オマケ

「まぁ! お誕生日パーティーの招待状!? 男の子から!?」

「はい」


 ジェイドが目を爛々と輝かせて私の手元を覗き込んだ。

 彼に向かって招待状を広げて見せる。子どもにしては綺麗な字で私の名前と、場所と日取り、そして「絶対来いよ!」というメッセージが添えられている。


 子どもらしいかわいらしいお誘いにほっこりした。

 前世では身近なところに子どもがいなかったので、学校でも周りの子どもたちがやることなすことかわいく思えてしまう。

 今世では同い年のはずなのに不思議だ。


「あらー! あらあらー! やっぱり男の子は放っておかないわよねぇ! アイシャちゃんかわいいもの!」

「はぁ、我がことながらどうやらそのようで」

「照れ方は可愛くないのよねぇ」


 胸を張ったら苦笑いされた。


 お父様もお母様も可愛い可愛いと、蝶よ花よと育ててくれたし、自分で鏡を見るにつけ、かわいらしい容姿だと思う。

 少なくとも前世よりは断然見目が良い。


 だけれど、肝心の一緒に暮らしているノアからは「かわいい」と言われることがほとんどないので、だんだん「私の勘違いなのでは?」という気がしてくることもままあった。


 一応ノアのことを美形だと思う程度には、世間と同じ感性を持って人の容姿を判断できていると思うのだけれど……徐々に分からなくなってきていた。

 学園で「アイシャちゃんすっごくかわいい!」と言われてやっと、仮説が実証された気分だ。

 やっぱりかわいいんだって、私。改めて考えるとすごいことだなぁ。


「そんなの行かなくていい」


 ノアがむすっとした顔で言い捨てる。

 ジェイドが「あら」と口元を手で覆った。そして私に近寄ってくると、そっと耳打ちする。


「ずっとあんな感じなの?」

「はい。招待状を見せてから、ずっと」

「はぁ。小さい男ねぇ」

「聞こえてるんだけど」


 不機嫌そうな声が割り込んできた。


「どうしてそんなに行きたいの」

「だって……お友達、作りたいです」

「友達?」


 ノアの言葉に、頷く。


「私もジェイドさんみたいなお友達が欲しいです!」

「んまぁ〜!!!!」


 ジェイドが飛び上がったかと思うと、思いっきりハグされた。

 魔法使いとは思えない恵体のジェイドのハグは子どもには強烈すぎる。

 中身が出る、と思った。


「なんて可愛いこと言うんでしょう! そんなこと言っても何も出ないんだからね!」


 私を抱き上げてぐるんぐるん回るジェイド。

 彼からは何も出なくても、私の中身が出てしまう。


 ノアがやめさせようと彼の脛を蹴って、逆に足を痛めていた。肉体的にひ弱なノアでは魔法抜きでは太刀打ちできない。

 やっと下ろしてもらって、ふわふわした頭が落ち着いてきたところで、改めて尋ねる。


「ジェイドさんと旦那さまは、どうやって知り合ったんですか?」

「え?」


 ジェイドが目をぱちぱちと見開く。

 そして隣にいるノアの顔を見た。ノアは顰めっ面で彼を見上げている。

 ジェイドは冗談めかして私にウインクを投げながら、言う。


「アタシから猛アタックしたのよ。ね?」

「気味の悪い言い方やめてくれる?」



 ◇ ◇ ◇



 その日、アタシはノアのことを探していたの。

 最年少記録と同じ年で魔法大学に入って、しかも首席だったっていうので有名人だったから、一方的に知ってはいたのよね。

 大学の中庭をふらふらしてるノアを見つけて、声をかけたの。


「見つけた! あんたノア・ヴォルテールでしょ!? 首席の! 飛び級の!」

「は?」


 その頃のノア、今よりもーっと愛想がなかったのよね。

 これでも結構丸くなった方なのよ。

 もう完全に「話しかけるな」って感じのオーラバシバシ出しながら、冷たく言うわけ。


「だったら何」


 でも、その時アタシは留年の瀬戸際だったのよ。

 ちょっとやそっとツンツンされたって引くわけには行かなかったから、ノアの態度はまるごと無視して縋りついたわ。


「お願い! 魔法教えて!」

「はぁ?」


 今でこそノア、喜んでアイシャちゃんに魔法教えてるけど……あの時はほんと、冷たかったわ。


「大学まで来て何言ってるの。自分で勉強すれば」

