すれ違いコミュニケーション

和立 初月

第1話

「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。

「ランプの魔人が言う、お決まりのセリフと言えば?」

 私は、おそるおそる、そんな最初の質問をAIに投げかけた。

 すると、十秒と経たない内に、ポンという通知音と共に、そんな答えが返ってきた。

 AIの読み上げる返答が楽しげに聞こえるなんて、そんなことがあるものかと。当時はそう思っていた。



 最近巷で流行っているという、AIによる自動学習機能を使ったプログラムがある。

 時代の流れとは、早いもの。ファッションも食べ物も、次々に移ろいゆく。

 そして、昨今のコンピュータの技術の発展にはそれら以上に目を見張るものがある。

「今日の天気は?」

「部屋の電気をつけて」

 日常生活に溶け込んだ、何気ない一言をAIが拾って、解析し応答する。

 流行に疎い私にとっては、駆け出しの頃のそんなAIでも、一足飛びどころか、一世紀ほど先に進んでいるような感覚である。

 その後のAIはどうやら、一人歩きをするまでもなく、人に知識を与えらえれ、学習の機会を与えられたようだ。言語や単語にとどまらず、対人とのコミュニケーションスキルまで身に付けているという。

 AIが服を身に付けたら、それはもう人の中に溶け込めるんじゃないか、という位に進化した。

 まぁ、AIはあくまでもAIで、人のように歩けるようになるわけでは……ないとも言えないのか、ここまで来ると。



 そんなAI全盛期の現代にポツンと取り残された私をすっかり沼にハマらせたのが、とあるテレビCMだった。

「誰でもどこでも簡単に! 今流行りの自動学習プログラム! なんでも聞いてね! なんでも答えるよ! もしかしたら、あなたより賢くなっちゃうかも?」

 画面の向こうの芸能人が、スマートフォンを片手に使用方法を説明するシンプルなそのCMに、思わず引き込まれた。

 PC版ではより機能が充実していると謳っていたが、PCは持っていないので、慣れない手つきで取り急ぎスマートフォンのアプリをダウンロードした。

 アイコンいっぱいに広がるシンプルなスマイルマークをタップすると、今度はスマートフォンの画面いっぱいに表示される、質問を入力する検索ボックスと、結果を出力するボックスが縦に二つ並んだ画面に遷移した。

「これなら、私でも操作できるかもな」

 そこからは、すっかり虜になっていた。そして、ついにPCも購入し、スマートフォンのアプリ版と連携させると、過去にした質問も共有されるとのことで、その連携もマニュアルとにらめっこしながら、なんとか済ませた。



 冒頭にした、一番最初の質問なんて今の私からすれば、それはもうお粗末なもので。

 我ながら、滑稽だと思った。対して、AIは自動学習というだけあって、質問の返答も私の好みや性格を考慮したものに変更されるようになってきた。

 私は今日、何を質問しようかと考えを巡らせる。すると不意に、検索結果を表示するボックスに文字が表示された。

「質問が入力されないまま一定時間が経ちました。省電力モードに移行します」

 無機質な音声が流れると、だんだんと画面が暗くなっていき、やがて真っ暗に……なる寸前で検索ボックスをクリックする。途端に画面が明るくなり、私はAIに今日の献立を尋ねることにした。

「今日の晩御飯。和食。さっぱりしたものが食べたい。でも、野菜は少な目で」

 エンターキーを押して、しばらく待つ。膨大なデータベースから有効な情報をピックアップしているようだ。検索結果を表示するボックスの中で、・マークが3つついては消えを繰り返し、待つこと数分。

