第43話 兄の正義
* *
「ッ──!」
無数の異能の打ち合いの最中にこぼれ落ちた舌打ちは、兄英政が発したものだった。
英政が放った電撃属性の異能。
だらそれは絶縁物質を操る弟英次の異能によって阻まれ、そのゴムのような異能を前に英政は後退を余儀なくされる。
魔力の量も異能の質も明らかに英政が上。にもかかわらず、英政は弟を押し切れないでいた。
異能力者同士の争いは、操る異能の相性が決定的な意味を持つ。
そして複数の異能を操る魔術師同士の争いは、より相性の良い異能を的確に繰り出した方が、戦闘を優位に運ぶことができる。
──やはり行動が、読まれている。私の心情を、読んでいるだと?──
数百、数千もの異能の応酬の果てに、英政は戦況の原因を確信する。
英次は明らかに、英政の手の内を先読みしていた。それが圧倒的に劣勢なはずの英次が、五分に戦況を運んでいる理由だった。
英次の、さらに後ろに二人の少女が見える。
どういう理由か、逃げずにこちらに引き返してきた絵里と真奈美。特に絵里は、何かを訴えかけるように、しっかりとした瞳でこちらを見据えていた。
「この力は……あの娘の力か? ただの電流操作異能力者が、なぜ私の心情を読む?」
セフィロスコードに登録されている絵里の異能は、純粋たる電流操作異能力者であった。だが英次が用いてる絵里の力は、明らかにそれ以上の、心象さえも覗き得るもの──
「──そうか。そういうことか」
英政は、ようやく自らの疑問に合点を得て、わずかに眉を細めた。
彼が十年かけて作り上げた特区。
そして、特区に集まった富と権力とを引き換えに、異能の力と情報を集約させて編み上げた〝──樹形図の魔術書──〟(セフィロト・コード)。
この特区において、英政が知らぬ異能など、存在するはずがなかった。
だが金銭にも権力にもなびかず、ただ自由を選ぶ人も、この世にはいるのだ。
電流操作能力者の中でも、特級のイレギュラー。個人の心情をも読み取る能力者、それが絵里の正体か。
(私の心情を、覗き見ていたというわけか……)
英次の右腕が、英政の懐をかすめる。
着実に、確実に、弟の動きは英政の動きに連動してきていた。
英政の回避先を、絵里の力を持って先読みしたのだ。それは、セフィロスコードに登録されていない、来栖が知らない異能の力。
巨大な富と権力を有する特区をもって、異能力者たちを上から統べようとした英政には決して見えない死角。
そしてそれは、地べたを這い回った英次が見出した小さな間隙だった。
更にもう一つ、英政にとって不可解なの事実があった。
「おおおお!」
英次の雄叫びとともに、彼の魔力が再び増幅される。命を削っているなら、とうに尽き果てるはずの命。だが英次の力は衰えるどころか高まっていた。
その感情の、力の源に気づき、英政はわずかに口元を緩ませる。
それこそ英政が終生持ち得なかった感情。いや、持つことをついに放棄したもの。そして大きな正義をなし得るために、自身には不要と判断したもの。
「そうか、お前の力の源は、それだったのか……」
故に──英政が負けるは必然だったのだ。
それは、そびえ立つ塔の頂から人々を総覧しようとした男と──
地を這いずりまわりながら、塔を見上げた男の──
世界を相手に高慢なる「正義」を貫こうとした兄と──
自己ではなく、他の誰かのために戦った弟の──
──紙一重であり、絶対的な『格差』だった。
* *
嵐は去り、風は嘘のようにないでいた。
絵里は破壊されたドームの冷たい屋根の上で、英次と共に、仰向けに倒れている英政を見つめていた。
「……強くなったな、英次」
腹を貫かれ英政。彼は床を紅に染めながらも、静かにそんな言葉をそばにいる英次につぶやく。
魔術師とはいえ、あと数分で死に至る損傷。だがこの男の意識は依然として高潔を保っているように絵里には思えた。それが魔術師の王たる所以なのだろうか。
「──最後に答えろ、兄さんの目的はなんだ? なぜ人々に異能を解き放った?」
地に伏した兄を見下ろしながら、英次は言葉をつむぐ。
それは幾度となく繰り返してきた問いだった。
「ふ……目的か」
おそらく最後になるであろうその問いに、魔術師の王はおもむろに口を開く。
「……私の目的があるとすれば、あえて言えば、この世界そのものだ」
「こんな世界を作って、不幸な人間をたくさん生み出して、一体なんの意味があるんだ!」
やっと得た回答。だがそれは望んだものではなかったのか、言いようのない怒りに声を荒らげる英次。
「私の目的は、人類の真の解放。そのためになら、犠牲は厭わない……私はもとよりそういう類の人間だ」
「バカな、何を言っている? 人々を抑圧してきたのは兄さんの方じゃないか!」
言葉は、やはり交わらない。
幾度となく繰り返されてきた問答は、最後の場においても交わることはなかった。
兄の意識は、元より隔絶した領域にあるもの。それは特区の頂あっても、血塗られた冷たい床の上であっても、変わらぬ絶対のもの。
兄弟の言葉は、もとより交差しうるものではなかったのだ。
ただ兄の言葉が、彼の心からの真実の言葉であることだけは、絵里には理解できた。
「昔から兄さんは優しくて、賢くて……どうして……」
勝利者であるはずの英次は、まるで戦いに破れた者のように、力なく嘆く。
「フッ……お前にはそう見えていたか。だがお前のような感情を、私は終生理解できなかった。……だが、だからこそ、無し得た正義があったのだ」
「正義だと!? いったい何を言っているんだ、兄さん!」
怒りと苦悩に、込み上げてくる感情に依然として身を震わせている弟。
彼に対し、英政は静かな、だが優しい微笑みを浮かべ──
「英次、もうお前に兄はいない。──あとは自分で考えろ」
それが特区の王にして、魔術師の王たる来栖英政の、最後の言葉だった。
彼の言葉が真に意味するところは、傍にいた絵里にも、理解はできない。
ただ英次に向けられたその微笑だけは、純粋に弟を思う兄のものに思えた。
兄弟の魔法戦争 蒼空 秋 @reo0720
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