「それが出来たら苦労しないわよ!」


 一応、アタシなりにはやってたのよ。でも問題は勉強の方じゃなくて、実技だったのよね。


「このままだと単位落としちゃうの。お願い!」

「僕には関係ない」


 もう全然聞く耳持たないって感じでツンツンしてるノアと喧喧諤諤やってたら、その時ふっと、燃えるような赤い髪の女の人が通ったのよ。

 その人は何歩か進んで、「あ」とか言って振り返ったの。


 正面から見て、アタシも「あ」って思ったわ。

 その人、赤の大魔導師様だったんだもの。式典の時と違ってメイク薄かったから、一瞬誰かと思っちゃった。


「ノア! そっか、もう魔法大学入ったんだっけ」

「先生!」


 赤の大魔導師様に、ノアが一瞬で駆け寄っていって。

 その横顔見て、アタシ気づいちゃったのよ。あ、この子絶対この人のこと好きだわ、って。

 だってあんなにきらきらした目で、ほっぺた赤くしちゃってるんだもの。さっきまでのツンケンしてた人とは別人みたいだったわ。


「飛び級、頑張ったね」

「はい、先生の指導のおかげです」

「あはは、ノアの実力でしょ」


 頭撫でられて、照れくさそうにしちゃって、可愛いのなんの。

 もう、夢中って感じ。全身から「好き好き!」って溢れてて。いいわよねぇ、ほんと。青春だったわ。


 何だか微笑ましくなっちゃって、勝手にうんうん頷きながら見てたら、赤の大魔導師様がこっちを見たのよ。

 こんなこと言うと失礼だけど……大魔導師様っていう割には、髪の毛以外はあんまり印象に残らない人だったわね。何だか、普通の人って感じだった。

 その人がアタシに向かって話しかけたの。


「ノアのお友達?」


 そこでピンときたのよ。

 閃いたのよ。

 ノアには悪いけど……これを利用しない手はないって。


「ちが、」

「はい! そうでーす! 今魔法教えてもらってました!」

「はぁ!?」

「そうなんだ!」


 ノアの言葉を遮って答えると、赤の大魔導師様は嬉しそうに笑ってたわ。

 その笑顔に、ノアが一瞬で骨抜きになっちゃうのが見えた。


「しっかり教えてあげてね」

「う、」


 そうやって微笑まれて、ノアが「嫌です」なんて言えるわけ、ないわよねぇ。


「……はい」


 機嫌良く赤の大魔導師様が去っていったあと、ノアが三白眼でアタシを睨みつけたの。さっきまでのきゅるんきゅるんのお目目はどうしちゃったのかしらって感じね。


「いいか」


 ノアがさっきまでの甘えた声が嘘みたいな低い声でアタシに言ったわ。


「お前のために教えるんじゃない。先生に頼まれたからやるだけだ! 先生の優しさに感謝しろ!」

「理由はいいわよ、何でも」


 びしびし指を突きつけながら言われて、アタシはもう苦笑い。

 とにかく単位を落とさずに済む方法を教えてもらえたら何でも良かったのよね。


「アタシ、魔法苦手なのよね」

「何で魔法大学来たんだよ」

「魔法警察に入りたいから」


 その頃から、ううん、もっと前から、アタシは魔法警察に入るのが夢で。それには魔法大学を出るのが一番良いから、ちょっと無理して進学したのよ。

 まぁそのせいで全然、ついていけなくなっちゃったんだけどね。


「昔、魔法管理局の人に助けてもらったことがあってね。あの人に恩返しがしたいのよ」

「ふぅん」

「ちょっと、聞いてる?」

「どうでもいい」


 ノアはばっさり切り捨てた。

 信じられる? 将来の夢的な話をどうでもいいとか言ったのよ、この男。

 アイシャちゃんはこういう夢のない大人になっちゃダメよ。

 でも、切り捨てた後で……ノアは言ったの。


「だけど先生に任された以上は絶対に、単位を落とすなんて許さないからな」


 それで、ノアに魔法を教えてもらったんだけど。これまで丸暗記で乗り切ってきたから全然基礎がなってなくって。

 「そもそも魔力を魔力回路からうまく引っ張って来られてない。基礎からダメ。魔法解剖学からやり直して」とか言われちゃって。


 でもテストは迫ってるし、そんなに悠長に時間かけてられなくて。

 そしたら、ノアが言ったの。


「……何かないの? 得意なやつ」

「え?」

「先生が言ってた。好きな魔法が一番上達するって」


 それで、考えてみたのよ。

