ポケモソカードバトルだメロス

きつねのなにか

バトルしろメロス

 メロスは激怒した。

 必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。

 メロスには政治がわからぬ。

 村のポケモソカードバトラーである。

 ポケモソカードバトルをし、お小遣いを巻き上げ、デッキ考察をして暮らしてきた。

 けれども不正に対しては、人一倍に敏感であった。


 今日未明メロスは村を出発し、野を越え山を越え、十里はなれたこのポケモソセンターにやって来た。

 メロスの家族は十六の、内気な妹だけ。二人暮らしだ。名をサトシと言う。

 このサトシは村のある律儀な一デッキ構築職人を、近々、花婿として迎えることになっていた。この男の名はタケシという。

 この二人は結婚式も間近なのである。


 メロスはそれゆえ、花嫁のデッキやら祝宴ポケモソカードバトルトーナメントの景品やらを買いに、はるばるポケモソセンターまで買いに来たのだ。

 先ずその品々を買い集め、それからポケモソセンターの商品を見て歩いた。ぽげーたの人形可愛いな。ニャオソッソも捨てがたい。だがニャーソ、おめーは駄目だ。この海馬人形夜見さん、これ凄くないですか!?はどうでもいい。


 メロスには竹馬の友強敵と書いてライバルがいた。セリヌンティウスである。

 今はこのポケモソセンターでカード作成職人をしている。

 その友を、これから訪ねてみるつもりだ。

 久しく逢わなかったのだから、訪ねていくのが楽しみである。新規カードは出ているのだろうか。なんとか複製して貰えないかな。


 商品を見て回っているうちにメロスは、ポケモソセンターの様子を怪しく思った。人が閑散としている。

 もう日も落ちて、人が減る時間であるのは間違いないが、けれどもなんだか、ポケモソセンター自体がやけに寂しい。

 メロスも徐々に不安になってきた。

 ポケモノセンターの若いお姉さんを捕まえて問いただそうとしたが、メロスは童貞な上に若い女性への免疫が無かったために断念した。

 そんな姿を見てポケモソセンターのお姉さんはただ首を振るだけだった。


 しばらくウロウロして、ようやっとの決意で店長のババアに質問した。

 ババアは「業務妨害にあたりますので」と答えなかった。

 メロスは「俺は客だぞ!」とやべー客になって問いただした。

 ババアは、辺りをはばかる低声で、わずかに対応した。


「王様は、人を殺します」


「なぜ殺すのだ」


「ポケモソカードバトルで不正を働いている、というのですが、誰もそんな不正をしてはおりませぬ」


「たくさんの人を殺したのか」


「はい、はじめは王様の妹婿さまを。ご自身がポケモソカードバトルで負けた際に不正を働いていると言って。それから、妹さまを。複製をしていると言って。それから、賢臣の光遊戯ひかりゆうぎ様を。転売をしていると言って」


「おどろいた。国王は乱心か」


「いいえ、乱心ではございませぬ。不正ばかりが横行し、人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少々派手にポケモソカードバトルで勝利をしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めばデッキごと火あぶりの刑に掛けられます。きょうは、六人殺されました」


 聞いて、メロスは激怒した。


「あきれた王だ。生かしておけぬ」


 メロスは、単純な男であった。

 ぽげーたの人形を、背負ったままで、のそのそ電気タイプのポケモソジムにはいって行った。

 たちまち彼は、巡廻するジムメンバーに捕縛された。

 調べられて、メロスの懐中からは地面タイプのポケモソカードデッキが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。相性は抜群だ! メロスは、王の前に引き出された。

「このデッキで何をするつもりであったか。言え!」

 暴君ぴかちゅっちゅは静かに、けれども威厳をもって問いつめた。その王の顔は蒼白で、眉間のしわは、刻み込まれたように深かった。

 これはどう見ても悪意のあるポケモソである。


「人民を暴君の手から救うのだ」


 とメロスは悪びれずに答えた。


「おまえがか?」


 王は、冷笑した。


「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ」


「言うな!」


 とメロスは、いきり立って反発した。


「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民の忠誠をさえ疑って居られる」


「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたち不正をする民だ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。不正をするものは殺す」


 暴君は落着いてつぶやき、ほっとためいきをついた。


「わしだって、平和を望んでいるのだが」


「なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か」


 こんどはメロスが冷笑した。


「罪の無い人を殺して、何が平和だ」


「だまれ、下賤の者」


 王は、さっと顔を挙げて報いた。


「口では、どんな清らかな事でも言える。おまえだって、いまに、不正をするぞ、絶対するぞ、ぜーったいするぞ」


「ああ、王は利口だ。自惚れているがよい。それならポケモソカードバトルをしようではないか」


「なに、目の前で堂々と不正をするつもりか。火あぶりにするぞ」


「そんなことはしない。不正なく堂々と勝って見せよう。負けたら火あぶりにするでも良い。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居る。負けたら命乞いなど決してしない。ただ――」


