カラス令嬢と蔑まれた私ですが、第二王子に溺愛されて自分らしく暮らします

瑛珠(えいじゅ)

真っ黒だから、カラス令嬢なんだそうです



 ゴージャスなシャンデリアに、真っ白なテーブルクロスの長テーブル、高級な白磁のティーセット。

 あの三段にお皿が重なるやつの名前はなんだった? ま、いっか。

 

 突然ですが、私クロード・デュクロは、デュクロ伯爵家の長女で十八歳。

 今目の前で開いている扇は買ったばかりの変な匂いがするし、端っこに飛び出た何かの鳥の羽根がいちいち鼻先をかすめて、クシャミを我慢するのに必死だし、何より――


「オホホホホ」

「そうですわねぇ~」

「まぁ!」


 なんだよこのむず痒くて浅い会話は! と叫びたいのを我慢している。我慢できているのは、ぎゅうぎゅうキツキツで内臓どこへ押しやった? のコルセットのおかげ。ドレス、大変だ。毎日着たらアバラ折れる。二本で足りるか? 三本か……いや四本いっとくか?


「やぁ、なんだか楽しそうだね」


 ニコニコ顔で歩いてくる銀色の長髪に濃い紫の瞳の男性は、いかにもな銀色アスコットタイと、同じく銀色で刺繍たっぷりの詰襟フロックコートを身に着けていて、さまになっていた。話に夢中だったはずの令嬢たちは、一気に彼へと矛先を変える。


「今日は僕が主催のお茶会なのだから、身分は気にせずにね。会話を楽しんで欲しい」


 柔らかな物言いに洗練された所作は当然だ。この男性――マリユスはルベ王国の第二王子なのだから。

 そんな彼の前に「お言葉に甘えて」とずずいっと一歩出て、率先してカーテシーを行う女性がいる。

 

「ジュリエンヌ・ドゥボーにございます。殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます。本日はお招きいただきありがとう存じます」

「ジュリエンヌ嬢。来てくれてありがとう。ドゥボー卿によろしく」

「光栄ですわ」


 ドゥボーだかドボーンだか言うこのいかにもなご令嬢は、年頃の公爵令嬢で、この場で最も位が高い。めちゃくちゃ香水くさい。金髪ぐるぐる巻き、全然似合ってない。ドピンクのドレスも。色白なのだからもっと淡い色の方が映えるのに。


「貴女は?」


 気づいたら、ノーブルな紫に覗きこまれていた。


「はっ! あのえっと、クロード・デュクロです」

「騎士団長のご息女だね」

「よくご存じで。あば。じゃなかったえっと」


 私の無礼に周囲のご令嬢は失笑の嵐だ。当然だろう。

 

「ふふ。そう堅くならないで。会えてうれしい」

「はい。ありがとご、ぞんじます」

「ふふふふ! クロード嬢」

「はい」

「来てくれてありがとう」

「? こちらこそ」

 


 殿下が去った後は、想像通りヒソヒソの暴風雨だ。


 カラスのくせに。

 不義の子。

 あんな気が強そうな。

 野蛮。



 ――はいはい。不義の子ってところは全力否定したいけど、無駄だから我慢。

 カラスってダサいあだ名、誰が付けたんだろう?

 


 父との剣の稽古が趣味な私は、真っ黒な服――潜入任務専門の騎士たちのおさがりでめちゃくちゃ動きやすい――ですばしっこく走り回るからそのあだ名が付いたことは、知っている。髪も目も真っ黒だし。


 横顔にも背中にも、ご令嬢方の視線が刺さる刺さる。

 どこぞの刺客の方がマシな殺気だな、と思わずため息を吐いた。

 

 


