第39話 アビス

 壺の悪魔アスモデウスは、蓋をカタカタさせながら悔しそうにルークを睨む。


「……いいだろう。我の知っている『時の女神に挑む者』について教えてやろう。これはクロノア様が遊び相手に送る称号なのだ」


「えっ、女神様は遊び相手がほしいの?」 


「新しい我が主よ。クロノア様はダンジョンを統べるお方。様々なダンジョンを創りだしたが、それを攻略する者がおらず嘆いておられるのだ」


 けど、冒険者の人達がダンジョンからアイテムを取ってきたりしているよね。それとは意味が違うのかな?


「エリンの疑問には僕が答えよう」


 ルーク君。私、口に出してないからね。


「冒険者は安全が確保されたダンジョンには潜るけど、未知のダンジョンには潜らない。つまり攻略難易度が高い特級ランクのダンジョンは、未だにほとんどが攻略されていないんだ。だから、クロノア様は不満なのさ」


 アスモデウスは、壺の表面を器用に動かし頷いてみせた。


「だが、僕はそんなことを知りたいんじゃない。この称号の効果を教えろと言っているんだ」


「グヌッヌヌヌ……まあいい。我は器が大きいのだ。答えてやろう。『時の女神に挑む者』の称号を持つ者は、ダンジョン内で様々な恩恵が得られるようになる」


「恩恵だと? どんな恩恵なんだ」


「それは知恵の悪魔である我も知らぬ——お、おい。待て! 本当に知らぬのだ! この称号はクロノア様が相手に合わせて効果を決めておられる。授かる人によって効果が違うのだ。かつては、ダンジョンにいる間は歳を取らなかったり、魔力が無尽蔵にあふれ出したりなどがあった」


 エリンとシャルは「す、凄すぎる!」と驚いていたが、ルークは姿勢を変えずアスモデウスを見つめていた。


「続きはどうした。まだあるんだろ? デメリットが」


「……もちろんデメリットもある。だが、それも人それぞれなのだ。攻略せずにいると、ダンジョンから魔物があふれ出すスタンピードが起きるなどな。カッカッカカカ」


 ルークは笑う壺を無視して、己の称号について考える。

 もともとダンジョンには定期的に通うつもりだった。特級ダンジョンまで攻略するつもりはなかったが、これが義務づけられたと考えればいいだろう。

 あとは俺がダンジョンから受けられる恩恵が何なのかだな。その内容によっては、悪質な称号とは言えないかもしれない。


 ルークは気を取り直して、シャルに向き直る。


「遅くなったけど、それでシャルの女神の宝箱は何が入ってたんだ?」


「……ん!」


 シャルは手を伸ばし、1本の瓶をルークに見せる。瓶は透明なガラスのようなもので出来ているが、中身は黒い煙が渦巻いていた。


「なんだコレ? ……いきなり開けるのは危険そうだな。壺というトラップもあったことだし。これで確認してみよう」


 ルークはシャルから瓶をもらい『コレクト』と唱えた。

 カードの名前を見ても、ルークには聞いたことがない物であった。


「アビスって書いて——」


「ブホォォォォォ……あ、アビスだと!? クロノア様はなんてモノを宝箱に入れたのだ!」


「壺さん、知ってるなら教えて。アビスって何なの?」


「アビスというのは、時の女神クロノア様が創りだした特殊な魔物。次元の穴を作りだし相手を消し去る恐ろしいヤツだ。しかし……その瓶を見る限り、アビスの一部と言ったところか」


 ルークは『リリース』と唱え、カード化を解除した。

 じっくりと瓶の中の黒い煙を眺めていると、シャルの方へ行こうとしていることに気づいた。


 善し悪しは別として、あの変態悪魔もクロノア様からの悪意のないプレゼントだったようだし……信じてみるか。


「シャル。僕はこの蓋を開けてみようと思う。女神の宝箱から出た以上、クロノア様からのプレゼントだ。どんなに最低なものだったとしても、あの壺よりはマシだろう」


「る、ルーク君、酷いよ。壺さんだって——」

「貴様、我が主がハズレを引いたみたいに言うな。失礼であるぞ!」


「ハズレは黙っていろ。お前のような変態悪魔のせいで、僕の耳にお前の言葉がこびりついているんだ。バブバブ……」


「「バブバブ?」」


 エリンとシャルが不思議そうな顔でルークに聞き返す。


「アベブブベボォォォ! 違う! 違うのだ! もういい、わかった。我はハズレ。正真正銘のハズレです。はい、ハ・ズ・レ!」


 壺の悪魔アスモデウスの渾身の顔芸を、3人はスルーしアビスの瓶に集中した。壺の蓋をカタカタと鳴らし注意を引こうとするが、エリンに「しぃーだよ」と言われると壺は嬉しそうな表情になり大人しくなった。

 

「よし、開けるぞ! ——スポンッ!」


 瓶の蓋が抜けた途端、モワモワッと黒い煙が瓶から抜け出し、シャルの顔の近くをぐるぐると回る。

 シャルが人差し指をアビスに近づけると、指とじゃれるように黒い煙は動いた。


「か、かわいい。まるで猫みたいだね」


 エリンのその言葉に反応したかのように、黒い煙は一カ所に集まりだした。そして小さな猫を形作る。


「「「オオッ!」」」


 真っ黒な子猫の形になったアビスは、シャルの肩に乗り顔をスリスリする仕草をした。とても煙とは思えない滑らかな動き。

 しかし、シャルが黒猫の頭をなでると、黒い煙は霧散してしまった。


「触れるのはダメみたいだな。けど器用なもんだ。少し離れたら本物の黒猫にしか見えない」


 霧散した黒い煙は、ゆっくりと地面に落ちるとシャルの影に溶けるように消えてしまった。シャルはアスモデウスを睨み付ける。


「壺。アビス消えた……どうなった?」


「……まさか、我を呼んだのか? 壺と呼び捨て……いや、そもそも我は壺ではない。よく聞け、我は知恵と欲望の悪魔アス——」


「壺さん、そういうのいいから早く教えて。シャルちゃんが困ってるんだよ」


「承知しました、我が主よ。アビスは闇や影と同一化することができます。特級ダンジョンでは、影に潜み次元の穴をつくり出すことで、転移トラップを仕掛けることもありますな。まあ、コイツは相手を直接攻撃できないひ弱なヤツですからな。カッカッカカカ」


 ルークは今の言葉を聞いて、すごい形相でシャルの両肩を掴む。


「す、凄いじゃないか! アビス、凄いよ! シャル、転移トラップができるか試してみてくれないか?」


「アビスちゃん、凄いね! それにかわいいし!」

 

 シャルの影から黒い子猫に扮したアビスが、頭をチョコンと出してきた。シャルはアビスに猫語で会話を試みる。


 シャルとアビスが見つめ合いながらニャーニャーと会話する姿に、エリンは完全にメロメロになってしまった。


 その間、壺の蓋がまるで自己主張するかのように激しくカタカタと揺れていたが、気づく者は誰もいなかった。



――――――――――――――――

後書き失礼します!


本作は元々カクヨムコン9用に書き始めた作品です。

12月の終わりに思いつきで書き始めたこともあり、期限内に10万字に届かず……

そしてストックも今回で無くなってしまいました。


続きを書くかについては、検討したいと思います。


ここまで読んでくれて、本当にありがとうございました!

他作品も含め、引き続きよろしくお願いします!

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女神に嫌われた元勇者。二周目は『カード化』スキルで成り上がる。目立たないように生きている? いえ十二分に目立っていますから! ヒゲ抜き地蔵 @tady16

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