第38話 知恵と欲望の悪魔

「ヒィィィィィィィィ!」


「エリン、大丈夫か! すぐに腕を引き抜け!」


 エリンは一生懸命腕を抜こうと引っ張るが、壺に食いつかれたままだった。


「いやだァァァ。えっ? キャァァァァァァ! 気持ち悪い、気持ち悪い。なんか舌みたいのになめられてるよー」


「クソッ。こうなったら仕方がない。壺を破壊する。シャル、壺を動かないよう抑えててくれ」


「わかったニャ!」


 シャルは回り込み、ルークの反対方向から壺を両手で押さえた。

 ルークはエリンのショートメイスをカードから戻し、両手で振りかぶる。

 壺めがけて振り下ろそうとしたとき、エリンは壺から腕が抜け勢い余って後ろにひっくり返った。


「いたたたぁ。ぬ、抜けたよ! けど……ヨダレみたいのがついてベトベトだよ……」


「エリン、腕も無事についてるし大丈夫でよかったニャ!」


「ああ。とりあえずこの悪質なトラップは破壊しておくか。女神の宝箱に罠が仕込まれるなんて聞いたことがない」


 ルークが壺に近寄ると、壺の表面の模様がまた動き異様な顔を作りだした。


「ま、待つのだ。軽い冗談ではないか!? 我が輩はアスモデウス。知恵と欲望の悪魔である。我が主の命により来てやったぞ」



「「壺がしゃべった!」」 



 エリンとシャルが驚く姿を見て、「カッカカカ。我の登場に驚いたか下等種族どもよ」と壺は笑っていた。


「2人とも騙されるな。これは罠だ! けど安心してくれ、僕が破壊する」


「愚か者め。この大悪魔アスモデウスを破壊するというのか? そんなこと——ブヘェェェェ」


 ルークはしゃべる壺めがけて、ショートメイスを思いっきり振り抜いた。重鈍な音をたて壺は吹き飛び壁に激突した。


「かってぇぇぇぇ……なんつう硬さしてんだよ!」


 ルークの持つショートメイスは、途中から折れ曲がっていた。

 3人は警戒したまま壺に近づいていくと、アスモデウスと名乗る壺の表面が動き出した。


「き、きさま……我になんという無礼な——グッベェヘェェェ」


 ルークはナイフに紫色のオーラを纏わせ、壺を斬りつけた。そして一心不乱に何度も何度も斬り続ける。


「ま……まて……」


 ルークはさらに斬りつける。


「ゆる……無礼を……ゆるしゅから……」


 表面がダメなら口や目を狙って斬りつける。


「た、たのみゅ……はなし……きいて……」


 ルークは斬りつけるのを止め、ナイフを下ろす。


「や、やっと……我の話を聞く気になった——」


「『コレクト』!」


 ルークは壺に手をあて、カード化してしまった。

 ふぅ……とため息をつくと、エリンとシャルに向き直る。


「いやぁ、本当に硬いわ。今の僕だと壊せないから、とりあえずカード化したよ。後でどこかに埋めておこう」


 一部始終を見ていた2人は、ドン引きしていた。


 あの壺は自分のことを悪魔とか言ってたっけ?

 そうだとしても、問答無用にも程があるよ。ルーク君!?