 と言いかけて、メロスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、ポケモソカードバトル開始までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます」


「ばかな」


 と暴君は、しわがれた声で低く笑った。


「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥タイプのポケモソが帰って来るというのか」


「逃がした場合は帰ってきませんが、ポケモソボールに入れて連れ回すことは出来ます」


 メロスは必死で言い張った。


「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスというカード作成職人がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を火あぶりにして下さい。たのむ、そうして下さい」


 それを聞いて王は、残虐な気持で、そっとほくそえんだ。生意気なことを言うわい。

 どうせ帰って来ないにきまっている。

 この嘘つきに騙だまされた振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男を、三日目に殺してやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男を火あぶりに処してやるのだ。

 世の中の、正直者とかいう奴原にうんと見せつけてやりたいものさ。


「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。遅れたら、その身代りを殺す。ちょっと遅れて来るがいい。おまえの罪は、永遠に赦してやろうぞ」


「なに、何をおっしゃる」


「はは。いのちが大事だったら、遅れて来い。おまえの心は、わかっているぞ」


 メロスは口惜しく、今すぐポケモソカードバトルを申し込もうと思った。しかし手持ちのデッキは無い。


 竹馬の友、セリヌンティウスは、深夜、ポケモソジムに召された。

 暴君ぴかぴかぁの面前で、友と友は、二年ぶりに会った。

 メロスは、友に一切の事情を語った。

 セリヌンティウスは無言でうなずき、メロスをひしと抱きしめた。

 バトラーの間は、それでよかった。

 セリヌンティウスは、縄打たれた。

 メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。


 メロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌あくる日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。メロスの十六の妹も、今日は兄の代りにデッキ考察をしていた。よろめいて歩く兄の、疲労困ぱいの姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく兄に質問を浴びせた。


「なんでも無い」メロスは無理に笑おうと努めた。


「ポケモソセンターに用事を残して来た。またすぐポケモソセンターに行かなければならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう」


 妹は頬をあからめた。


「うれしいか。綺麗な衣裳も買って来た。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。結婚式は、明日だと」


 メロスは、また、よろよろと歩き出し、家へ帰ってデッキ棚を飾り、祝宴ポケモソカードバトルトーナメントの席を調え、ぷっぷりんの歌声サブスクを聞いて深い眠りに落ちてしまった。


 眼が覚めたのは夜だった。メロスは起きてすぐ、花婿の家を訪れた。そうして、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。

 婿のタケシは驚き、それはいけない、デッキ構築が出来上がるまで待ってくれ、と答えた。

 メロスは、待つことは出来ぬ、今すぐやれ。と更に押してたのんだ。婿のタケシも頑強であった。なかなか承諾してくれない。

 夜明けまでポケモソカードバトルをつづけて、五十五敗してやっと、どうにかデッキ構築させた。


 結婚式は、真昼に行われた。

 新郎新婦の、神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。


 祝宴ポケモソカードバトルトーナメントに列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中で、むんむん蒸し暑いのもこらえ、陽気にポケモソカードバトルを始めた。メロスも、しばらくはポケモソカードバトルを行っていた。全敗であった。

 祝宴ポケモソカードバトルトーナメントは、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。

 メロスは、一生ここでポケモソカードバトルしたい、と思った。どうにかして勝ちたかったのである。


 負けに負けまくってお小遣いがなくなったとき、出発を決意した。王に勝利してお小遣いを貰おう。

 あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、雨も小降りになっていよう。メロスは、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、

「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐにポケモソセンターに出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄の、一ばん嫌いなものは、ポケモソカードの不正。おまえもそれは知ってるな。亭主と企んで、どんな不正もしてはならない。わかったな」

 花嫁は、青ざめた顔でうなずいた。やるつもりだったのか?

 メロスは、それから花婿の肩をたたいて、

「くれぐれもやるなよ」

 と脅した。

 花婿は激しく頷いていた。お前もか?

