肆:出発

「ああ……。柊の木か」


 マカミが蔵から出てきて数日が過ぎていた。祖母も次男も自分の部屋からは出てこない。時折、部屋の中からは呻き声が聞こえるだけだった。村のほとんどの人間が似たような状況で、まるで廃村のような静けさが続いている。

 そんな中、僕は急に死ぬ前に父上がぼやいていたことを思い出したのだった。


「あの忌々しい木がどうした? あの葉が飾られた壷を探すんじゃろう?」


 庭にある土が盛られて小高くなっているところに植えられている柊の木を指差すと、マカミは目を細めて眉を顰める。


「父上が死ぬ間際に気にしていたんだ。あの木を枯らすなって」


「……わしはあの木にすら近寄れぬ」


「僕が掘るよ」


 土間から持ち出した鍬で柊の根元を掘ることにした。

 畑仕事には慣れないけれど、土はそこまで硬くない。しばらく掘っていると、カツンと硬いものに刃先が当たる。

 埋められていた樫の木箱を開いてみると、夢で見たとおりの壷が古びることなくそこに鎮座していた。


「ほら! これだろ?」


 蓋に飾られていた枯れて茶色く変色した柊の葉をむしり取ってマカミが座っている少し離れた位置まで持って行ってやると、マカミはぱぁっと屈託のない笑顔を浮かべながらこちらに近寄ってきた。


「まさかこんな早く見つかるとは思わなかったのう! こう……お主の母親やキヨコの親の術を使った式神と戦うとかいう苦しい戦いがあるのかと思ったが……」


「真名の契りで本来の力を取り戻すマカミが父上の怨霊を引きちぎるみたいな展開を僕も予想したのだけれど」


「怨霊になろうにも恭一郎の魂はわしが喰っておるからな……」


 二人で顔を見合わせながら笑い合い、それから蓋をそっと持ち上げた。


「は?」


 壷の中には、マカミの心臓などという生々しいものは無く、黄ばんだ和紙が一枚折りたたんで入れられていた。

 取りだして見ると、そこには綺麗な文字で文章が綴られている。


「ええと……母上の字だ」


「わしはこの国の字は読めん。なんとかいてある?」


「守り鬼の心臓を封じた壷は、高僧の方に頼んで都の寺に運びました。魑魅魍魎に狙われる村に置くのは危険ですが恭一郎さんは許してくれないと思ったので……だそうだ」


「あのクソアマが」


 マカミが舌打ちをして、僕の持っていた壷をひったくるようにして奪うとそのまま地面に勢い良く叩き付けた。

 僕を散々からかっていたこいつの悔しがる顔を見て、少しだけいい気味だなと思ったものの、流石に気の毒になって拳を握りしめているマカミに声をかける。


「村を出たらどうせ都に出ようと思っていたんだ。行ってみようよ」


「……当たり前じゃ。わしの心臓を見つけるまで付き合ってもらう契約だったはずだからのう」


「それもそうか。荷造りをするから少しだけ待っておくれ」


「わしが聞くのもなんじゃが、本当に村はいいのか?」


 部屋へ戻ろうとする僕へマカミは声をかけてきた。

 キヨコが死んだことを不問にした一族も、キヨコのために泣くものすらいなかった村のやつらも全員どうでもよかったが、マカミの話を聞いて更に嫌悪感が増していたところだった。


「元から見捨てるつもりだったから、どうでもいい」


 鬼とまぐわった呪いで、このまま放置していけばゆっくりとこの村は滅びるだろう。それか、僕もマカミもいなくなったことに気が付いた魑魅魍魎に襲われるのが早いか……。

 僕は、部屋へ戻って荷造りを始めることにした。

 キヨコが最期に身に付けていた着物の切れ端を引き出しの奥から取り出して、鞄に詰めてから、着替えと溜め込んでいた小銭も詰めて……それから母上の残した宝石もいくつか持っていくことにした。


「行こう、マカミ」


 陽はまだ高いままだ。きっと夕暮れには近くの村にまで出られるだろう。


「思ったよりも長い付き合いになりそうじゃのう怜一」


 すらりと背の高いマカミが手の甲で僕の頬を撫でる。飄々としてつかみ所の無い男は、行く先々で男を誘い込み、呪いを振りまくのだろうか。

 マカミが男に組み敷かれている想像をして妙な高揚感を気取られないように、咳払いをして誤魔化した。


「わしに誘惑されてくれるなよ。言ってはなんじゃが、数百年生きてきてわしの体を求めぬ人間なぞ修行を積んだ高僧くらいじゃからのう」


「……はいはい。夜寝るときは僕の手足を縛って寝てくれて良いから」


「お主は、縛られたり痛くされるのが好きじゃからわしを襲わないとかそういうことか?」


「……さあ、日が暮れないうちに早く行こう」


「ひっひっひ……まあ良い。わしに呪われたとしてもお主には最後まで付き合ってもらうからのう」


 軽口を叩き合いながら僕たちは呪われた村を出た。

 こんな村、僕が願いを使って手を下すまでもない。生き残った子供たちだけ、近くの村に引き取ってもらっても良いかもしれないから、隣村へついたらそれとなく話をしてみよう。

 先行きに多少の不安はあれど、もう二度と戻らないと決めた故郷から出る足取りは、とても軽く気分のよいものだった。


―完―

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鬼のいざない 小紫-こむらさきー @violetsnake206

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