 ◇




「だはー、つかれたーーーーーー」

「お嬢様、みっともないですよ」

「ごめんねデボラ。でも稽古の方が何倍もマシだよぉ」

「ふふ。どうでしたマリユス殿下」

「どうもこうも。めっちゃ王子! めっちゃくちゃ王子!」

「なんですかそれ」


 メイドのデボラは、私が赤ちゃんの時から側にいてくれていて、こうしていつも優しく労ってくれる。庭師のブリスとの間に五歳の女の子がいる、今や母親代わりの存在だ。


「お母様は」

「……離れに」

「そう」


 私の父も母も金髪碧眼。なのに私は黒髪黒目。

 母であるクリステルは、別の男との密通を疑った父の親戚筋(父は全く疑っていない)に責められ続け、心を病んでしまっている。


「こんなにそっくりなのに。色ぐらい、なによ」


 そう愚痴りながら手鏡を覗きこむのは、私の癖だ。

 なにせ、目鼻立ちは父にそっくりなのである。高い鼻筋、切れ長で吊り上がった目。可愛くない。でも誇りに思っている。

 

「ニホンジンの生まれ変わりだからって、色を持ってこなくても」

「あらあら。また前世のお話ですか」

「どうせ夢物語って思ってるんでしょ」

「どうせなら物語でもお書きになったらどうですか」

「いーやー。字書くの面倒だもん」

「はい。そんなクロ様に、お手紙のご用意ですよ~」

「げえ!」

「お茶会のお礼状。書かなければお父上であるアルベリク様が恥をかくのですよ」

「はいはい。恥なんて、もうかいてきたけどね!」

「なにやっちゃったんですか!?」

「えへへ~」


 日本の普通の会社で働いていた普通のOLが、交通事故に遭った。

 気づいたらそんな『記憶』が、私にはある。

 

 だからといって、転生特典? らしきものは、なにもない。

 一風変わっている。それだけ。なにも得しない。それどころかむしろ、この色のせいで母を不幸にしている。


 私が剣術を鍛えているのは、それが理由だ。(表向きは、父が騎士団長だから、と言ってある。)


 腕っぷしがあれば、女でもどこかの田舎でやっていけるだろう。

 王都にある騎士団長の邸宅から出ることばかり、考えている。

 



 ◇


 


「デボラ、どうしよう」

「殿下へのお返事ですか」

「うん。そもそもなんで文通始まった!?」

「お手紙書くからです。当然、返事が来ます」

「これって、こっちから止めてもいいものなの!?」

「絶対ダメです」

「ですよねぇえ~~~~?」


 私は、自室の机の上に上体を投げ出した。

 形式ばったお礼状を渋々書いて出したら、また返事が来た。天気が良かったから鷹狩りをした。森に行ったことはある? 的な。

 あるよ、めっちゃあるよ、何なら今でも現役で修行してるよ、と思いながら返事を出さなきゃと思って――『今は新緑の季節だから、野生動物は子育てが始まります。あまり狩ってはダメですよ』って今思えば失礼なこと返したよ。

 そしたら今度は『知らなくて可哀想なことをした、気を付ける』って返って来て。

 

「ええっとじゃあ。お手を煩わせるのも恐縮ですし、お返事不要です。これでどうだ!」

「……」


 デボラがものすごく生温かい目で見てくるのなんでだろう? と分からなかった自分を恥じたいですよね。


 

「はああ。『じゃあ、もっと話したいから、僕個人のお茶会に来て欲しい』ってなんでそうなるぅー!?」


 翌日また、机の上に上体を投げ出した。

 デボラが「もう一着ドレス、作っておいてよかったですわ」と生温かい声を頭上からかけてくる。


「へ? いつ作ったの?」

「殿下のお茶会のすぐ後に、いつものテーラーへ」

「採寸してないけど」

「お茶会用ドレスを作られたでしょう? サイズ表、ございますことよ」

「ぐへええええええ」


 いよいよ私のアバラ、折れるかもしれない。どうせ折るなら、稽古で折りたかった。




 ◇




「やぁ、クロード嬢」

「ご機嫌麗しゅう存じます、殿下」

「今日はふたりだけだし、堅苦しいのは抜きにしようよ」

「はあ」

「マリって呼んで欲しいな」

「マリ様?」

「うん! クロード嬢のことは、何と呼ぼう」

「じゃあ、クロで」

「クロ嬢」


 にっこり、まっぶし!


