第11話 転生人生

 1年後、シリゼ王国でお付き合いをしている私とルトガーのもとにベルンハルト殿下が遊びにやってきた。


「お久しぶりです、殿下」

「大変ご無沙汰しております、ベルンハルト殿下」

「元気そうで安心した、ルトガー。レディ・シルヴィアも……」


 たった1年では老けもせず、むしろ輝きが増したかのように思われる美貌を振り撒きながら、ベルンハルト殿下はそっと私の手を取る。


「一層お美しくなりましたね。飛ぶ雁も貴女の美しさには羽ばたきを忘れてしまうでしょう」

「それ学生のときに私が言いましたよ」

「あれ、そうでしたかね? 相変わらず隙がありませんね」


 ハハハ、と明るく笑うベルンハルト殿下の隣には別の護衛がいるのだけれど、私達の淹れる紅茶なら問題ないと殿下は毒見をしなかった。


「ところで、アントワネット王子妃殿下はお元気ですか?」

「うーん、まあ、元気は元気ですね。学生の頃ほどの元気さはないのですが……」


 ちなみに、1年前の送別会を最後にアントワネットはエクロール王国へ行ったので、私はこの1年間顔も見ていない。最後の最後にあんな別れ方をしたせいか、アントワネットも連絡一つ寄越さず、お陰で私はアントワネット・ブルークレールもとい水島さんとは全く関わらずに平穏な生活を送ることができている。やはり悪役令嬢は国外追放してなんぼだ。


「元気ならいいのでは? 仰っていたではありませんか、第二王子妃を迎える際に非常に揉めたと」

「はは、まあそうなんだけどね。さすがに第五王子妃まで迎えればもう何も言わなくなったよ」


 そんなアントワネットはいま、エクロール王国の後宮で大変ストレスの多い日々を過ごしているそうだ。


 これはすべてベルンハルト殿下から聞いたことなのだが、アントワネットは、エクロール王国が一夫多妻制だと知らなかったそうだ。多分、例の『カルカル』では「ベルンハルト王子と結婚して幸せに暮らしました、めでたしめでたし」としかなっていないのだろう。ゲームではどうのこうのと終始話していたアントワネットらしい知識の偏り方だ。


 もちろん、ベルンハルト殿下が学生のうちに見初めたアントワネットが第一王子妃だし、アントワネットも最初は幸せそうだったらしい。ただ、その栄華と幸福は一ヶ月と続かなかった。ベルンハルト殿下が、幼馴染に当たる公爵令嬢を第二王子妃に迎えたからだ。当時のアントワネットは愕然とし、激昂してベルンハルト殿下をなじり、しかも第二王子妃に嫌がらせをしてしまって謹慎処分まで食らった。


 なお、根付いている文化はその国の常識、誰もアントワネットの肩を持たず、なんなら「王子に妃が一人しかいないなんて、子が成せなかったらどうするんですか」と呆れ諫めたそうだ。軍事大国のエクロール王国では後継ぎがボンボン死んでもおかしくないので、王や王子はホイホイ妃を娶り、ポンポン子を産んでもらってなんぼなのである。


 アントワネットは離婚まで考えたそうだが、これまたエクロール王国では「婚姻」とは神による儀式であって「離婚」は認められない。お陰でアントワネットはエクロール王国から出てこない、ありがとう、エクロール王国、アントワネットを引き取ってくれて。


「ただちょっと……先日、第二妃に息子が産まれてね」

「え! おめでとうございます!」

「ありがとうございます、レディ・シルヴィア。今回はその報告もかねてだったんですが……」


 第二王子妃が懐妊した話は聞いていたのだが、そうか、このベルンハルト殿下が父親になるのか。ある日同級生が突然母親になっていたときの衝撃を思い出してしまった。


「まあそれで、アントワネットも機嫌が悪いといいますか。一時は大変でしたよ、アントワネットも懐妊したと虚偽の情報が出回りましたし、第二妃は度々命の危険にさらされましたし、第五王子妃の懐妊を聞いたときは家出するところでしたし……」


 誰が王子の寵愛を受けることができるかとバトルの繰り広げられる女の地獄・後宮。王子であるベルンハルト自身もその苦労を味わっているかのように、その穏やかな碧い双眸には疲労が浮かんでいた。


「アントワネットにお伝えください、ストレスがあってはできるものもできなくなると。そう焦らずのんびりしておけば子は授かれるでしょう」

「私もそう伝えるんですけどねえ……。エクロール王国では最初に生まれた男児が嫡子ですし、生まれた子の順序が母の王妃としての地位にも影響してしまいますし、なかなか気をもんでいるようで。負けん気の強さが裏目に出てしまったんでしょうか」


