晶はカッコいい転校生

桃もちみいか(天音葵葉)

俺の気にくわない生意気な転校生の名は晶

 俺のクラスは四年二組。

 一学期の途中で転校生がやって来た。


佐倉晶さくらあきらです。短い付き合いかと思いますが、よろしく」


 ヘンテコリンな挨拶だなぁと思った。

 会ったばかり、転校してきたばかりじゃないか。

 短い付き合い? なんで?


 佐倉晶は、髪型も決まってるし、女子にモテそうなアイドルみたいな甘い顔してる。

 服装もここらじゃ見ないぐらいあか抜けてる。

 佐倉晶は、東京から来たんだってさ。

 笑うと――、まぁ、たしかに俺でもドキッとするぐらいカッコよかった。

 どこかキザな野郎だなと、思った。


 休み時間にはクラスメートが揃いも揃ってみんな佐倉晶に群がり、他のクラスのヤツまで大勢見に来てた。



 佐倉晶は勉強も出来て歌は上手いし、何よりイケメンってやつだ。

 俺はちょっと面白くない。

 少しイラッとしながら、佐倉晶を眺めていた。


    ◇◆◇


 ある日、俺は演劇好きな母ちゃんと父ちゃんに連れられて、旅の一座が演じる武蔵坊弁慶という劇を市民会館に観に行った。

 劇が始まる前に一人でトイレに行くと、イヤなヤツに会っちゃった。

 隣りのクラスの乱暴者、杉谷だ。

 杉谷はアニメのガキ大将を崇拝しているヤバいヤツで、虫の居所が悪いと誰彼構わず喧嘩を仕掛けてくる厄介な問題児だ。

 めっちゃ迷惑〜!