 アタシが魔法が苦手なのは、自分の手を離れて、制御できないものになる気がしちゃうから。

 手元で使う点灯とかはまぁ、そこまで問題ないんだけど。手から離れていく魔法……その時の試験は《火矢》で20メートル先の的を撃つって試験だったけど……そういうのになればなるほど、何だか自分とは別のものって感じがしちゃって。うまく魔力を集中出来なかった。


 自分の体のすぐそばで使えて、制御が分かりやすくて。そういう魔法の方が苦手意識が薄かったの。

 その中でも一番が、《攻撃》だった。


 だってただのパンチを、ちょっと勢いよくするってだけだったから。他のに比べたら分かりやすかったのよ。

 それで、ノアが考えたのが……


「《火矢》!」


 で、ヘロヘロでも何でもいいから《火矢》を作り出して、そのお尻に向かって……


「《攻撃》!」


 で、パンチを当てることだった。

 試験でも見事に成功したわ。火矢はものすごい勢いで飛んでいくと、的のど真ん中を貫いた――っていうか、粉砕したの。


 もうもうとたちのぼる土煙の中、アタシは拳を握りしめたわ。

 やり切った、って感じがしたのよね。何だか、すごく。


「いや、しかしねジェイドくん」

「イエーィ! グータッチ!」


 何かを言おうとした先生に、間髪入れずに拳を突き出したの。

 そうしたら、《攻撃》の魔法陣を手の甲に描いた拳を目の前にして、先生は黙った。


 もちろん先生をぶっ飛ばすつもりはなかったわ。その時は。でも……そうね。そのつもりになったら、いつだって。

 そういう気持ちを込めて、わざと勿体つけて、先生ににっこり微笑みかけたの。


「あら。ごめんなさい先生。何かおっしゃいました?」

「………………」


 まぁ、そういうわけで、アタシは無事試験に合格して。そこから卒業まで、ううん、卒業してからも、何だかんだ一緒で。まぁ、腐れ縁ってやつなのかしらね。



 ◇ ◇ ◇



 まさか二人の出会いに、私が立ち会っていたなんて。

 全くもってジェイドのことを覚えていなかった。前世の私は本当に人間への興味が薄すぎる。人の顔と名前を一致させるのも得意じゃなかったし。


「せっかく誘ってもらったんだもの。行っていらっしゃいな。何がきっかけで友達になるかなんて分からないものよ」

「でも……」


 私の頭をそっと撫でてくれるジェイド。

 ちらりと先ほどから反対しているノアの様子を窺う。

 ノアがやれやれとため息をついて、私の顔を見た。


「別に怒ってるわけじゃない」


 私に言い聞かせるように話す。そこで一度言葉を切って、ぼそりと付け加えるように言った。


「……僕が行ってほしくないだけ」

「あらあら」


 机に頬杖をついて、拗ねたようにそっぽを向くノア。


 やけに子どもっぽいその仕草に、昔の彼を思い出して嬉しくなった。

 椅子から身を乗り出して彼の頭をよしよしと撫でてやる。


「旦那さま。帰ってきたら旦那さまともちゃんと遊んであげますからね!」


 ノアがきょとんとした顔で私を見て、そしてはぁ、と大きくため息をついた。


「……伝わってないわよ、ノア」

「うるさい」


 くすくす笑うジェイドと、彼を睨むノア。今日も仲良しで羨ましい。

 私も頑張って友達を作ろう。作ろうと意気込んでできるものではない気もするけど。


 改めて手元の招待状に目を落とし、ハッと気がついた。


「お誕生日のプレゼント、何がいいでしょうか」

「プレゼント?」


 ノアが怪訝そうな声を出す。ジェイドに肘で小突かれていた。


「お招きいただくんですから、何か持って行った方がいいですよね」


 二人を横目に、私は招待状をぱたぱた開閉しながら思考する。


 お誕生日パーティーといえば、プレゼントだ。

 前世ではお母さんと一緒にいた頃にやった記憶しかないけれど、確かそういうもののはず。

 今世でもお誕生日はお父様やお母様だけでなく、親戚からもたくさんプレゼントをもらっていた。


 でも、何をあげたら喜ぶんだろう。今時の子どもの喜ぶものがまったく想像できない。

 私がお母さんからもらって一番嬉しかったのはフクロウだけれど、生き物はプレゼントには不向きだし……汎用性で言うなら、黒蜥蜴の丸焼きとか?


