良心にささやく猫の鳴き声

長月瓦礫

良心にささやく猫の鳴き声

閑静な住宅街は瓦礫の山と化した。

地震とそれが引き起こした波によって、すべて押し流された。

住民は高台にある避難所で生活している。


今は非常事態、監視の目がない。

瓦屋根が崩れかけた家が目に入り、玄関からあいさつもなしに侵入した。


半開きになったタンスを開けては、中身を取り出す。

それ以外にも、目についたものを漁っては棚に戻す。

目ぼしいものはまだ見つからない。


居間だと思われる部屋へ目を向けると、一匹のふくよかな猫がテーブルの上にいた。大きなしっぽをゆらゆらと揺らし、こちらを眺めている。


「なんだ、このデブいの」


腹周りだけがやたらと育っているから、デブという言葉が真っ先に出た。

どうせ、どこかの飼い猫が逃げ出したのだろう。

ペットを連れて避難できるはずもない。


デブ猫はただ、鳴くだけだった。

俺のほうを何度もちらちらと見ている。


「こんな緊急事態に何やってんだって言いたいのか?」


俺は肩をすくめた。


「そりゃあそうですよ。見たことない顔がうろついているから気になって見にくれば、タンスを漁っていますし~。これが火事場泥棒ってやつですか?」


顔をなめながら、猫が能天気な声で喋りはじめた。

近くに人がいる様子もない。

わずかばかりに残った良心が勝手にささやいているだけだろう。


「悪いな、デブ猫。俺もそんなこと言ってられる場合じゃないんだ。

見逃してくれねえか」


「そういうわけにはいきませんにゃあ。

お兄さん、代わりに私を連れて行くのはどうですかにゃあ。

きっと役に立ちますよ」


「お前みたいなデブい猫に何ができるんだ?」


デブ猫は座り直した。


「人を能なしみたいに言わないでくださいよ。

少なくとも、そこらの犬よりかわいい自信はあるにゃあ」


「自分で言うな、デブのくせに」


「そうはいいますが、これでも苦労してるんですよ。

こんな体なので周りは勝手にビビってくれますが、こんな生活は嫌なんです。

もっとお気楽にハッピーに、愉快にのんびり生活したいんです」


「それは俺だって同じだ。

明日の生活だってままならないんだ。しょうがないだろ?」


「ですがにゃあ、盗みをしていい理由にはなりませんよ。

まあ、悪いようにはしませんから。一緒に連れて行ってくださいよお」


俺は無視して家を出た。

あんな猫の言うことを真面目に聞くこともない。


俺は近くに止めた車まで戻り、運転席のドアを開けた。


「いやあ、なかなか遠くまで歩きましたにゃあ。

遠いのなんのって、これだから猫足は大変なんです」


「お前なあ……」


先ほどのデブ猫が足元でひっくり返る。

立派な腹を見せられても、正直困る。


「車に乗せてくれたら、猫の手を貸してあげましょう。

きっと役立ちますよ」


「今すぐ帰れ」


「そんなこと言わずに~」


デブ猫は軽々とジャンプし、助手席に座りやがった。

ごろごろと転がり始め、そこから離れる様子もない。


猫の手は借りるもんだが、コイツに何を言っても無駄だろう。

俺はデブ猫の説得を諦め、助手席に乗せて車を走らせたのだった。



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良心にささやく猫の鳴き声 長月瓦礫 @debrisbottle00

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