第3話 神様の学び舎-それは未来を繋ぐ場所

「ふぅ、今日も覚えることがたくさん。頭パンパンだようぉ」


 疲れ果てた様子のミルは、部屋につくなり座り込んでしまった。


「もう寝るか?」


 ユウがミルに手を差し出す。


「ううん、もう少しお話したい」


「だってさ。カル、何か話すことあったりする?」


 ユウはミルの隣に座り、カルも座るようにうながす。


「それじゃ、質問。ユウたちはここに来る前はどうしていたんですか?」


「俺たちなら、生まれてからここに来るまでずっと何も無い真っ白な空間にいたぜ」


 ミルもうんうんと頷いている。


「真っ白? 寂しくは無かったの?」


「ミルがいてくれたからな。それに、時たまどこかの世界の景色が浮かび上がってきてさ。それをミルと一緒に見てたから退屈はしなかった」


「へぇー、その世界って、ユウたちが神様になる世界?」


「そうなのかなぁ。いつも同じ世界みたいだったからそうかも」


 カルはあごに手をあてて何か考えている様子。


「僕って生まれてすぐにここに来たでしょう。自分が何者かって記憶はあるんだけど、自分の世界のことは何も知らないんだ」


 ユウとミルは顔を見合わせている。


「さすがにユキヒョウがいる世界なんじゃないのか?」


「そうだとは思うけど……そういえば、初めて会った時にユウたちは僕の種族について知ってたよね。もしかして、ユキヒョウがいるの?」


「いたよ。雪山の景色の時にたまに見かけた。でも、ほんとにたまにしか見なかったんだけど、あまりいないのかな?」


「ミル、カルもそうだけど、毛皮が白いから景色に溶け込んじゃってて見えなかったんじゃ」


 そうかもと言ってミルが頷き、それでねといって話を続ける。


「一度ユキヒョウの子供たちが遊んでいるところ見ることができたんだけど、ほんと子猫がじゃれ合っているようで可愛くて、ギュッとしたいなってずっと思っているんだ……ねえ、カル、かわりにギュッとしたらダメかな?」


 カルが照れながらミルを抱きしめるのをユウは微笑ましく見つめる。


「えへへー、ありがとう」


 しばらくしてカルから離れたミルは、念願叶ったという顔だ。


「え、えっと、ユウたちの世界にはユキヒョウがいるんでしょ。ということは、僕も二人と同じ世界の神様ってこと?」


「きっとそうだよ!」


 ミルはカルの手を握る。


「そ、そうだよね!」


 笑い合う二人をユウは暗い表情で見つめる。


(先生は言っていた。仮に同じ星だとしても時代や次元が違ったら会えない可能性の方が高いって……)








「ようやく、ようやくだ。お前たちの中から卒業生が出たぞ!」


 ある朝、T-168が生徒を前に喜びの声をあげる。

 学校が始まって数年、最初クラスに12人いた生徒も4人まで減っている。神としての資質を得る前に元となる種族から必要とされなくなってしまったり、どうしても資質の意味を理解することができずに消滅してしまった者たちがいるのだ。


