参:封印
「こんなに美しい見目をしているんじゃ。殺すにはもったいない」
下卑た声と共に目に入ってきたのは、傷だらけのマカミだった。
どうしたんだ! と声を張り上げても誰も僕に気が付かない。マカミを助けようと駆け寄ろうとして、近くにいた巨漢の体をすりぬけたことでこれが夢のようなものなのだと理解した。
聖水といわれる水を体に垂らされた白い肌が、焼けただれていきマカミは苦悶に満ちた悩ましい声を漏らしている。
手足を銀で出来た杭で貫かれ、床に張り付けにされているマカミに茜色の髪をした男がのしかかった。この村で茜色の髪をしているのは、僕の一族だけだ。
「オレが南蛮から取り寄せた杭と水でこの鬼を仕留めたんじゃ! オレの好きにさせてもらう」
赤髪の男が吠えるように叫ぶと、男たちが不満を漏らして怒号が飛び交っている。でも、マカミにのし掛かる男を止めようとは誰もしない。
「呪われた血の色の髪だと蔑んでいたオレに美しい鬼を独り占めされて悔しいか?」
マカミの体をまさぐりながら、僕の先祖らしき男が得意げに周りを見渡している。
首に手をかけられ、服を剥ぎ取られたマカミが忌々しげに男を見上げてようやく口を開いた。
「クソ……人間如きが……。慰み者になるなんてごめんじゃ。早く殺せ」
「うるせえ! 殺して欲しいなら媚びを売ってケツを締めてオレの機嫌を取るんだなぁ」
そのまま、先祖の男がマカミの体に猛った自分の逸物を乱暴に差し入れた。押し殺したような呻き声を上げるマカミを見て高揚してしまう自分が嫌になりながらも、僕はなかなか目を離せない。
「へへへ……鬼のくせに女より良い具合をしやがって。畜生め。村を荒らし尽したお前を簡単に殺すわけがないだろう」
乱暴に逸物を出し入れしながら、先祖の男は刃物でマカミの胸を深く切り裂いた。暴れようとしても体が張り付けにされているマカミは思うように動けないらしく、体が活きの良い魚のように跳ねるだけだ。
男は心臓を手にして、下働きの下男らしき者を呼んで壷を持ってこさせてこういった。
「心臓を壷に入れておけ! 蓋にはヒイラギの葉を絶やさず飾っておくんだ。そうすりゃこいつは自分の心臓に触れられねえ」
マカミの声にならない声が響いているが、そんな悲痛な声とは別に砕けたはずの肋骨が生えていき、体の傷もみるみるうちに塞がっていく。
マカミの体から溢れた血が無ければ胸を切り裂かれたなんてこと、嘘だったみたいだ。
「鬼よ、いつか死にたいのならお前の力をオレに寄越せ」
「……ぐ……」
首を絞められて乱暴に組み敷かれているマカミの目には涙が浮かんでいる。飄々としてつかみ所の無いあの男の情けない姿をみて劣情を催す僕は、所詮あの男の子孫だということなのだろうか。
マカミの瞳が妖しく光ると、先祖の男が一瞬だけ動きを止めた。
「ははははは! 力がみなぎってくる!」
乱暴に男の逸物を引き抜かれたマカミの下半身からはどろりとした白濁液が零れてきていた。
先祖の男が拳を地面に叩き付けると、轟音と共に地面が抉れひび割れた。
自らの力に酔いしれるように、村の男共に襲いかかり、次々と首をもぎはじめた先祖の男を憎しみの籠もった目で睨み付けながらマカミは口を開いた。
「……その力はお前の寿命を食らう。 死に様は惨いものになるぞ」
血まみれの首をいくつも手にした先祖の男が、感情を失った洞のような瞳でマカミの方を振り返る。
「輪廻に戻れず地獄にも入れぬままわしに食らわれ永遠に苦しむがいい」
「おい、起きろ」
頬を軽くはたかれて目を開くと、そこには身ぎれいになったマカミが座っていた。
窓の外を見ると、日が高く昇っている。
「血を吸いすぎてしまったらしい。すまん!」
夢の中ではあれだけ傷だらけになって、めちゃくちゃにされていた男が目の前で小綺麗な格好をして僕の目の前で両手を合わせて謝っているのだから不思議な気分だ。
まるで書生のような格好をしたマカミだが、祖母や家のものたちに自分をなんと説明したのだろうか。高い位置で括られて馬の尾のようになった髪が揺れているのをぼうっと眺めていると、マカミは僕の股間を指差して言葉を続けた。
「まあ、お主のここが若者らしく元気なことも悪いと思うのじゃがのう! 血を吸われておっ立たすなんぞわしだって予想してなかったわ」
「そ、それは……だって……。あ! まさか」
「言ったじゃろう? ニンゲンに抱かれる趣味はないと。鏡を見て見ろ。お主の瞳は美しい緋色のままじゃ」
呆れた様にそういったマカミが枕元に置いてあった手鏡をこちらへ差し出してきた。多少やつれていること以外は何も変わらない自分の顔が写っていた。
「夢は見たか?」
僕がほっと一息吐いていると、マカミがそう尋ねてきた。
首を縦に振った僕を見ると、唇の両端を持ち上げて彼は艶めかしく微笑んだ。
「なら、話は早い。あの壷を探して中身を取りだしてくれれば全ては終わる」
「祖母や次男に邪魔されなきゃいいけど」
「邪魔されるはずがない。今は呪いでそれどころじゃないからのう」
不安を口にした僕に答えたマカミの言葉を聞いて、耳を疑った。
「呪いを受けたってことはつまり」
「わしとまぐわったということじゃ。守り鬼の加護というのがあるじゃろう? あれはな、当主がわしの呪いを寿命を削ることで受け止めるから機能しているんじゃ」
あまりにもあっけらかんと答えるマカミに対して、どう答えて良いのかわからないでいると、美しい化物は更に言葉を続けようと口を開く。
「お前の弟は去年の夏祭りで、お前の祖母は松太郎の目を盗んで蔵に忍び込んできた時に」
松太郎とは、祖父の名前だった。
「あの女は頻繁に首をさすっているじゃろう? 首にな、わしの印があるからじゃ。弟の体にもなかったか? 赤黒い三角形の小指の先ほどの大きさの痣が」
カカカと体を仰け反らせてマカミが笑う。弟はわからないが、祖母の首には確かに赤黒い痣があるのを見たことがある。
驚いていると、マカミはこちらに身を乗り出してきて、僕の耳元へ顔を近付けて、囁くようにこういった。
「お前の母はな、恭一郎の命でわしに抱かれることを拒んで舌を噛んで自害したんじゃ」
頭がカッと熱くなった。
思わずマカミの襟元を掴んで引き寄せたけれど、こいつの冷めたような瞳をみて少し落ち着きを取り戻す。
マカミが無理矢理抱こうとしたわけではない。父上が……母上を自殺へおいやったんだ。体が弱くて死んだんじゃ無くて……。
「愉快な女だったのう。この村で生きるにはまっとうすぎたか」
どこか他人事のようにいうマカミの言葉に何故か少しだけ救われたような気持ちになった。
それと同時に、この村がどうってもいいと心底そう思えるようになった。
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