 俺は市民会館の廊下で、杉谷と目を合わさないように頑張ってトイレに向かった。


 ――だが。


「おいっ、お前」


 むんずと後ろから服の襟を掴まれて、引っ張られた。

 目の前に杉谷の怪獣みたいな顔が迫る。


「なんだお前、二組のヤツだな。俺の顔見て逃げんなよ。ムカつくな」

「俺はトイレに行きたかっただけだ」

「嘘言うな。俺をじっと見てただろう。なんか文句あんのか」


 やめてくれよ、まったく。

 俺は誰か大人に助けを求めたかったが、あいにく劇が開演間近でトイレ前には誰もいない。

 俺は喧嘩が弱いし、誰かを殴るとか不得意だ。

 杉谷に大人しく一発殴られたら気が済んで、解放してくれるかもしれない。

 俺は一発殴られる覚悟を決めた。

 野蛮だ。理不尽だ。

 反論したい、反撃したい。

 だが、弱い俺は最小限のダメージで済ませたい。

 そうだ。俺が怪獣杉谷にかなうはずはない。

 俺は目をつぶって、ゲンコツグーパンチで殴られると思い、歯を食いしばった。


「やめたまえ」

「誰だ、お前」


 誰かが助けに来た。

 杉谷に襟首を掴まれたままで苦しかったが、俺は無理矢理声のした方を向いた。


 あっ――、あの人牛若丸だわ、たぶん。演劇のポスターで見たまんまの格好だった。


「人に名前をたずねる時は、まず自分から名乗るんだな」

「な、生意気なー」


 杉谷は俺の服の襟首を離し俺を突き飛ばし、牛若丸の人にワァーッと襲いかかる。

 俺は床にべちゃんとお尻を着いた。


 牛若丸の人はニヤッと笑って、後ろに跳んだ。

 杉谷はけられると思わなかったのか、床にザザッと顔から着地して転がった。


「乱暴はよすんだね。隣りのクラスの杉谷くん」

「「あっ――?」」


 牛若丸の人が涼しく笑う。

 俺と杉谷は素っ頓狂な声を出した。

 だって牛若丸の人をよくよく見たら、転校生の佐倉晶だったからだ。



      ★



 杉谷はかっこ悪い姿を見られたからか、尻尾を巻いて逃げて行った。

 俺は、佐倉晶のおかげで杉谷から殴られずにすんだ。


「ありがとう」

「うん」


 俺がお礼を言うと、はにかんだ佐倉晶の顔。とても爽やかで眩しく光って見えた。


「……佐倉。今度お礼したいから、良かったら一緒に出掛けようぜ」

「えっ? ああ、うんっ」


 俺は助けてもらった借りがあると、なんだかムズムズしそうで嫌だから誘っただけだ。

 なのに、佐倉晶はすっごく嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見たら、俺のなかのどこかがほわっとあったかくなった。


「僕、これからお芝居の本番だから。じゃあ、もう行くね。寺田君に観られてると思うと恥ずかしいけど……。楽しんでいって」

「あっ。ああ、頑張ってな。佐倉」

「頑張るよ」


 武蔵坊弁慶の話は絵本で知っていたけれど、佐倉晶の演じる牛若丸にめちゃくちゃすっげぇ痺れた。

 後ろの方の席の俺まで届く、凛と張り上げた響く声も凄かったなぁ。

 牛若丸は大男の武蔵坊弁慶の振り回す大きい槍をかわしたり橋の上を跳んだりして、最後には武蔵坊弁慶をやっつけて家来にしちまった。

 俺と同い年の佐倉晶が堂々と舞台で大人に負けない芝居をしていた。

 俺は佐倉晶の牛若丸が目に焼き付いてしまった。




    ◇◆◇




 佐倉晶と遊ぶ約束をしたもののアイツが土日には芝居の公演があるもんだから、平日の学校の放課後に二人で出掛けることにした。


 佐倉晶はこの町一番の美味しいケーキを食べに行きたいんだという。

 へぇ、ケーキねぇ。

 ちなみに俺の立てたプランは、俺行きつけの駄菓子屋に佐倉を連れて行って、公園で一緒にサッカーでもすっかとか思っていたんだけど。

 まあさ、俺も甘い物は好きだから良いけどね。


 待ち合わせは小学校前にした。

 夕方近いけど、太陽はまだまだ高くて陽射しが強い。

 約束の時間よりずいぶん早く来ちゃったな〜。

 俺は下をうつむいて、帽子を目深に被った。学校のコンクリで出来た正門に寄りかかると背中が暑くてびっくりして、すぐに門から離れた。

 ビビったぁ。あっちぃ。

 それから、二、三分したかなって時に、声を掛けられたから顔を上げる。

 

「寺田君、お待たせ」

「いいや、俺が早く来すぎただけだ、から? ……っ!?」


 ――俺の目の前に立っているのは、あの佐倉晶がスカートを履いて微笑んでいる姿だった!


「ちょ、ちょちょ……。ちょっと待って。お前ってさ」

「うん?」

「お前って女なのか!」

「ふふっ。失礼だな、寺田君。僕が男だと思っていたわけ? まぁ、そんな事だろうなとは薄々は感じてはいたけれどね」

「お前っていっつも男子みたいな格好ばかりしてるし! 佐倉が演じた牛若丸だって凛々しくバシッと決まってた。……そのカッコよかったよ。女子だとは知らなかった」

「凛々しいかぁ、ありがと。担任の田中先生は男子にも女子にも呼ぶ時は『○○さん』って、さん付けだもんねー。わざわざ『転校生は女子ですよ』とは言わなかった。それに着替えがある体育はまだないから分かんなかったんでしょ? 寺田君が勘違いするのも無理ないさ」

