だから壊すことにしたの
「お、り……?」
どさりと倒れたアルバートは自身の腹を押さえる。
信じられないくらいの痛みと、ぬるりとした感触に脂汗が止まらない。絨毯の柔らかな産毛が頬を撫でる。
視線の先にオリアンナの華奢な脚が見えた。
「飽きないように、想像していない事態が起こればいいのよ。そしたら、みんなも楽しいでしょう?」
床に伏したアルバートからは彼女の顔が見えない。けれど、その声色からは楽しさが窺えた。
先程まで優雅に紅茶を嗜んでいた人物が、自分の血に塗れたナイフを持って笑っている。アルバートから一つ体温が零れ落ちていく。
「し、正気か……? こ、んなの、へたをすればえ、炎上だぞ……」
「ええ、そうね。だから――」
アルバートの口からごぽりと血が吐き出る。
ナイフを握ったままの令嬢が、こちらを向いた。
「だから壊すことにしたの」
ぴくりとも動かなくなったアルバートの横を抜け、オリアンナが歩み寄ってくる。彼女の足音は絨毯が吸い取った。手の中のナイフがくるりと器用に回る。
「
足元に転がった塊を見ていないオリアンナは、彼がもう返事ができないことに気づいていてなお優しく問いかける。
きゅっと持ち上げた笑みが近づき「だから」ナイフが振り上げられる。
「壊すの」
鈍色が空を裂いて突き立てられた。
すぐ横から誰かの断末魔が耳を裂く。
空間に血濡れのナイフを突き立てた令嬢が目を細めた。冷めた紅茶のような目がこちらのすぐ横を捕えている。
「始まりを殺しても終わらないなら、求めるものを殺せばいいのよ。それとも、自分を殺されてもなおそれもエンターテインメントとして面白おかしく取り上げるのかしら」
小首を傾げたオリアンナが、さらにぐっとナイフを差し込む。耳元で誰かがぎゃっと声を上げる。
彼女が私を見た。
「つまらないわ、心底。テンプレ通りの展開、人物、蹴落とされる悪役に、決まりきったハッピーエンド。何も面白くないの。ねぇ、アルバート。そうでしょう? だから、こんな物語の終わらせ方も一つはあっていいじゃない」
テンプレに沿わない素敵な物語よ。彼女は一層笑みを深くした。
すぐ横に突き刺していたナイフを、彼女が引き抜く。もう声は一つも聞こえてこない。ぬらぬらと輝く切っ先は赤からどす黒い色へと変わっていた。
それがこちらに振り上げられる。
「この短くて素敵な物語に名前を付けるなら、そうね」
『物語に飽きた令嬢は全てを壊しました』
なんて。ちょっとテンプレ寄りだったかしら。
そう笑った彼女の手からナイフが振り下ろされ――
物語に飽きた令嬢は全てを壊しました。 えんがわなすび @engawanasubi
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