5.「アルラズ」


 5.「アルラズ」



貴方あなたは、何者なのですか?」


 教会まで引き連れてきたギルドの戦闘職員達に後始末を任せると言い放ち、立ち去ろうとした男の背中に神父が問う。


 男は立ち止まり、振り返った。


 束の間、向けられた無表情。人間らしさがごっそり抜け落ち、得体の知れない神々しさのみが残された美貌に、神父の心には畏怖が兆す。


「いえ、あの……不躾ぶしつけな振舞いとなってしまい申し訳ございません。私はただ、お世話になった方のお名前やご身分を存じ上げたいと思いまして。

 ……誠に、ありがとうございました」



 依頼主の少女が選んだのは、言葉でぶん殴ることだった。


 真相を洗いざらい従順に吐き、雲間から差し込む陽光の下、怯えきった様子でカタカタふるえている「闇泳の魔物」に対し、少女はぐいと顔を近づけて、


『この顔を忘れないで。一生、忘れないで。

 わたしは、お前が殺したひとの娘だ』


 強く強く、そう命じた。


 「闇泳の魔物」の正体である痩躯の中年男は、伸び放題・曲がり放題の長髪によって殆どが覆い隠された顔をいっそう青白くし、地面に這いつくばるようにして平伏ひれふした。


 人を殴れば、自らの拳も少なからぬ痛みを覚えるもの。それに少女は自らの感情より、優しかった母親の遺志を尊重したのだ……「たとえどんなことが起ころうとも、清く在りましょう。決して奪う側にいってはなりませんよ」と、幾度も聞かされてきた言葉を裏切らなかったのだ。


 余所者は「尊い選択だな」と思った。


 そして同時に確信した。

 俺は、正しい裁きをまっとう出来たのだと。



「ややや、礼なんて別にいいんですって。用済みの余所者なんかに構ってないで、娘さんを見守ってあげててくださいよー。ショージキ俺は早く帰って、母さんに思いっきり褒められたり甘やかされたりしたいんだからー」


 再び頭を上げた神父が見たものは、先程の印象とは打って変わって柔らかな微笑だった。


「しかし、聖都よりの使者様と仰るだけでは、」


「んー、無事に裁けたし、明かしていいかな。

 俺は『ひとみ』で、序列は第三位」


 男が何を言ったのか、咄嗟には理解出来なかったが……長年神に仕えてきた老齢の神父は、三度目のまばたきの後にはっと瞠目した。


 瞳。


 今から四十年以上前、聖都の神学校で学んでいたとき、その「特殊機関」の噂を耳に挟んだことがあった。



『聖都に「囚われし」神に代わり、物事を見定め、正義を執行する。

 成員は皆、只人ただびとを凌駕する魔法の使い手である。何故ならば……』


「ああ、まさか……まさか……、」


『神の身体より創られた、眷属であるから』



 神父は柔らかな土の上に、茫然と両膝を、両手をつく。紅色の双眸を同じ高さで、幾度も幾度も直視していたことに気づき、脂汗が俄かに額を覆う。


「我々は、何というご無礼を……まさか、『正義』の眷属様が直々に、正義を執行なさりにいらっしゃるとは……」


「まー、正義は正義でも、俺の場合は『家族愛』なんだけど。母さんの優しさは大ッ好きだけど、残念ながら俺自身は優しくない……だから、人間に寄り添うのが下手なんだよな」


 美貌の男の姿をした神の眷属は、丘の上を渡る風に乗ってどこまでも流れて行きそうな、軽やかな声で紡ぐ。


「それに俺は、身分で呼ばれるのが好きじゃない。だって序列第三位なんだぜー、上のふたりに母さんへの愛で負けてるみてーじゃん? んなことあり得ねーのにさ……だから、」


 ひざまずいた状態からしばし動けず、余所者が刹那のうちに街を去ったことにも気づけなかった神父には、知る由もないが。


 そのとき余所者が浮かべた笑顔には、幼子のような無邪気さがあった。


「また会うことがあれば、だけど。

 母さんがつけてくれた、『アルラズ』って名前で呼んでもらえると、嬉しい」



【ある眷属の正義・完】

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【短編】ある眷属の正義 紫波すい @shiba_sui

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