「佐倉、ごめん。あのいやその」

「ね、僕が男子だろうが女子だろうが構わないだろ? さぁ、出掛けようか。寺田君」


 俺は佐倉晶が女だって分かった途端に、なんだか訳が分からないけど、緊張して上がってしまい、顔が熱くなった。



 母ちゃんに教えてもらったケーキ屋さんは、カフェも隣りについていた。

 俺はティラミスで、佐倉晶はメロンのショートケーキを食べることにしたんだ。

 女子と二人で出掛けるのは初めてだったから、何を話したら良いのか分からなくなった。

 それに子供だけでカフェに入るのも初めて。ドキドキする。

 心臓がバクバクしてんだと思う。


「寺田君、寺田君ってば」

「あ、ああ」

「もしかして緊張してる?」

「……ああ、まぁ。そうだな、緊張してっかも」

「ふふっ。僕のこと、また男子だと思えば良いんだよ。僕ね、お芝居やってるからか目立つでしょ? 変な人に狙われない様に用心するよう両親に注意されてる。だから普段から男の子っぽくしてるんだ」

「そう。そっか」


 だけど、佐倉晶が男子には今更見えない。

 それに今日はなんでスカートなんだよ。まぁ、……可愛いし、よく似合ってるけどさ。


「今日はね、特別。寺田君と出掛けるのが楽しみだったから……。頑張ってオシャレしてきたんだよ、僕」

「佐倉は、俺と出掛けるのが楽しみだったんだ」

「うん、とってもね」

「俺なんかと」

「『なんか』って良くないな。寺田君って周りをよく見てるよね。消しゴムを忘れた時は貸してくれたし、他にもさり気なく助けてくれたじゃないか。寺田君はいいトコあるよ」


 佐倉晶にそう言われたら、胸のあたりがキュッとかムズムズとかする。

 俺のいいトコなんて俺は自分で気づかなかった。


「友達になってくれないかな? 僕さ、仲良くなる前に転校しちゃうんだ。いっつもね」

「仲良くなる前に? 佐倉はまた転校しちゃうのか?」

「うん、そうだよ。夏休みになったら今度は北海道に行くんだ」

「夏休みって……。もうすぐじゃないかよ」


 佐倉晶はにっこり寂しそうに笑った。

 俺は佐倉晶が勉強も運動も出来るしさ、旅の一座の人気子役者だって知って羨ましかったんだ。憎らしかった。そうだ。佐倉晶に俺は嫉妬をしてたんだ。

 ――なのに、さ。

 こんな、こんなに、なんで寂しそうに笑うんだよ!


「……良いよ。俺が佐倉の友達になってやる」

本当ほんとう? 本当に良いの?」

「おうっ。俺と佐倉は今日から正真正銘友達だ」

「ありがとう」


 佐倉晶の微笑んだ顔が嬉しくて、それにまただ、ドキッとした。


「佐倉さ、北海道に行ったら手紙書けよな?」

「絵葉書とか写真付きの送るよ。ただし、早く返事ちょうだいよ。僕はまたすぐ引っ越しちゃうんだ」

「わ、分かった。俺、字も文も書くの苦手だけど急ぐよ」


 カフェからの帰り道、近くの氏神様の神社の夏祭りのお囃子が聴こえていた。


「握手しようぜ」

「えっ?」

「……冗談だ」

「ふふっ。僕は良いよ、握手しよう」


 俺は、佐倉晶と握手をした。

 なぜか分からないけど、握手してみたかった。

 遠く離れる前に繋いでみたかった。

 ただ、それだけ。

 まー、恥ずかしかったな。

 佐倉晶と繋いだ手の感触は忘れた。

 けど、あったかかった気がする。




 夏休みになって、郵便ポストにラベンダー畑の絵の葉書が一枚届いた。

 俺は嬉しくて飛び上がった。

 

 ――約束したんだ。

 転校生の佐倉晶と――。


 佐倉晶と俺は友達になったんだ。

 手紙を出し合う約束をしたから、俺は首を長くしてアイツからの手紙を待っていた。

 佐倉晶も俺からの返事を待ってるはずだ。


 早く返事を書かなくちゃ。


 俺は葉書を買いに、汗かきがむしゃらに郵便局へ自転車を走らす。


 いつかまた、佐倉晶の牛若丸が見たいな。

 そう、葉書に書こうか。



         おしまい





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