 必死に何か言おうとしていたのに、ルーク君は全く聞く気がないんだもん。ひどいよ。


 エリンはしゃべる壺に同情していた。むしろ仲間とさえ思ってしまった。


「ルーク君。なんか偉そうな壺ではあったけど、悪い壺じゃなさそうだったよ。少し話を聞いてみた方がいいと思うんだ」


「そうかな。僕はわざわざ罠にかかる必要はないと思うんだ。あれは言葉で人を惑わせる類いの罠だよ。たぶんね」


「そうかもしれないけど、ちょっとだけでいいから話をさせてもらえないかな? 私の宝箱の中身だったし」


 ルークは少し悩むと、両手をあげた。


「そう言われると僕は勝てないよ。それじゃあ、カードから戻すけど危険を感じたらまたカード化する。これは譲れない」


 エリンが頷くのを確認してから、ルークは壺をカードから戻した。


「わ、我になんということを——」


 壺が何か必死に訴えようとしたとき、慌ててエリンが口を開く。


「壺さん。とにかく私の言うことを聞いて。下手にしゃべると、どこか深くに埋められちゃうの! 壊されなくても、一生地面に埋まったまま過ごすことになるんだよ」


「へっ? 埋める!? 我を地面に埋めるというのか!!」


 3人が真顔のままでいると、アスモデウスはゴクリと生唾を呑む。

 壺が大人しくなったのを確認した後、エリンが口を開いた。


「わ、私はエリンだよ。壺さんは私の宝箱から出てきたの。こっちはルーク君とシャルちゃん。私の友達ね。壺さんのこと、私に教えてほしいな」


「うっうっ……悪魔の我に天使が舞い降りるとは……」


 エリンはツッコミたい気持ちをなんとか抑える。


「我は知恵と欲望の大悪魔アスモデウス。我が主からおもしろいヤツがいるから、気に入ったら手を貸してやれと言われたのだ。『はい』と答えたら、つ……壺に……まさか……壺に……されるなんて……」


 しゃべる壺は、カタカタと悲しげにふたを震わせた。

 

「おい。おまえを壺にした愉快な主って誰なんだ?」


 る、ルーク君。愉快な主って……そこは一緒に悲しむところだよ。

 

「……貴様には言わん。我の気持ちを理解しようともしない——ま、待つのだ! 我に近寄るな! クロノア様だァ! 時の女神クロノア様!」


「やはりか……もう1つ質問だ。『時の女神に挑む者』って知っているか?」


「うむ。その言葉を聞かなくなって久しいな」


「し、知っているのか!?」


 ルークの食いつき加減を見て、アスモデウスはニヤリと笑う。


「教えて欲しいか? それならば、今までの無礼を——お、おい。貴様何をする気だ!? 待て、聞きたくないのか?」


 ルークはアスモデウスを無視し、気になっていた壺の蓋を開けてみた。

 中を覗いたルークは、すぐに蓋をしめ後ろにヨタヨタと下がる。


「る、ルーク君。何があったの?」


「……ん。シャルも見たいニャ」


「や、やめておいた方がいい。酷いモノを見せられた。さすが欲望の悪魔……いや変態悪魔と呼ぶべきか。お前、壺の中身が何か知っているのか?」


 ルークの問いに、アスモデウスは当たり前だと言わんばかりに答える。


「自分で見ることはできないが、クロノア様からは『お前の欲望が入っている』と聞いている。どうだったのだ? 我の欲望の正体を見たのであろう」


「それをエリンとシャルがいる前で聞くというのか……どうやら僕はお前を過小評価していたらしい。僕が見たのは、お前がクロノア様からオム——」


「ストォォォォォォォォォォォォォップ! 待て! 一体何の話だ! いや、説明しなくていい。絶対に説明はするな。するんじゃないぞ!」


 アスモデウスは激しく動揺していた。壺なのに一目見てわかるぐらい動揺していた。


「そう言えば、僕はさっきお前に質問していたことがあったよな。なんて質問したんだっけ、確かオムツを交換し——」


「違う! 違います! 『時の女神に挑む者』は何かって質問です! 勝手に質問を作らないでください!!」


「しょうがないだろ。質問してから答えが来るのが遅いんだ。僕だって時間が経てば質問したことを間違えることもあるよ。それで『時の女神に挑む者』の称号をもらうとどうなるんだ?」


 アスモデウスは、目の前にいる悪魔ルークから絶望を覚えるのであった。



――――――――――――――――

後書き失礼します!


ここまで読んでくれて、ありがとうございます。


少しでも気に入って貰えたり、続きが気になる方は

【★マーク】や【レビュー】で評価や【フォロー】して貰えると

とても励みになります!


これからも、よろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る