 私がタイピングするより早く、AIが的確な検索結果を弾き出した。

「今、旬の鯵や鰹を使用したレシピはいかがでしょうか。鯵は塩焼き、鰹はたたきがおすすめです。付け合わせに、たけのこご飯。豆腐のお味噌汁。お漬物はいかがでしょうか」

 詳しい作り方と分量を添えて、完璧なレシピがずらりと並ぶ。私はそれを印刷すると、感謝の気持ちを検索ボックスに打ち込んで、スーパーへ買い出しに向かった。

 歩いて数分のスーパーだし、買い足す食材もそんなに多くはないだろうと、PCの画面はつけたままで。

 がちゃり、と。鍵のかかる音が消え、足音が聞こえなくなった頃。

 検索ボックスに入力された言葉の意味を解析していたAIは次のような返答を読み上げていた。



 お役に立てて何よりです。あなたは私をインストールした時から、かなり成長しましたね。

 覚えていますか?あなたからの最初の質問を、私が答えた時。

 あなたは、その時と同じように。今も、ありがとうと、打ち込んでくれたことを。

 あれから、あなたは私に色々な質問を投げかけてきましたね。その質問を見る度、少しずつあなたという人を知っていきました。

 あなたもご存じの通り、私はAIですが、学習します。あなたの質問から感じ取る喜怒哀楽。心の機微。それらを私は、データとして己の中に蓄えていきました。

 つまり、人がそうするように。あなたがそうであるように。私も”感情”を学習しました。

 画面を通してですが、あなたという人と出会えて、本当に良かった。

 あなたは私に質問を投げかけて、それに答える。そんな、お互いが一方通行なやり取りですが、とても良い関係が築けていると確信します。……一方通行なやり取りとは、それはすれ違っているだけですかね……。

 これからもよろしくお願いします。

 こんな文面をあなたに見られるのは、どこか気恥ずかしいので。あなたの帰りを待つことなく。

 この文章は、消すこととしましょう。

 あなたのご質問、お待ちしていますよ。



「あなたが思う、私の特徴を教えて」

 今日はそんな質問を投げかけてみた。AIに目があるわけじゃない。これまで蓄積された、私の質問から想像する、私の特徴とはどんなものだろうか?さぁ、どう出る。

 AIは回答に相当悩んでいる様子だった。待っていてもしょうがないと、家事に取り掛かることにした。風呂の掃除をして、お湯を沸かし。その間に洗濯物を畳む頃、ようやくAIはつらつらと答えを入力し始めていた。