 銀髪に窓からの日光が反射しております。麗しゅう存じます殿下。

 宮殿の広い廊下で肘を差し出されましたけど、これ、エスコートってやつですね。手じゃなくて肘ってハードル高いぞ。

 といいますか、お迎えはいつも近衛騎士が――

 

「今日は天気がいいから、中庭にしたんだ」

「左様でございまするか」


 察しが良すぎますね殿下。緊張しすぎて武士になっちゃったよ。


「ふっふ。ふっふっふ。嬉しいな、その色」

「へ?」

「ドレス。僕の色」

「へあ!?」


 銀色のアフタヌーンドレスは非常にシンプルなラインで、コルセットもそれほど縛らなくても良いゆるさであるし、何よりデコルテから二の腕にかけてを銀糸の刺繍が覆っているので肌も見せず、気に入ったデザインなのだ。

 さすがデボラ、と思っていたらそんな仕込みが! と今さらながら戦慄している。

 

「僕もほら」


 えへん、と胸を張るマリ様は、珍しく黒いタキシードを着ている。アスコットタイも黒シルクだ。


「クロの色」


 ちょ! え! え? 鈍感な私でもさすがに分かるぞ! これは、アッピールというやつだ!


「あ。やっと通じた。ふふふ。赤くなっても可愛いね」

「いきなり全力出すの、やめてもらっていいですか」

「……徐々にならいい?」

「ダメです」

「えー」


 えーて。

 あのお茶会でのめっちゃ王子っぷりはなんだったの?


「肩凝るでしょ。いつも通りにしてね」

「……私の首、飛びません?」

「ぶっふふふふ、と、とばないよ……くくくく」

「だってー」

「団長、物騒な話しすぎじゃない?」

「それはそう。……ですわよね」

「っくくくく。もう、最高だ」

「だいぶ変わってますね、殿下」

「うん。素が出せる人に会えて嬉しいなって。あと殿下呼び禁止」

「だから、全力出すのやめてください。マリ様」

「えー」


 私としては、ガゼボ周囲で護衛についている昔馴染みの騎士たちの、視線が痛くて仕方ない。

 父親的に見守る感じが、居心地悪いから止めて欲しい。ギッと睨んだけどニヤリを返されるのもまた嫌すぎる。――あれ?


「マリ様」

「ん?」


 ガゼボに設置されたテーブル。

 椅子に腰を下ろすまでをエスコートしてくれたマリ様は、まだ私の側にいたので、ふと見上げた。

 日の光が白い大理石の太い柱に反射して、濃い紫の瞳がまるで宝石のように煌めいている。思わず見蕩れながら、私は無遠慮に言ってしまった。


「あの見慣れない近衛騎士は、マリ様専属でいらっしゃいますか?」

「っ」


 甘やかな空気は一瞬で掻き消える。

 私にはそれだけで十分だった。


 咄嗟に、テーブルの上にあったフォークを逆手に持ちながら素早く立ち上がり、マリ様を背に庇おうと体を前に出した。

 見慣れない騎士は、既に抜剣して間近に迫っている。


「何者だっ!」


 叫んだのは、刺客への牽制と周囲への注意喚起のため。

 案の定、すぐにこちらへ走ってくる護衛たち。


「近衛失格!」


 敵の剣がマリ様に届く方が速い。

 手首をねじ上げるしかない、と頭の中で想定して構えると、


「ううん、わざとだよ」


 私の頭上から、穏やかだけれど有無を言わさない迫力のある声がした。


 ――ぼこん! と一瞬で地面が凹む。巨大なモンスターの足跡かというくらいに。当然刺客は穴の中に落ち、尻もちを突いて呆然としている。


「え」


 フォークを下ろさないままそろりと視線だけで見上げると、マリ様は私の肩越しに手を前へ差し出し、

 

「僕の楽しみにしていたお茶会を襲うなんてね。焼くか」


 右手の先には、ぼぼぼと炎が産まれている。

 

「ひえぇ」

「あ。素になり過ぎちゃった」

「やっばい、カッコイイ」

「え!」


 私の中の厨二病魂が、思いっきりくすぐられてしまった。


「マリ様、魔法使い!? すご! すごいです!」

「あっは! 君はやっぱり、変わらないね。大好きだよ」

「ええ!?」


 目の前では、騎士たちが慌ただしく刺客を締め上げて連行していく。背景とセリフのギャップが激しすぎて、意味が飲み込めない。

 

