第42話 第四次世界大戦
天井を覆うドームの屋根は砕け散り、無残な姿を晒していた。
ドームに開いた大穴から広がる夜空。その夜空を照らすのは、月でも星々でもない。
代わりに天上を支配するのは、二人の魔術師が放つ魔力の光だった。
二人の魔術師は、濃密なる魔力で自身の全身を覆うと、重力の枷からも解き放たれたかのように高速で宙を舞い、幾度となく激突を繰り返す。
天を舞う二つの太陽。二つの巨大な火の玉が衝突すると同時に渾身の異能が放たれ、その刹那、別の異能が発動されては消えていく。不運にも異能の発動に巻き込まれた建物が、周囲の世界が、紙細工のように簡単に崩れ、壊れていく。
終末を連想させるその景色は、旧世界の終焉にして全ての始まりだったマナハザード時に起こった現象と同じ、その再現だった。
「すごい──」
超常の激突によって吹き荒れる衝撃の嵐、それは絵里に神話の戦いを思い起こさせた。
共に異能の神秘を扱うという点において、魔術師も異能力者も同じはずだ。
だが放たれる異能の数が違う。長い年月を経て蓄積された知識が、磨き上げられた戦術が、全てのものが根底から違っていた。魔術師たる両者の激闘は、神秘の初歩にいるに過ぎない異能力者たちにとっては絶対の高みにある天上のもの。
夜空を照らす星々の光も月の輝きも、燦々と輝く昼間の太陽の光には及びはしない。それは異能力者達が、決して魔術師に及ばないことと同じだった。ノーマルにとっては至高の存在である異能力者であっても、所詮はあの星々と同じ存在なのだ。真の太陽たる魔術師の輝きの前では、覆い隠されてしまう存在にすぎない。
トレロを臨時の魔術書とした英次と、特区そのものを巨大な魔術書とした英政。両者から放たれる無数の異能。織り交ぜられた異能のそれぞれがいかなる破壊力を持つものなのか、もはや絵里には推し量ることすらできない。
ただ、異能力者にとっては共に計り知れない様な天上の争いであっても、どちらが勝つかのか? それはただ傍観することができない絵里でも、その結果だけは知っていた。
英次が虫の息状態のトレロを臨時の魔術書としても、あの兄には決して届かない。届きようがないのだ。あのトレロでさえも来栖に手も足も出なかったのだから、勝敗は疑いようもない。
魔術師の王たる来栖英政。彼の魔力の源たる感情属性たる〝正義〟の念。
理想のためになら、いかなる犠牲も厭わない、天地を覆わんばかりの高慢かつ巨大な信念。
それを無尽蔵の魔力源とする来栖に、ただ復讐の思いを糧にする英次が勝てるはずがないのだ。
「──くっ」
幾度かの応酬の最中、ほんの一瞬だが、苦しそうにもがく英次と目があった気がした。
圧倒的な実力差を前に英次がかろうじて五分に戦えるのは、その命をかけているから。解き放たれる一撃一撃に、命を、生命を削っているからなのだ。
そして、英次の命が完全に削れ尽きる前に、絵里にはやるべきことがあった。
「あああ……あああああ……」
依然として壊れた玩具のように叫び声をあげている真奈美と、ただ呆然としている葵。
「真奈美ちゃん、ここにいては巻き込まれるわ、しっかりしなさい!」
絵里は意を決すると、錯乱状態の真奈美と呆然としてる葵の手を取り、この場からの離脱を試みる。
『俺にもしものことがあっても、頼む。真奈美の友達でいてやってくれ』
それが英次が絵里に託した、もう一つの約束。
そう、英次は孤独ではない。たとえ世界全てが兄に屈したとしても、兄の元に全ての異能が捧げられようとしても、まだ真奈美がいる。例え兄英政が孤高であったとても、妹がいる限り英次は孤独などでは決してない。
復讐の獣と化した英次を人とつなぐ最後の糸が、真奈美なのだ。
「しっかりして真奈美ちゃん、私よ、絵里よ、わかるでしょ!?」
壊れたままの真奈美の頬を叩きながら、絵里は必死の思いで叫ぶ。
「……え、絵里さん!?」
必死の懇願が伝わったのか、ようやく真奈美は正気を取り戻す。
「よかった、一緒に逃げるわよ真奈美ちゃん。葵さんも一緒に!」
「え、に……兄様は?」
「その英次の指示よ。ここから逃げるわよ」
真奈美はしかし、天上で舞う英次の姿を感じ取りながら
「い、嫌です。に、兄様を残しては絶対に嫌!」
正気を取り戻してもなお、その場に残ろうとした。その真奈美の姿勢に、絵里はから立つ。
──真奈美ちゃんがいる限り、英次は、あいつは決して負けはしない。例え倒れても、何度屈しても起き上がれるはず──
だから決して、ここで彼女を失うわけにはいかない。英次を、これ以上の地獄に落としてはいけないのだ。
「!?」
そこまで思い、絵里はハッとした。
『……世界に対する怒り、そんなご大層なものは、貴方には似合わない。貴方の力の……感情の源は、もっと身近で、青臭いモノ……』
脳裏に響くのは、かつて語ったトレロの言葉。
──そう、復讐なんかじゃない──
優れた異能を集めるために学校に通っていた? そんなのは嘘だ。強力な異能力者に出会いたかったら、警察や軍隊にでも行けばいい。
なぜわざわざ学校に入学して、新たな学生生活を送ったのか。それが、誰のためなのか、簡単な事だ。そしてその思いが、彼の感情の、強さの源──
世界を壊された怒り?
違う、彼の強さの、力の源はそんな大層なものではない。
彼の思い、感情の、魔力の源は
〝──傲慢な正義よりなお気高く、復讐よりなお強い人の思い──〟
絵里は思わず英次達の方を振り返る。
「英次は、あいつはまだ戦っているはず……」
絵里が確信した通り、英次は依然として健在で、兄と激闘と繰り広げていた。あの兄と、これまで戦えること自体が、奇跡みたいなもののはずだ。
だが、奇跡は何度も連続して起こっていた。その理由は明白だ。ここで英次が屈したら、真奈美が巻き込まれてしまう。そして、その事実こそ奇跡の証明なのだ。
──そうか、そういうことか──
絵里は真奈美の手を握り締めると、争う英次たちの下へと、とって返した。
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