第3話 嘘から出た実

 帰りの電車の中、咲那は疲れてしまったのか、うとうとと頭を揺らしていた。


「眠いの?」


「んぅ…昨日、緊張で中々寝付けなくて…」


「緊張?」


 昨日ってなんかあったっけ。


 イベントの応募とかしてて、結果を待ってたりしたのかな?

 心当たりはないけど。


「疲れてるなら私に寄りかかって寝てもいいよ。すぐ着いちゃうだろうけど、着いたら起こすし」


「…ん」


 私が言い終わるよりも早く、咲那は私の肩に頭を乗せて、小さく寝息を立て始めた。


 触れる体温の温かさに私まで微睡みそうになってしまう。

 しかし私まで眠ってしまったら乗り過ごしてしまいかねないから、目を力強く瞑って眠気を覚ます。


 起こさない程度に軽く咲那の艶やかな髪の毛を梳くと、「んー…りっかぁ…すきぃ」と、立夏以外に聞こえないくらいの声量を漏らした。


 どきりと心臓が飛び跳ねる。


 また、告白されてしまった。


 今度は寝言で。


「起きては…ないよね…?」


 小さく語りかけてみるが、多分、本当に寝てる。

 さっきの眠たそうな顔も演技には見えなかったし、寝てるのは本当で、本当に寝言で、私に告白…した。


 つまり…どういうこと?


 朝の告白が実は本当で、私が了承して、今、もしかして本当に付き合ってる…とか?


 ありえない…いや、絶対ないとまでは言わないけど、現実味がないと言うか、でも、もしありえなくなかったら……どう、なんだろう。


 私の肩に頭を擦り付けるように、むにゃむにゃと甘えてくる咲那の姿を見てると胸の奥の方が締め付けられるように苦しくなって、でもそれは不快なものではなくて。


 多分、嬉しいんだ…私。


 咲那がこんなに無防備に甘えてくれるのは、少なくとも今は、私一人だけ。

 その事実に自然と頬が緩まって、胸がどうしようもなく高鳴ってしまう。


 ガタタンと心地よい揺れに揺られて、いつの間にか景色は近所のものに変わっていて、もうすぐ目的の駅に到着するというアナウンスが流れる。


「咲那、そろそろ着くよ」


「んぅ~…?」


 寝惚け眼の咲那を引っ張り停まった電車から下りて、腕を組みながらの帰宅。

 買い物袋とかも提げてかなり重いけど、疲労とかよりも、今は幸福感の方が強い。


 咲那の告白が…本当だったらいいのに。




「「ごちそうさまでした」」


 カレーを平らげ食後の合掌を済ませて、この後何時くらいまでいようかと時計を見ていると、あることを思い出す。


「あっ。そういえば洗濯物干しっぱで中入れといてって言われてたような」


「そうなの?じゃあちょっと早いかもだけど、帰る?」


「んー、そうしよっかな。前も忘れて怒られたし、今度はもっとうるさそうだから」


「分かった。じゃあ家まで送るね」


「え!?嬉しいけど…いいの?」


「うん!もうちょっと話してたいし」


 何だかこのまま泊まっていきたくなってしまうような台詞を言われてしまったが、帰ると言った手前、じゃあもうちょっとと言うのもどうかと思うし、滞在欲を押し殺して玄関に向かう。


 帰り道、高校に上がったら何の部活に入るかとか他愛もない話をしていたらいつの間にか家に着いていて。


「もう、着いちゃった…名残惜しいけどこれで…あ、後でRINEしてもいい?」


「うん、もちろん」


「それじゃ、また明日ね。バイバイ、立夏」


 そう言って手を振りながら満面の笑みを浮かべる咲那を、どうしようもなく可愛いと思ってしまって。


 同時に、今日が終われば咲那との一日限りの恋人関係も終わってしまい、咲那が今後別の誰かと今日みたいに、一緒にご飯を食べたり買い物に行ったり、帰りの電車で甘えたりするんだろうなぁと。


 想像したら、どうにかなってしまいそうな程の独占欲が湧きあがってきてしまう。


「…立夏?」


 咲那を見つめたまま中々家に帰らない私に、咲那は首を傾げる。


 誰かに渡したくない。


 ずっと傍にいて欲しい。


「りっ…んっ…!?」


 衝動のまま咲那の華奢な両肩に手をついて、唇を重ねていた。


 歯がぶつかりそうな程の勢いだったし、すぐに離してしまったから唇の感触とか温度とか味わう余裕はなくて、でも、キスをしたと言う事実は本当で。


「ご、ごめんっ」


 私はほとんど逃げるように玄関の扉を開いて家の中に入った。


 ほんの少しの理性をフル回転させて、扉に背中を合わせたまま、どうにか捻りだした言葉は、


「またっ、明日!」


 他にもっと気の利いたことは言えないのかと、言ってから後悔してしまうが、それ以上の言葉なんて出てくるほどの余裕なんてなかった。


 それからしばらくして、段々落ち着いて来た頃に覗き穴から外を見てみると既に咲那の姿はなくて、安堵と後悔の混ざった複雑な感情が胸を渦巻く。


 気を紛らわせるために洗濯物を取り込んで、お風呂に入って、ベッドに頭から雪崩れ込んだ。


 ゴロゴロとベッドの上を悶えるように現実逃避をしていたら既に時刻は日付を跨ぎそうになっていて、勇気を出してスマホの画面を開いた。


 メッセージアプリを起動して、咲那に送る文面を考える。


 考えても考えてもこの状況に適した文章が思いつかず、満を持して猫が『Sorry!』と謝っているスタンプを送った。


 どんな言葉を返されるだろうとびくびくしながら布団に顔を埋めて返答を待っていると、ピロリンと軽快な通知が鳴り、恐る恐る画面を覗くと、犬が♡を咥えているスタンプが返されていた。