「覚えてない? 昔、ひ弱な魔法使いを森で助けたの」

「……あ」


 さて、場所を変えようかとマリ様は宮殿内へエスコートし直す。

 私は懸命に記憶を辿るのに必死で、素直に従った。


「八年くらい前でしたか……?」

「! うん!」


 歩きながら、私は独り言のように思い出したことを口に出す。


「森で修行していたら、魔法を練習している男の子に会いましたね。魔力が膨大すぎて制御できないし、その才能を恐れた勢力に暗殺されるかもって泣いてました」

「泣いてたのは、思い出して欲しくないなあ」


 この世界では、魔力は先天的な才能であり、魔法使いは存在そのものが希少。魔力がある分、体も弱いと聞いている。

 

 魔法を初めて見た私は、あまりのすごさに感動しまくって、その子をたくさん褒めたのだ――

 


「凄い、凄すぎるよ! ほら、才能って欲しいって願わなくても、手の中にいつの間にかあるようなものでしょ。あるって分かったら、好きになってあげないと自分が可哀想だよ。私もね、この色のせいで母様が心を病んでしまった。けどそれはもうどうしようもない。だから私にできることをしようって思ったの」

「できる、こと?」

「うん。強くなって、辺境へ行こうと思ってる。家族のこと好きだから、力になりたいの。国を守って、娘のお陰だ! てなったら、母様も少しは生きやすいかなって」



 ――あああー! はっず!



「僕は、誰も恨まない君の考え方に感銘を受けた。君と一緒に夢を叶えたいと思った。僕もね、王子の癖に魔力持ちだからって、母は魔族との密通を疑われたよ」

「!」


 足を止めたマリ様の横顔は、悲しさと寂しさを浮かべていた。

 

 扉が開かれ、豪華なシャンデリアの下がった部屋に通される。視線の先にあるバルコニーに据え置かれたテーブルには、お茶とお菓子がセットされてあるのが見えた。


 肘に手を添えたまま部屋の中を進み、大きなガラス扉を出ると、爽やかな風が頬を撫でる。裏庭に面したバルコニーは、派手さはないものの丁寧な手入れがされていることがすぐに分かった。


「素敵……」

「うん。華やかな中庭も良いけど、僕は素朴な裏庭が好きなんだ」


 ふたりが向かい合ってテーブルに着くと、メイドがお茶の用意をし、ポットからそれぞれのカップに注ぎ、頭を下げてから下がっていく。

 

 マリ様は、再び口を開いた。

 

「僕は父も母も兄も好きだし、この国も好きだ。クロ嬢と出会って以来、人前では決して魔法を使わないようにして、修行を頑張ってきた。頑張れたのは、君がくれた言葉があったからだよ」

「マリ様……」

「クロ嬢も知っての通り、今隣国は我が王国の資源を狙って、あのような刺客を放ってきている。だから……」


 私は、顔を上げて正面の王子をじっと見つめた。

 

「情勢が悪化したから、先日のお茶会を開かれたのですか?」

「それもあるけど、クロ嬢に縁談が持ち上がりそうになってね」

「え」

「焦ったよ……間に合って良かった」


 王子の婚約者選定のためのお茶会ともなれば、年頃の独身令嬢たちにとっては、何よりも優先事項になる。騎士団長で貴族事情に疎い父でさえそうなのだから、他の家も軒並み縁談の動きを一旦止めるに違いない。


