第2話 君という炎はあの雨で消えかけていた


 あぁ鼓動が鳴り止まない。ずっとドキドキしてる。

 家族で食べる夕食。テレビの内容が全く頭に入ってこない。


「箸止まってるよ」


「ああ、うん」



 お風呂の後、ベットの上でゴロゴロしながらスマホをいじる。

 なんて送ろう。『初めまして』は違うな。明日の待ち合わせ時間を大体でも決めておくべきかな。でもその通りに来いよっていう圧になったら嫌だし……。


 ポン。

 やべっ。ずっと見てたことがバレる即既読してしまった。


『彼氏を待っていたって言ったけど、嘘なの。本当は、友達のような……人たちを待ってた』


「…………」


 どういう意味だろう? でも彼氏はいないってことでいいんだよな!


 僕は浮かれていた。

 なんて言葉を返そう。なんて話しかけたらいいんだろう。嘘だったという告白に、僕はどう返せば??

 迷って迷って迷って迷って…………寝不足になりながら、朝を迎えた。


 しまった。恋は盲目ってこう言うことなのか……。…………多分違うな。


 目覚ましのスイッチを切って、早めにのそりとベットから降りた。




 朝食を食べながらニュースを見る。


 朝昼夕夜ちょうちゅうせきや駅で朝っぱらから人身事故だそうだ。

 やだなぁ。

 まぁ、僕には関係ない場所だ。


 今までより世界が鮮やかに色ついていた。スッキップしながら、駅へ向かうくらい僕は無敵状態だ。

 世界はこんなにも輝いていたんだ。何もかもが新鮮な気がして、すれ違う人たちの顔が半分以上死んでいるなという感想を抱く。

 僕も昨日までは向こう側だったんだ。


 今日の放課後が待ち遠しいなぁっ!



 夕方。そして、夜。――――君は来なかった。


 流石にそろそろ帰らないと怒られるかな……。

 僕は満月になりそうな月を見上げて、足をぶらつかせる。


 もう少し待ってみたけれど、やっぱり君は来なかった。

 きっと忘れてるんだ。連絡したら思い出してくれるかな。あまりしつこいとウザがられるんだろうか。

 彼氏いるって言ってたもんなぁ。いや嘘だったっていってたじゃん。あっ! 返事返してない!!



 家に帰ってきて、また安藤さんになんて送ろうかを考え始める。もう一日中考えていたせいで、他のことに集中できない。

 よ、よし。


 スマホに映る文字。『こんにちは。昨日は返事を返せなくてごめんなさい。空いている日に、また会ってくれませんか』

 シンプルイズザベスト、友人情報によればそれが最良らしい。


 呼吸を整えて、僕は送信の文字をタップする。


 チラッ。



 チラッ。




 返信がない。


 ……くっそー。寝れない。目がぱっちりしてて全然眠れない。快眠音楽の役立たずめ。



 あぁ朝になってしまった……。

 二日連続で寝れないのはまずい。頭がぼんやりとしていた。これは意地でも寝なくては。今日の夜にしよう。

 僕はスマホを置いて、硬めの枕に顔をうずめた。


 うぅ……スズメの声がする……。起きよう。



 いつものように朝のニュースを見て、天気予報を確認する。降水確率20パーセントの晴れ。傘はいらないようだ。

 まさか雨の日にしか会えないとか、実は家が遠いとか?


 ふと、スマホを確認する。

 返信はないか……。いきなり会いたいだなんてキモがられたかな!? 誰かに相談したいけど…………揶揄ってきそうな相手しかいない。



「何また寝不足?」


「い、色々あるんだよ……」


 食べ終わった朝食の皿をキッチンへ、まだ時間があったからスマホを見る。


 返信来てない……。


 僕はソファーで少し項垂れる。返信まだかなー。会いたいなぁ。彼氏いないんだよな…………攻めの姿勢が必要か? どーすりゃいいんだよぉー!

 僕は頭を掻き乱してゴロンと倒れた。


「恋してるわねぇ」


「お母さんもそう思う?」


 なぜバレた。……恐るべし。



「次のニュースです」


 その瞬間、なぜか昨日のニュースが蘇ってきた。

朝昼夕夜ちょうちゅうせきや駅は、地獄じごくにつながるんだって』君の言葉が、テレビの音をかき消して、鮮明に僕の頭に流れる。

 僕のたかぶった感情も、少し冷えた空気も、君の沈んだ横顔も、雨の音も、土の匂いも、冷えた『レモンココア豆』の味だって……。


 僕は頭を左右に振った。



 昨日、関係ないと切り捨てた、人身事故のニュース。思っていた通り、僕には対して影響はなかったけれど…………。

 いつもならすぐに忘れるであろうニュース。僕はどこかで引っかかっていたんだ。

 何故なら、君との会話に出てきた駅だから。



朝昼夕夜ちょうちゅうせきや駅は、地獄につながるんだって』


『電車が来る時に、線路へ飛び降りたらいいらしい』


 昨日のニュースの声。言葉。



 動悸どうきがする。まさか、そんなわけない。だってまたねって。……ばいばいって言われたんだっけ……。

 僕は嫌な予感を覚えて。まさか、そんなまさかと、手に汗を握りながらスマホをいじりだす。


 きっと寝不足でぼんやりしているからこんなに不安なんだ。そうに違いない。

 暑くもないのに、嫌な汗がこぼれ落ちてくる。



「あんたそろそろ準備しないと遅れるわよ」


 僕はスマホを見ながら声を張り上げる。


「母さん、昨日の人身事故の人の名前ってわかる?」


「えーっ? 昨日?」


 僕の焦燥感は母さんと姉さんには伝わることはない。


「覚えてないけど、何?」

「人身事故とかあったっけ?」


「あったんだよ!」


 バンッ!