「……それなら」


 うんうん唸る私を眺めていたノアが、ふっとほんのわずかに口元を緩めて、言う。


「魔法がいいんじゃない?」



 ◇ ◇ ◇



「アイシャ・スペンサーです。本日はお招きいただきありがとうございます」

「ヴォルテールだろ」

「…………」


 ノア同伴で誕生日パーティーに現れた私を、招待してくれた男の子がぽかんとした顔で見上げていた。

 うん。いきなり保護者同伴で来たらそうなるのは仕方ない。

 と思ったのも、束の間。


「だ、大魔導師様だ!」

「うわ! 本物だ!」

「カッケー!」


 ノアがすぐさま子どもたちに取り囲まれていた。

 彼は一瞬「ゲッ」という顔をしたものの、すぐに澄ました顔を取り繕って、子どもたちをあしらっている。


 ひとしきり騒いだ後、当然の疑問が呈された。


「でも、何で大魔導師様が?」

「お誕生日のお祝いに、魔法をプレゼントしたくて! 連れてきました!」


 私は準備してきた答えを返しながら、ぱぱーんと両手を広げる。

 ノアも普段の無愛想な様子はどこへやら、ひらひら軽く手まで振ってくれた。


「好きな魔法を見せてあげるよ」


 ノアのその言葉に、また子どもたちの目がきらきらと輝く。

 やっぱり魔法ってすごい、と思った。だってノアの一言で、みんなこんなにきらきら、楽しそうにしている。

 そう。魔法って、楽しいのだ。


「じゃああれやって! 爆発するやつ!!」

「分かった。どの建屋なら消し炭にしていい?」


 うん?

 何だか風向きが怪しい、ような。

 いやいや、流石にノアでも、まさかそんなリクエストに本気で答えたりはしないだろう。

 やったら怒られそうだなと、私にだって分かるくらいだし。


「あと魔法生物召喚するやつ! すげぇ強いの!!」

「ドラゴンとかでいいかな」


 ドラゴン?

 あの、ドラゴン?


 咄嗟にノアの顔を仰ぎ見た。彼は特に何てことのない表情をしている。


 ドラゴン。

 召喚術のゼミの教授をして「バカみたいに魔力量が多い奴が一生に一回、若気の至りで召喚すれば十分」と言わしめたあのドラゴンだろうか。


 ちなみに私も召喚したことがある。魔力量は潤沢だったので問題なく召喚できたが、ドラゴンの面倒なところはそこからで……なかなか、帰ってくれないのである。

 往路でがっつり魔力を持って行かれた状態で、かつ送り返すだけの魔力を残しながらドラゴンの「説得」をするのはなかなか骨が折れる。だからこその「一回で十分」だ。


 帰ってもらうための方法をいろいろと検討して、実際に試したくなった私は2回目の召喚も行ったのだけれど――結果は振るわなかった。まだまだ検討の余地がある。

 ちなみに教授は「1回で懲りなかったのは君で2人目だ」と驚愕していた。なお、1人目はもちろん教授本人である。


 けれど、そうか。今ならまた別の手段が試せるかもしれない。

 ノアがどう対処するのかも見てみたい。


 それに何より……ドラゴン、やっぱりワクワクする。


「《爆破》」


 ついついドラゴンに気を取られて、え、と思ったときには手遅れだった。

 私の眼前には、庭園の東屋が見事な爆炎を散らして消し飛ぶ様が繰り広げられていた。


 その後ジェイドが通報を受けて駆けつけて、ノアはこってり絞られたのだった。

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元大魔導師、前世の教え子と歳の差婚をする 〜歳上になった元教え子が私への初恋を拗らせていた〜 岡崎マサムネ @zaki_masa

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