 私はこれでも、森で獰猛どうもうな獣と戦ってきたし、普段は血気盛んな騎士たちに混ざって稽古もしている。


 マリ様の目を見てわかった――あっ、これ、逃がす気ないやつだ、と。


「……僕は公爵の地位を拝領し辺境をしっかりと治めるつもりだ。クロ嬢となら、一緒にあの土地へ行って頑張れると思っている。でも急な申し出だし、よくよく考えて」

「はい。お受け致します」

「返事は急がな……え?」


 容姿端麗な王子が、キョトンとしている。


「いま、なんて?」

「お受けします、と言いました」


 ガシャン、と音が鳴った。

 マリ様が焦ったのか、手のひらをテーブルの上に置いている。高そうなカップ、割れてないかな? と心配になった。


「え、と。考えなくていいのかな?」

「断らせる気、ないですよね」

「それはっ……そうだけど」


 ほら、やっぱりね。


「私、楽しかったんです」

「え?」

「お手紙。今までの会話もです。だから」

「ああーもう。嬉しい! すぐ婚約しよう! 団長、近くにいるかな!?」

「あっは!」


 貴族令嬢が大口を開けて笑うのは、とても行儀の悪いことなのに、マリ様は

「うわー、笑顔も可愛い!」

 とニコニコしてくれて、何よりも

「嬉しいな。すごい嬉しい!」

 顔を赤らめて喜んでくれた。


 それを見て胸がギューンとなった私は、チョロい。でも良いんだ。私も嬉しいもの。


 ――これで、ちゃんと家を出られる。




 ◇




 バタバタと婚約し、あっという間にお披露目パーティの日になってしまった。宮殿内のバンケットルーム脇の控え室で、マリ様とふたりして出番を待っているこの状況。実感はわかないし落ち着かない。

 

「そう緊張しないで、クロ」

「無理です。命ごと吐きそう」

「えー」


 この場でマリ様がブルイエ公爵位を受け、辺境に移住することも発表される。つまり私も公爵夫人……緊張しないなんて無理だ。


「それにしても、陛下も王妃殿下も、引くほど喜んでましたね」

「うん。ずっと初恋の話してたからね」

「……」


 実際はそんな甘酸っぱいものではない。『貴女が見つからなかったら、王国中を焼いて回って見つける勢いだったの』と王妃殿下、ほぼ半泣きだった。めちゃくちゃお礼言われたよ。


 私の父も父で、「我が王国最強の魔法使いと結婚とは。めでたいぞ!」て強さが基準かよ! とツッコミたかったのを必死に我慢した。さすが脳筋。やばい、思い出したら頭痛くなってきた。

 

「クロ?」

「大丈夫です。今から令嬢になります」

「分かった。僕も王子になるね」


 これらは、あまりにもくだけすぎた私たちの合言葉だ。いわば、モード切替の呪文。私が令嬢もどきにちゃんとなれているかは疑問だけれど、マリ様は――

 

「はぁー、本日も麗しくていらっしゃるわ」

「なんて素敵なのかしら」


 誰がなんと言おうと、パーフェクトプリンスである。

 だから、こんなことになる。

 

 


 ◇

 



「殿下! 今一度お考え直しを! このような野蛮な方を婚約者にだなんて」


 ジュリエンヌ・ドゥボー公爵令嬢は気位が高く、伯爵令嬢の私がマリユスの婚約者に選ばれたのが気に食わないらしかった。悪口は吹聴されまくったし、勉強のために王族お抱え教師の元へ通っていたら、宮殿内で嫌味言われまくるし、散々だった。

 そんなことを相談するまでもない、とあえてマリ様には言っていなかったけれども、今手を添えている彼の肘から、ものすごい熱が立ちのぼっている。


「ジュリエンヌ嬢。私の婚約者をそのように悪し様に言うということは、私自身への誹謗中傷でもある」

「っ、騎士に混じって稽古などと、汚らわしいですわ! 影で何をしているか、お調べにはなられまして!? 娘は母親に似ると言うではございませんか!」


 ――怒りで血が上りすぎて、鼻から焦げ臭い花火のような匂いがする。

 

 暗に私が騎士たちと関係を持って、かつ母が父以外の人間と密通したと言ったな。直接言及はしてないけど。嫌だな、貴族って。暗喩なんかせずに直接言ってくれたら良いのに。

 

「はあ。めんどくさいな。焼くか」


 ――ぼん!