「うわ怖、なによ。自分だって覚えてないくせに」


「わから――」

「いいから顔洗ってきなさい」




 学校。

 朝登校して、友人たちにも手伝ってもらったらすぐに見つかった。


安藤好望あんどう このみ。死亡……」


 ガタッ。

 スマホが手から零れ落ちる。

 身体中の力が抜けた。今この瞬間に幽体離脱して空に飛んで行こうかとか考える。


 まぁ出来はしないけれど。


 同姓同名の他人かもしれない。僕はもっと連絡を送ってみる。…………。まるで病んだストーカーみたいだ。



 …………。


 次の日も返信は来ない。


 その次の日も。


 そのまた次の日も。


 ただブロックされている可能性を考えてみる。

 考えたところで分かるわけがない。あの時以来、あの道を彷徨さまよい歩いていてみたけれど、君には会えなかった。

 君という炎は、あの雨の日にすでに消えかけていたのかな……。



 調べて、調べて。映像があった。誰かが流した映像だ。

 まだ飛び降りる前の、不自然な動きをしているところから始まる映像。

 カメラを向けるくらいなら、止めにいけばいいのに。……なんて自分勝手な怒りが思い浮かぶ。


 君が、死ぬ瞬間まで。


 最後には、苦痛と絶望に満ちた生首が撮られていた。モザイクくらいかけなよと思う反面、モザイクなしだから分かるその顔。


 きっとかれるのは痛い。切断されて、思いきりぶつかられて。早めに意識がなくなればいいけれど、君の場合は結構意識が残ってそう。

 なんで地獄に行きたかったんだろう? なんで、天国を目指さなかったんだろう。



 放課後まで、僕は心ここに在らずで泣いた。

 声をあげてわんわんないているわけじゃないけれど。教室の注目を集めるには十分だったようだ。


ただ涙が止まらないだけなんだけどな……。


 ぽっかりと胸に穴が空いたかのように。魂が抜けてしまったかのように。授業の内容が、何も頭に入ってこない。


 先生に、授業妨害だと保健室送りにされるくらい、静かにただ泣いた。

『また会おうね』って言ったのに。どうして君は先に行ってしまったの。どうして僕に声をかけてくれなかったんだ。


 僕が、僕があの連絡に返さなかったから?


 僕のせいで君は…………。




 気がつけば、僕は『朝昼夕夜駅』に来ていた。


 下校時間は過ぎて。帰りの電車に乗ろうとしている大人が並んでいる。

 ガタンガタン。電車の音だ。君が轢かれた電車と同じ色の電車……。


 僕は……少しだけ申し訳ないと思いながら、一歩踏み出した。



 プァーーーーーーーーン。警笛の音がうるさく鳴り響く。






 痛い。


 僕は友人に止められていた。

 気づかれるほど怪しい行動をしていただろうか。そういやめっちゃ泣いたわ僕。


 地面に倒されたから、打った場所がめちゃくちゃ痛い。僕を見下ろすのは怖い顔をした友人で、酷く罵りながら泣いている。

 僕もつられて泣いてしまったじゃないか、馬鹿野郎……。


 地獄に行っただろう君は、僕のように止めてくれる相手はいなかったのかな。それなら僕がその役目になれていたら、そう思わずにはいられない。


 僕があのとき、君の話をもっと聞いていれば。

 僕が自分勝手な人間ではなく、彼女に寄り添ってあげられる人間だったなら……。君の未来を……こんな地獄のような結末を変えられただろうか。



「聞いてるのかバカ野郎!!」


 胸ぐらを掴んで泣いている友人は、本気で僕のことを心配してくれているのだろう。

 お前は…………僕は…………。

 考えがまとまらない。


 でもこれだけはわかる。

 僕は、君のいるであろう地獄へは行けないようだ。




 数日後、今日も僕は電車を待っていた。

 今日もどこかで誰かが死ぬ、けれど僕は知りもしない誰かなんてどうでもよくて。知ろうともしない。

 彼女のことだって、あれ以降は調べていない。


「電車の音……」


 今日は一段と冷えるな。

 白い息にはならないけど、息を手に吐く。



「あっ、おはよー」


 恩人である友人が来たようだ。


「おはよ、ギリギリじゃん。お前もうちょっと余裕持てよ」


「間に合ってるし問題なしっ。乗り遅れての遅刻は6回しかしてないし」


「それアウトな」


 次の瞬間、彼の顔が曇った。そして少し冗談めかして言う。


「今日は飛び降りようとしてないな?」


「……してないよ」



 停車する電車の音が響く。

 あの数日間のことは、僕らの心に深く刻まれていた。


 本当に勢いって怖いなぁ。


 親しい人たちを、たくさん悲しませてしまって。

 僕には、止めてくれる友人が居てしまった。

 いつからか、また色をなくしていた世界。どこか懐かしささえ覚える。


 このぽっかり空いた穴はきっと生涯しょうがい埋まることはないのだろう。

 僕はひどく自己中心的な人間だ。なんなら、君に会わなければよかったとすら思う。君ともう会えないこの喪失感は、ひどく僕の心と体を重くさせるからだ。


 病院の先生によれば、生きていれば埋まるらしい。絶対嘘だ。この心臓が止まるその瞬間まで、覚えてようっと。

 死後で君に会ったら絶対文句言ってやる。


「一限目なんだっけ?」


「……科学。小テストあるぞ」


「よ、ヨユ〜だし」


「絶対忘れてただろ」


 僕は、君のいなかった時間と同じように、また歩き始める。



 きっと。


 君のいないこの世界も、地獄と変わりない。


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一瞬だけの恋は炎だった 水の月 そらまめ @mizunotuki_soramame

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