 メロスは笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、デッキ保存ケースにもぐり込んで、死んだように深く眠った。

 眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。メロスは跳ね起き、南無三、寝過したか、いやいや、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。

 きょうは是非とも、あの王に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑ってポケモソカードバトルをしてやる。メロスは、悠々と身仕度をはじめた。秘密の最強デッキも手に持った。

 雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。さて、メロスは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出た。


 私は、今宵、身代りの友を救う為に走るのだ。

 王の邪智を打ち破る為に走るのだ。走らなければならぬ。

 そして、私はポケモソカードバトルに勝利する。


 若い時から名誉を守れ。不正なんてするな。


 村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨も止やみ、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。

 メロスは額の汗をハンカチーフで拭う。ここまで来ればもはや故郷への未練は無い。

 そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、メロスの足は、はたと、とまった。見よ、前方の川を。

 きのうの豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流とうとうと下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵に橋桁を跳ね飛ばしていた。

 彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、繋舟は残らず浪に浚さらわれて影なく、渡守りの姿も見えない。流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。

 メロスは川岸にうずくまり、男泣きに泣きながらミュウン最高神に手を挙げて哀願した。


「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、ボケモソジムに行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私のために死ぬのです。私なら泳げるでしょう、しかし泳いで渡るとデッキが濡れて使い物にならなくなってしまう!」


 濁流は、メロスの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。浪は浪を呑み、捲き、煽あおり立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はメロスも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。ああ、神々も照覧あれ! 私の遠投投げを、いまこそ発揮して見せる。メロスは、デッキ箱をぽーいと投げつけ、対岸まで飛ばしたのだ。

 よしいくぞ。ザブンと川に飛び込み、満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻かきわけ掻きわけ、獅子奮迅のメロス。見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。メロスはデッキを回収し、無事を確認すると、すぐにまた先きを急いだ。


 一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。


「待て」


「うるせえ。私は陽の沈まぬうちにポケモソジムへ行かなければならぬ。放せ」


「いや、放さぬ。持ちもの全部を置いて行け」


「私には命の他にはデッキしかない。その、たった一つのデッキも、これから王との勝負に使うのだ」


「その、デッキが欲しいのだ」


「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな」


 山賊たちは、ものも言わず一斉にデッキを掲げた。


「デュエル、スタンバイ!」


 メロスと山賊三人はポケモソカードバトルを始めた。

 村では全敗だったメロスだが、秘密の最強デッキのおかげで難なく3人に勝利し、お小遣いを巻き上げた。

 そしてさっさと走って峠を下った。

 一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労し、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。

 立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。

 真の勇者、メロスよ。

 今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情けない。

 全滅し城に帰ってきたときに、「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない」とは、王様が言う台詞だ。まさに今その状態ではないか。

 愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがて殺されなければならぬ。おまえは、稀代の不信の人間、まさしく王の思う壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはやコククーンほどにも前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。

 もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐ふてくされた根性が、心の隅に巣喰った。

 私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、微塵も無かった。

 私は不正の博徒では無い。

 ああ、できる事なら私の胸をたち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。

 ポケモソカードへの情熱だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。

 けれども私は、この大事な時に、精も根も尽きたのだ。

 ああ、ブースターパックを開けてキャッキャウフフをしたい。レア出現にワクワクしたい。持っていたっけかな。川で無くしたようだ、くちょがよう。

 これが、私の定った運命なのかも知れない。セリヌンティウスよ、ゆるしてくれ。私たちは、本当にズッ友であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ポケモソカードバトルしたいもんな。

 ありがとう、セリヌンティウス。よくも私を信じてくれた。それを思えば、たまらない。

 友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。


すまん、嘘だ。究極最上級レアのポケモソカードだ。それこそが最上の宝だ。


 しかし、そんなこと、どうでもいいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。

 王は私に、ちょっと遅れて来い、と耳打ちした。遅れたら、身代りを殺して、私を助けてくれると約束した。

 私は王の卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、私は王の言うままになっている。

 私は、遅れて行くだろう。王は、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりつらい。

 私は、永遠に裏切者だ。

地上で最も、不名誉の人種だ。セリヌンティウスよ、私も死ぬぞ。君と一緒に死なせてくれ。


すまん、嘘だ、私は一人でもポケモソカードバトルがしたい。やろうと思えば出来るもん。


 ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。村には私の家が在る。デッキもある。

 妹夫婦は、まさか私を村から追い出すような事はしないだろう。

 考えてみれば、くだらない。人を殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。

 私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。

 ――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。


 ふと耳に、ポケモソカードの音が聞えた。メロスはポケモソカードが鳴る音は聞き逃すことはない。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとに、ポケモソカードがあるらしい。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目からカードが一枚出ていた。「RRRりりり!リザードドドのカード」であった。売れば億万長者になれるが、使えばかなり強い。


 夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労回復と共に、わずかながら希望が生れた。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。



 走れ! メロス。



 おまえは真の勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! 私は、正義の士としてポケモソカードバトルする事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにしてポケモソカードバトルさせて下さい。

 メロスは黒い風のように走った。少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。一団の旅人とすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。


「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ。」


 ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに走っているのだ。その男を死なせてはならない。

急げ、メロス。

遅れてはならぬ。

ポケモソカードバトルへの情熱の力を、いまこそ知らせてやるがよい。

風態なんかは、どうでもいい。メロスは、いまは、デッキを腰につけただけのほとんど全裸体であった。

呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。

見える。はるか向うに小さく、ポケモソセンターの屋根が見える。ポケモソセンターは、夕陽を受けてきらきら光っている。


「ああ、メロス様」


 うめくような声が、風と共に聞えた。


「誰だ」


 メロスは走りながら尋ねた。


「アニメ新シリーズの主人公リリ&ロロでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の双子の姉妹でございます」


 その若いポケモソカード作成職人二人も、メロスの後について走りながら叫んだ。声は完全に調和している。


「もう、駄目でございます。無駄でございます。走るのは、やめて下さい。もう、おにいをお助けになることは出来ません」


「いや、まだ陽は沈まぬ。」


「ちょうど今、お兄が死刑になるところです。ああ、あなたは遅かった。お恨み申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」


「いや、まだ陽は沈まぬ」


 メロスは胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。走るより他は無い。


「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のお命が大事です。お兄は、あなたを信じて居りました。刑場に引き出されても、平気でいました。王様が、さんざんポケモソカードバトルで痛めつけても、メロスは来ます、勝利します、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました」


「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、ポケモソカードバトルの為に走っているのだ。ついて来い! リリロロ」


「ああ、あなたはもうお気が。それでは、お走りなさい。ひょっとしたら、ひょっとするかも。お兄のために走れ! メロス」


 最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。



 嘘だ。



 デッキ考察しながら走っている。

 何も考えずに挑んでも勝ち目はない。

 陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。

間に合った。


「待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た」


 と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれて声が微かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。

 すでに松明がいくつもが高々と立てられ、縄を打たれたセリヌンティウスは、火あぶりにされる体制になっている。メロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳いだように群衆を掻きわけ、掻きわけ、



「私だ、ジムメンバー! 私だ。メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」


 と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに火あぶり台に昇り、友の両足に、齧りついた。火はすぐそこに迫っており、燃やされる直前であった。

群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。セリヌンティウスの火あぶりは、回避されたのである。

「セリヌンティウス」

 メロスは眼に涙を浮べて言った。

「私を殴れ。力一杯に頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ」

 セリヌンティウスは、すべてを察した様子でうなずき、刑場一杯に鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。

 殴ってから優しく微笑ほほえみ、

「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない」


 メロスは腕に唸うなりをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。


「ありがとう、友よ。」


 二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。

 群衆の中からも、すすり泣きの声が聞えた。暴君ぴっぴかぴは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、青ざめた顔で、こう言った。


「おまえらの望みはかなったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。ではポケモソカードバトルをしようではないか。負けたら火あぶりなのはわかっているな」


「わかっています、王。私のデッキは最強です」


「デュエル!」


 どっと群衆の間に、歓声が起った。


 そしてポケモソカードバトルが始まった。


 ジムリーダーとのポケモソカードバトルは五回勝負し先に三勝した方の勝ちである。


 持ち時間は各六時間。時間一杯になったら一分で指さなければならない。


 一回戦二回戦は王の圧勝であった。


「くっそう、私の最強デッキが負けるとは」


 セリヌンティウスがアドバイスする。


「カード枚数が多すぎる。少し減らして欲しいカードが出やすいようにしろ」


 セリヌンティウスはカード作成職人である。バトルも強い。多分メロスより強い。メロスはセリヌンティウスに勝ったことが無い。

 そのセリヌンティウスの助言である。

 メロスは泣く泣く重くて出せない最強カード類を手放した。道中で手に入れたRRRリリリも手放した。こんなの入れる奴は素人の小学生くらいである。


 その後メロスは見違えるほど強くなり二勝を飾った。


 最終戦である。緊張が走る。


 メロスは不正に人一倍敏感な男であった。


 王が不正をしたのだ。


「王よ! それは不正ですぞ! 皆のもの! 王が不正した!」


 セリヌンティウスが言った。


「お前も複製カード使っているだろ。不正だ」


 王もメロスも火あぶりにされた。

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