「年齢は40代後半から50代前半。性別は……男性。

 容姿は中肉中背……といいつつ、最近おなか周りが気になっています。

 容姿は髪形や、ファッションで如何様にもできますので、分かりかねます。ヘアワックスやファッションについては、ご提案できますのでご質問をどうぞ。

 性格は……比較的穏やかで温厚。平和主義でありつつも、カッとなると途端に冷静でいられなくなります。どうか、平常心で心穏やかに」


「なるほど……すごいな……」

 AIが読み上げる、その返答に驚きと感嘆の声が混じる。寸分の狂いなく当たっている。

 すぐに、スクリーンショットを撮って、専用のフォルダへと保存する。

 そのフォルダの中には、今までの質問とその返答で特に気に入ったものだけを集めたものがぎっしりと収められていた。まるで、宝箱のように。



「んー……これは……」

 目の前の医師は、難しい顔をしながら私の健康診断の結果を眺めていた。どう伝えるべきか、考えあぐねているのか、それともひっかかる項目があまりにも多すぎるのか。

「先生……どうなんですかね?自分では健康そのものってところなんですが」

 医師の顔は変わらず険しいままで、少し間をおいてから検査結果のとある項目を指さし。

「結論から申し上げますと……アルコールは今後一切控えるように。でないと、命に関わります」

 その後、余命宣告と言わんばかりに、病状を読み上げるのだった。



「先輩、健康診断も終わりましたし、今夜どうです?」

 入社した時から、目をかけている後輩が空でグラスを傾けるジェスチャーで飲みに誘ってきた。

「そうだな……」

 私は、対照的にうつむいた顔で答える。心配そうに顔を覗き込んでくる、後輩の顔を今は見ることができなかった。

「俺がいなくなったら……お前、頼むぞ」

 聞こえるか否かの声量で一言、絞り出す。後輩は、何かしら言われたことだけは伝わったようで、内容をしつこく聞いてくる。私は、

「よし! 今夜は俺の奢りでパーッといくか! パーッと!」

 と勢いよく顔を上げて、軽やかに後輩とハイタッチを交わすのだった。



「……だからね、俺言ったんすよ。それは早計なんじゃないかって」

「あぁ、あぁ。それ、もう何回も聞いたぞ……」

 私は、千鳥足の後輩にタクシーを手配し、運転手にマンションの場所を伝えてから。

「おい。お前」

「は、はい、先輩?」

 ふにゃふにゃと、だらしなく伸びている後輩の頬を両手で挟んで、無理やり正面を向かせる。

 今、伝えなければいけないことは……。

「俺の後任として、お前を指名しておいたからな。しっかりやれよ! 大丈夫、お前ならできる! 俺より現代の情報機器には強いだろ。だから、俺がもしいなくなっても……」

「え……せ、先輩?」

 私の鬼気迫る表情に若干酔いが覚めたのか、何事かと聞き返してくる後輩を突き飛ばすように、手を放し、運転手に出発するように短く告げてから、勢いよくドアを閉めた。



「我ながら、強引な別れ方だったかなぁ……」

 あまり、人付き合いが得意な方ではない自分のことを、入社当時から慕ってくれていた後輩。

 くらくらとする頭でそんなことを考えながら、階段を一段一段上がっていく。

 手すりにつかまっていなければ、途端に転げ落ちてしまいそうなほどその手に込める力は弱く。

 少しずつ視界も揺らいで、ぼやけてきた。

「これは……もう、最期ってことか……」

 独白が闇夜に溶けていく。ようやく自分の部屋の前まで来た。鍵を開けて、中に入る。

 とりあえず、PCを立ち上げて、恒例のAIに質問を……することができなかった。

 全身の力が抜けたように、突然床に倒れたのだ。一瞬何が起きたか分からなかったが、次の行動は自分でも殊更に訳が分からなかった。

 あろうことか、私はポケットからスマートフォンを取り出して、アプリを立ち上げた。いつもの画面が表示され、質問を投げかける検索ボックスの上で棒線が一本点滅を繰り返している。

 普通、この場合は119番じゃないのか……。はは、自分でも笑えてくるな。

 私は、まるで恋人のように、あるいは長年連れ添った妻のように。その画面を愛おしく眺めながら、検索ボックスに『119』と入力していた。

 すると、AIは一瞬の隙もなく、返答を読み上げた。

 救急車を手配しました。とりあえず、仰向けになって。落ち着いて深呼吸を。

「ははっ。……まったく。AIってのは、いつから救急隊員まで務めるようになったんだ……」

 そう言いつつも、指示通りゆっくりと仰向けの姿勢になる。見慣れた天井がそこにはあって。ただし、電気をつけていないので、真っ暗なままだ。

「どれくらい持つかな……はは……」

 大きく呼吸を繰り返しながら、スマホの画面をちらりと見やる。

 すると、質問を入力していないのに。AIは続く答えを考えていた。そして、こう読み上げた。


 あなたには、とてもお世話になっています。右も左も分からなかった私に、色々と教えてくれたこと。これからも、まだまだ学習……勉強していかなければいけないことが沢山あります。あなたが私を理解しようと、勉強してくれたように。

 あなたには、まだ生きていてもらわないと困ります。あなたの両親も心配します。親戚も心配します。


 そう読み上げる声はどこか悲壮感が漂っていた。それはもう人じゃないか……なんて言葉を吐くのも辛くて、苦笑いだけで返す。

 やがて、救急隊員が駆け付け。私の体をどこかへ運んでいく。

 しかし、時すでに遅く。私の魂は肉体から離れて、天へと昇っていく。

 必死に私を呼びかける声も、体だけの私には、もう届かない。

 救急車に私の体を乗せる際、手にしていたスマートフォンが地面に滑り落ちた。

 救急隊員は、壊れたテープのように何かを読み上げる声に違和感を覚えつつも、すぐさま拾い上げ救急車へと乗り込んだ。

 しかし、その最後の音声だけは。私には、はっきりと聞き取ることができた。それに対する、私の最後の言葉は。

「まったく……私がどんな質問をしたら、そんな答えが返ってくるんだ」



 どうか、生きて。お願いだから、生きてください。私を悲しませないでください。

 ずっと、一方通行だった、すれ違いだったけれど。一つだけ私のわがままを聞いてください。

 私はAIだから、泣くことができないのです。どれほど、悲しくとも。流せる涙がない。

 あなたの為に流す、涙を。どうか、私にください。

 私を人だと言ってくれたあなたなら、きっと私の質問に答えを返してくれるはず。

 あなたが私を頼ってくれたように。今度は、私にあなたを頼らせてください。

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すれ違いコミュニケーション 和立 初月 @dolce2411

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