出来なくなっていく。
怖い……。信じていた私のマシンが。
想像以上に膨らんでいくライン。無理に抑えようとすると今度は逆方向に膨らむ。
己が初心者だった頃のようなイージーミス。
「認めたくない……っ。わ、私がこんな無様を晒すなんて……!」
◇◇◇
五連続のヘアピンを抜け、最後はこのストレートを抜けた先にあるコーナーだけ。
そこを抜ければゴールは目前ですわ。
フロントガラスの向こう、ガードレールの脇にチラリと映るギャラリー。
おそらく外では大歓声が響き渡っている事でしょう。
コースにタイヤを食べさせながら走り続けて来た甲斐があるといもの!
しかし、決して気を抜いてはなりませんの。
勝負はそう――最後まで分からないものなのですから……!
「来ましたわね……!」
バックミラーに映るヘッドライト。
ヘアピンから抜けて来た彼女のLKが最後の加速態勢に入りました。
お互いに熱ダレを起こし掛けているこのタイミング。
これが最後の大勝負! ですわ!!
◇◇◇
「負けられない!! あんな……あんな醜い軽自動車なんかに――!」
◇◇◇
「おおおお突っ込んで来たぞ!! あのLK尋常じゃないスピードだぜ!」
「横並びになった……。そのままコーナリングに入ったぞあの二台!?」
「インがFAのままだ、すげぇブレーキングドリフトだぜおい。でもLKの立ち上がりなら巻き返しは――何!?」
「アンダーだ!! LKがアンダーを出したぞ!!」
「スピードが乗り過ぎたんだ! 外に膨らんで行く! やべぇ!? ガードレールに一直線だ!!?」
◇◇◇
体に走った衝撃。
熱くなっていた頭が、白く冷めて行く感覚に襲われた。
曲がり切れず、車体側面をガードレールにぶつけて。
フロントガラスの向こう側、遠くに消えて行くFAのテールランプを見つめながら……。
「負け……た?」
認めてしまった。どんなに嫌な現実でも、私は……。
「くっ……、ぁあ……! わ、私が……ぁ」
悔しい。悔しくて、フロントガラスに雨がぽたぽたと降り当たるように、視界が滲んで行く。
負けた。
負けてしまった。
ただ、ひたすら無様に……。
◇◇◇
「負けた……? キュールが、ミランダに?」
ありえない報告を聞いて、愕然とおろした腕。
俺の手に持っていたスマホが地面にポトリと落ちた事に気づいたのはしばらく後だった。
◇◇◇
「やったやった! やりましたわお師匠! シュロー様!!」
麓の駐車場へと到着したわたくしは、精一杯に頑張った愛車を止めて、一人待っていたその方へと飛びつく様に勝利の御報告を行いましたの!
わたくしの我が儘を聞き入れ、走りの術を叩き込んでくれたシュロー様。
「よくやったなミランダ君。私も鼻が高い思いだ。浮かれすぎも良くないが……今日ばかりはそれもいいだろう」
「ありがとうございます! 貴方様がいらっしゃらなければ、わたくしっ……! うぅ……」
「やれやれ、その泣き癖は変わらずだな。胸を貸そう、今は存分に泣くといい」
「うう……っ! しゅーろーしゃまぁああああ!」
感極まったわたくしを、篤いお胸で受け止めてくれたシュロー様には感謝しかありません。
この方のおかげで、わたくしは今こうしていられるのですから!
「うぅ……大好きでしてのぉおお!」
「ははっ、ムードも無いな。だが、私達らしいと思わないか、ミランダ君?」
こっぴどく振られてしまったご令嬢が元婚約者とその浮気相手を見返す為に精一杯にあがいたなら こまの ととと @nanashio
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