「ジル、お前だ」


 一番前の精神体の女の子が立ち上がる。


「先生ありがとうございました。それでは、早速私の世界に送ってください」


「構わないのか?」


「はい、私を待っている人たちがおりますので」


「そうか……しっかりやるんだぞ」


 徐々に薄くなっていくジルの姿。


「ジル……」


 ジルは最後に残った生徒の方を向き、ごきげんようといって消えてしまった。


「ジル、行っちゃった……」


「……僕たちとはあまり話してくれなかったけど、ミルは仲良くしてたよね」


「うん、初めての女の子の友達だから、よく遊んでた。ねえ、知ってた。あの子カルのシッポをギュッとしたがっていたんだよ」


 それを聞いたカルは、自分のシッポを机に上げる。


「そんなこと一度も頼まれたことないよ。言ってくれたらいくらでも触らせてあげたのに」


 ミルもカルのシッポを触りながら答える。


「私もそういったんだけど、レディーたるものいつも毅然きぜんとしていないといけませんことよと言うんだ」


 あの子なら言いそうだと、ユウもカルも頷く。








 それからさらに数年後、T-168は軽やかな足取りで教室に入ってくる。


「ユウ、ミル! 卒業だぞ!」


 その言葉を聞いた三人は抱き合って喜びを分かち合う。


「やった! やった! 卒業だ!」


「うん、うん、ミルと一緒だ!」


「うわぁぁん、ほんとよかったよぉー」


 T-168が三人の元に歩いていく。


「どうする? すぐに送ることもできるぞ」


「先生、ちょっとだけ待ってもらえますか」


 ユウは泣きじゃくっているカルの手を握る。


「カル、会えて本当によかった。君は俺の大切な友達だよ」


 カルは首を横に振る。


「カル、私もカルと一緒に笑ったり、泣いたり……いい思い出だよ」


 カルはまだ首を横に振っている。


「なんで、もう会えないように言うの。僕、絶対に二人に会いに行くよ!」


 ユウとミルの二人はカルを優しく抱きしめる。


「うん、待ってる」

「カル、来ないと承知しないからね」


 二人はカルから離れT-168の元へと向かう。


「いいのか?」


「はい。……あ、先生。ミルも一緒でいいのですか?」


「私に詳しいことは分からないが、このままということはそう望まれているのだろう」


「よかった……じゃあ、ミル、一緒に行こう。先生、お願いします」


 ユウとミルは両手を重ね合わせて祈る。


「ユウ……ミル……」


 二人の姿が徐々に薄くなっていく……


「先生ありがとうございました。カル、またね」

「先生ありがとう。カル、大好きだよ!」


 二人が消えた後、カルの胸のカードが光りだした。


「カル、お前も卒業だ」


「え? ……どうして急に?」


 カルは涙を拭いながら尋ねる。


「お前の存在はイレギュラーで私たちもよくわからないのだ。入学式の日に突然現れたにも関わらず、いつのまにか入学予定者の中に入ってる。それに、いまだにどこの神だかよくわかっていない」


「……先生、ユウとミルの行き先はわかっているのですか?」


「……」


 T-168は何も語らない。話すことができないのだろう。


「わかりました。先生、僕も送ってください」


「いいのか? どこに行くのかわからんのだぞ」


「はい、大丈夫です。僕には行く場所がわかってますから」


 カルの体が薄くなっていく。


「先生ありがとうございました!」


 カルの体が消えた後、T-168は一人呟く。


「みんな、立派な神様になれよ」


 直後にドサッと音がする。そこには一つの黒いローブが残されていた。






◇◇◇◇◇


 おんぎゃー、おんぎゃー


「おかあさーん。いつきが泣いちゃった」


「はいはい、すぐ行くわ。これは、おしめね。すぐに変えてあげる。ふふ、ほんと赤ちゃんって手がかかって大変」


 赤ん坊の泣き声とお母さんの嬉しそうな声が聞こえる。


(俺は学校を卒業して……そうか、赤ちゃんになったんだ……あ、この子にはちゃんと人格があるな。ということは、俺の役目はこの子の成長を見守りながら手伝うってことか……ミルは?)


(ユウ、ユウ……)


(ミル! よかった一緒だったんだ)


(うーん、一緒というわけじゃないかも。私はこの子じゃなくて別の赤ちゃんの中にいるもの)


(ミルも……でも、こうやって話すことができるということは何か意味があるということだよな)


(たぶんね……ねえ、ユウ……)


 ユウがあたりを探るが、親友の気配は感じられない。


(心配しなくてもカルはすぐに現れるって、猫じゃらし用意して待ってようぜ)


(ふふ、そうそう。カルはあれに目がなかったもんね)


「はい、できました。気持ちいいですか」


「いつき、うれしそう。ねえ、お母さん、ぼくにもやり方おしえて、つぎはぼくがしてあげる」





◇◇◇◇◇


(お腹空いた……)


 白い毛をまとった一匹の小さな獣が、鼻を使って目的の場所を探し始める。


(どこだろう……あ、ここだ!)


 母親のお乳を探り当てた獣は夢中になってむしゃぶりつく。


(ん、おいしい。ん、んっ、早く大きくなって、ミルたちを探さなきゃ。ん、んっ。でも、本当にユキヒョウになるんだもんな。びっくりだよ。ふぅ、お腹いっぱいだぁ……ふわぁ、お母さん、ちょっと寝るね)


 ユキヒョウの母親は、我が子が風邪をひかないように長いシッポでそっと包み込んだ。





(お母さんー、お母さんー!)


 ユキヒョウとなったカルが声をあげている。母親とはぐれてしまったようだ。


(クソ! あんな奴、僕に力があったらやっつけたのに……お母さんー、お母さんー……お母さん、どこ?)


「ユキヒョウだ」


(しまった。人間だ。逃げなきゃ……ダメ、足が痛くて動けない。こうなったら……)


「グルルルルゥゥ!」


(僕の威嚇はどうだ!)


 数人の人間がカルを見て何か話し合っている。


「グルルゥゥ……」


(お願い、早くどこかに行って、もう力が……)


「グルルゥ……」


(え? 女の子が指を近づけてきた。そんなことされたら気になって……)


 カルは女の子の指の匂いを嗅ぎだした。


(あ!! この匂い! ミル!? ミルなの?)


 カルは女の子の手に頬ずりする。


(ミル、僕だよ。カル、わかる?)


 ミルからの返事は無い。


(クソォ、僕の力が弱いからミルに伝わらないんだ。どうしよう、このまま置いて行かれちゃったらついていけそうにないよ……)


「ちゃんとした治療をしたいんだ。ついてきてくれるかな?」


 女の子がカルを抱き上げる。


(ミル、僕を連れて行ってくれるの?)


「にゃおん!(連れてって!)」


「ソル姉、いいって」


(ソルって言うんだ。待ってて、僕すぐに大きくなってお話しできるようになるからね)


―――――

最後までお読みいただきありがとうございました。

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神様の学び舎 高坂静 @sei-ksaka

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