「へ?」


 気づいたら、ジュリエンヌ嬢ご自慢の金髪が、チリヂリに黒く焼け焦げていた。


「な、な、え?」


 花火みたいな匂いって、マリ様の火魔法の匂いだったんだ。納得ぅ……


「あ、ごめん。怒りすぎて魔法暴走しちゃった。許してね。近衛、このご令嬢を速やかに退出させよ」

「は」

「は」


 あ、親戚のおじさんか、てくらい仲良いふたり、青筋すっごいね。めっちゃ乱暴に引きずってった……ヒール片方落ちてるよ……


「さて。お見苦しいもの見せてしまったね。すまなかった、皆の者!」


 にっこりとパーフェクトプリンスに戻ったマリ様は、言ってのけた。


「無礼者にしか発動しない魔法だから。安心してくれ」


 そんな力技も好きって思っちゃう私、結構毒されてるなぁ。




 ◇

 



 ガタガタ揺れる馬車は、いかにクッションに気を使ったとしても、腰が痛くなる。


「うわー、辺境って思った以上に辺境ですね!」

「うん……王都から七日はかかる……この距離が重要だしね」

「そうですね、王都到達まで時間を稼がないと……ってなぜ不機嫌なのです?」

「なんで、結婚式延ばしたの」

「辺境の人々の前でしたいんですってば」

「だからって」

「いきなり『来ましたーよろしくー』も戸惑うでしょう? 仲良くなるきっかけにしたいんです」


 本当は、初夜を先延ばしにしている。多分バレてるけど。まだ覚悟が決まらないのは、許して欲しい。だってここまで急ぎすぎだよマリ様。そんなトップスピードで走らんでも。


「はあ。もっと惚れさせるにはどうしたら良いのかな」


 物騒なことを言われてる。怖いです。


「……早くしたい」


 ぬわ! な、ななななにを!? て聞いたら負けだ!


「あいつに、負けたくない」


 珍しくブサイクな顔で眺める窓の向こう、馬上にいるのはロンゾという幼なじみだ。

 

 赤い短髪に青い瞳の彼は、分厚い胸板で高身長に恵まれた、明るい性格の良い男である。物心ついた頃から稽古を共にしてきた、同い年の十八歳。

 父も認める剣技の持ち主で、辺境の地は面白そうだからついていく、と来てくれた心強い味方であり、従士から叙勲して念願の騎士になった。

 マリ様はなぜか彼のことが気に食わないらしく、顔を見る度にぶつくさ言っている。


「ロンゾのことは、なんとも思ってないですよ」

「……」


 視線を感じたのか、ロンゾがこちらを向いて、窓越しに目が合って――にぱ、と笑う。ネアカワンコめ、と思いながら軽く手を振る。


「ぐぎぎぐぐぐ」

「げ。なんかすごい音してますけど」

「負けないよ……」


 なんかまた焦げ臭い。えーと、気を鎮めたまえー。


「クロ、何してるの」

「マリ様の髪の毛を結ってます」


 さらさら銀髪を、三つ編みにしていく。編み込みにしても可愛いかもしれない。


「すごい綺麗ですね」

「……そう?」


 やっとご機嫌が直ったのに、いざ着いたブルイエ公爵領の中心都市では、また別の問題が待っていた。


「辺境騎士団長の、ジュール・カアン。第二王子だか騎士団長の娘だか知りませんが、ここにはここのやり方がありますんでね。勝手は許しませんのでそのおつもりで。何より、女のくせに剣の稽古などと。王国騎士団長も耄碌もうろくしたものですな」


 初見で色々ぶっ込まれたため、怒りのカラス令嬢(自分で言う)、売り言葉に買い言葉で辺境騎士たちと勝ち抜き戦やるはめになっちゃったよね……


「嗚呼クロ。やっぱり最高だな。ずっとこうやって、一緒に戦っていこう」

 

 ってまあ、溺愛されてるから、いっか。



「ジュールとか言った? 口だけ団長。さっさとかかって来なさいよ」


 

 真っ黒な私は、私らしく。

 ――今日も、剣を振るう。

 



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カラス令嬢と蔑まれた私ですが、第二王子に溺愛されて自分らしく暮らします 瑛珠(えいじゅ) @Ei_ju

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