「…許してくれた…って、こと…?」


 咲那がファーストキスだったがどうか知らないけど、何のやり取りも無しにいきなりキスするなんて非常識極まりない行為なのにお咎めなしなんて、咲那は本当に優しい。


 もうすぐ日付が変わる。


「あぁ…これでもう、咲那との恋人の関係も終わりか…」


 どうしようもなく、気付いてしまった。


 私は咲那が好きだ。


 恋愛的な意味で、咲那とキスしたいし、その先も色々したいと、今ならはっきりと思える。


 よくよく考えて見れば今日の買い物はほぼ、というか純度100%でデートだったのに、もっと噛みしめながら楽しめば良かった。


 ぴろん♪と、再びメッセージが届く。


『実は今日、一個嘘吐いてたんだけど何か分かった?』


 あぁ、いよいよ種明かしされるんだ。


 絶望しながら、震える手で文字を打ち込み返信をする。


『さっき話してた、高校の部活でテニス部に入ろうとか言ってたやつ?』


 最近咲那はテニス系の漫画にハマっていたから、運動嫌いにしては意外だなとは思いつつも「へー」と聞き流していた。


 今日一日話していて違和感があったのはそれくらい。


 告白が本当で、こっちが嘘だったらと、願望のこもった文章。


 すぐに返信が届く。


『え!?そう!なんでわかったの!?』


「え…?」


 どういうこと?


 告白も、テニスの話も、両方嘘だったってこと…?

 でも、今日吐いた嘘は一個って書いてたし…もしかして、それが嘘?


「…聞こう」


 どっちみちさっきのことを謝りたいし、何が本当の嘘なのかはっきりさせたいと思い、咲那に通話をかけた。


 一コールで早々に出てくれて、私は思い切り息を吸いこんだ。


「咲那っ、さっきの、本当にごめんっ!!」


 と、相手に見えてないのに思い切り頭を下げて謝る。


『えっ、え!?な、何が!?』


「なにって…そ、その…き、ききき…」


『ちょっ、落ち着いて立夏!えーと、そうだ、カメラ点けよ?その方が顔見えて話しやすいし、ね?』


「わ、わかった」


 震える手でどうにかカメラを点けると、お風呂上がりなのか仄かに頬の赤いパジャマ姿の咲那が画面に映りこんだ。


 少しだけ見える谷間とか、水滴とか、色々目を奪われそうな部分があったが、その全てを差し置いて、咲那の唇に自然と視線が吸い寄せられてしまう。


 頭をぶんぶん振り振り、


「さっきのキスっ、ホントにごめんっ!私、どうかしてて…」


『え?あ、あー!そのっ、突然ですっごくびっくりしたし、何も言わずに家の中入ってっちゃうし、確かにもうちょっと言葉は欲しかったなぁとは思ったよ?だけど、別にその…嫌、じゃなかったし…寧ろ、とっても嬉しかったし、逆にありがとうございますと言いますか…』


「う…嬉しい…?」


『うん?うん、嬉しいよ。だって、ずっと好きだった人と恋人になれて、ファーストキスもらえたんだよ?嬉しくないわけないよ』


「…ぇ?」


 ふと時間を確認すると日付はとっくに跨いでいて、10分は過ぎてしまっている。


 流石に今この状況でわざわざ分かりづらい嘘を言うとも思えないし、私に気を遣ってくれてるのかもしれないけど、咲那の表情はそういう感じじゃなくて、寧ろ心底嬉しそうって言うか―――


「もしかして私…とんでもない勘違いを…」


『えぇ?どういうこと?』


 私は、自分がとんだ勘違いをしていた旨を全て咲那に話した。


 せっかく勇気出してしてくれた告白を無碍にしてしまったと言うのに、咲那は怒ることもなく聞いてくれた。


『た、確かに…。エイプリルフールに突然告白されたら、普通そう思っちゃうよね…私、昨日がエイプリルフールだって気付いたの、立夏に言われてからで、全然考えてなかった…』


「ごめんホントに!やっぱそうだよね、今にして思えばアレが全部演技な訳ないのに…!!」


『じゃ、じゃあ、私が立夏と恋人になったのも、立夏にとったら嘘で…私はまだ立夏とはただの幼馴染みということに―――』


 絶望したような表情を浮かべる咲那。


「ちがっ…好きっ!!私っ、咲那のこと好きなの!今日、恋人として過ごしてる内に独占欲とか愛おしさとかいっぱい感じちゃって、好きって気付いた!!だから、恋人でいさせてくださいっ!というか、好きですっ!私と付き合ってくださいっ!!」


 思い切り頭を下げるが、いつまで経っても咲那からの言葉はなく、恐る恐る顔を上げると、目から溢れんばかりの涙を流している咲那の姿が画面に映っていた。


「え、えぇ!?なんで泣くの!?」


『う゛、う゛れじずぎで…私、立夏のことずっと好ぎで…立夏に告白して、断られたらどうじようって全然寝られなくて…ひっく…恋人になれて、デートして、キスまでしてくれたのに…でも、全部嘘だったらどうしようって…よがった…ほんどうで…うん、付ぎ合う…ずっど、立夏といっじょにいだいよぉ…』


 私、今日咲那のこと泣かしてばっかりだ。


 いっぱいに嬉し泣きする咲那を見ていたら私まで涙が溢れて来て、私たちは涙が枯れるまで泣き腫らした。


『立夏、大好き』


「私も、咲那のこと大好き。今日からは本当の恋人として、改めてよろしくお願いします」


『うんっ、よろしくね』

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告白されたのがエイプリルフールだったから冗談だと思ってOKしたら本気だった話 甘照 @ama-teras

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