 学生の頃の話に戻るのだが、ベルンハルト殿下もルトガーも、アントワネットが私に果敢に嫌がらせをしていたことには気付いていたそうだ。ルトガーはドン引きしたそうだが、ベルンハルト殿下は「他の女を蹴落としても王子妃になろうとするその心意気やよし、むしろ女の園たる後宮でも強く生きることができるだろう」となんともトンチンカンな高評価をしていたそうだ。確かに王子妃が心を病んで困るのは王子、メンタル強めの女が望ましいのは分からんでもない。


 でも他人に嫌がらせをする連中は概して嫌がらせをされると弱いものだ。はがねは攻撃力が高い反面、弱点を突かれると紙のようにもろいように。その意味でベルンハルト殿下の評価はちょっとズレている。


 はあ……とベルンハルト殿下は珍しい溜息を吐いた。


「こう言ってはなんですが、私は本当に残念なのです、レディ・シルヴィア。宝玉さえくらむ美しさ、私達の入れ替わりを見抜く聡明さ、他者からの評価に信条を左右されないその精神力、魔物を前にしてルトに背を預け預けられる強さに胆力……ぜひとも私の妃になってほしかったというのに」

「王子妃なんてお世継ぎ作りが第一の義務じゃないですか。私はそんなのイヤだったんです」


 ちなみに、学生の頃、唐突にベルンハルト殿下(当時のロード・ルトガー)が結婚を提案したのは半分冗談半分本気だったそうで。


 しかし傷心中の私にとって、いきなり「王子様とアレコレしなさい、ちなみに奥さんはたくさんいるよ☆」なんてまっぴらごめんだったのだから仕方がない。しかもベルンハルト殿下とルトガーは逆、申し訳ないがベルンハルト殿下みたいな優男タイプは好みではないのである、結果オーライだ。


「つくづく残念です。いつでも第六王子妃の座は空けておりますので」

「あと一夫多妻制も嫌です」

「レディ・シルヴィアが第一王子妃のときにそう言ってくだされば善処しましたよ。……冗談だルト、お前から将来の妻を奪うようなことはしない」


 冷ややかな目を向けるルトガーに、ベルンハルト殿下はおどけてみせた。


「……どうでしょうね。殿下の女好きは留まるところを知りませんから」

「いやいや、考えてもみたまえ。私がなぜレディ・シルヴィアの拒絶をあっさり受け入れたと思う?」

「拒絶を拒絶する選択はないでしょう」

「そんなことはないとも、心を込めて何度も求婚する選択もあった。しかしルトガー、お前がどうもレディ・シルヴィアを気にかけているようだったから、部下の好きな女性を権力に任せて奪ってはならないと自らをいさめたのだ」


 うむうむ、とベルンハルト殿下はルトガーの肩に手を載せ、深く頷いた。


「特にお前は、いわば私の影武者として常に矢面に立たされてきた。そのせいで私はお前の人生からいくつもの楽しみを奪ってしまったのだ、これ以上何かを奪うわけにはいくまい」

「お気になさらず、私にとってはほんの些細な時間でしたから」


 いやあ、二十年弱は些細ではないだろうと思うのだが、まあルトガーがいいのならいいのだろう。


「ではルトガー、レディ・シルヴィア。今日は歓迎してくれてありがとう、次は二人のいい報告を待っているよ」


 そうしてベルンハルト殿下は隣国へと帰っていった。私達はのんびりと手を振ってその馬車を見送った。


「……いい報告か。結婚の日取りを考えているところですと伝え損ねたな」

「そうね。まあいいんじゃない、次の報告するときは式になってるでしょうし」


 ちなみに、ベルンハルト殿下の護衛の任を解かれ、シリゼ王国に残ったルトガーとお付き合いを初めてはや半年。私の傷心人生は十六年半でようやく終止符を打たれた。


 部屋に戻り、のしっ、とルトガーの背中に抱き着いてじゃれつく。銀城のことを忘れたわけではなかったけれど、ルトガーがいてくれるならまあいいか、と思うようになり、そのうち根負けして付き合った。

 でも、どこかのタイミングで好きになっていたのだと思う。いつの間にか、ルトガーがいないこの世界なんて考えられなくなっていたから。


「そういえばルトガー、貴方っていつから私のことが好きだったの? 言っちゃなんだけど、ちょっと趣味がどうかしてると思うの」

「本当に言っちゃなんだな。……まあ、いつからと言われると難しいんだけどな」


 ふむ、とルトガーは真面目に考え込む。


「……存外、入社時に一目惚れしてたのかもな」

「え? いつ?」

「なんでもない。そのうち話す」

「そのうちっていつ? ねえルトガー!」


 転生令嬢をやってるうちに傷心は癒えたし、自称親友の恋敵は国外追放されたし、まあゲームのシナリオは知らないままだけど、私は幸せにやっている。

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転生令嬢シルヴィアはシナリオを知らない。 @Anecdote810

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