第2話 さくらひらひらフレーバー
「「ごちそうさまでした」」
二人手を合わせて食後の挨拶をして、洗いものを仲良く済ませてからソファに並んで腰かける。
「立夏、夜ご飯もうちで食べる?」
「んー。あ、一緒していい?今日確か、お母さん帰り遅くて、お父さん出張中だった気がする」
「やった!何がいい?とか言って。あんまり食材残ってないんだけど」
「何が食べたいかぁ、ん~、さっきオムライス食べたから…うーん、思いつかん」
「じゃあとりあえず卵なくなっちゃったから買いに行くついでに、途中で食べたいもの思いついたら適当に買おうかな…一緒に付いて来てくれる?」
「うん、行くー。あ、だったら私、寄りたい所あるかも」
そんな訳で、私は一度家に帰ってお出かけ用のちょっとおしゃれな服に着替えて待ち合わせ場所へと向かう。
徒歩五分くらいの場所にコスパのいいスーパーがあり、いつもならそこに向かうのだが、今日は電車で三駅ほど離れたデパートに行く予定だ。
駅前のコンビニまで早足で向かい、見慣れた黒髪を見つけて駆け寄る。
「ごめん、待った?思ったより服選ぶの時間かかっちゃった」
「ううん、全然待ってな―――」
咲那は見ていたスマホから顔を上げて私を見るなり、何故か固まってしまった。
どうしたんだろうと顔を覗き込むと、これまた何故か顔を真っ赤にして視線を泳がし始める。
「どした?」
「い、いや、なんか、あの、立夏、そ、その、服が…」
「あー、これ?そう!今日は恋人だから、ちょっと気合い入れてみました!どう?似合ってる?」
本日の装いは、少し青みのかかったホワイトのショートパンツに少しゆったりとした滑らかな生地のロングスウェットと言う、動きやすくて清潔そうに見えるものにしてみた。
コーデとかよく分からないから無難な白で統一して、鞄も薄桃色で春っぽいものを選んだ。
私は黒のハーフアップでよくスポーティなのが似合うと言われるから、スカート好きだけど避けてたりする。
咲那は言葉を探すように口をぱくぱく動かしてから、
「す、すっごく似合ってる!そ、その立夏のちょっとスポーティな雰囲気にベストマッチしてて、清潔感を醸しつつバッグは春にも合った温かい感じがして―――」
「ちょちょちょっ、言い過ぎ言い過ぎだって!そんなに言われたら照れるってば!」
普段から「可愛い」とか「似合ってる」とか軽く言ってくれたりするけど、なんで今日はグルメ家並の饒舌なんだ。
それを言うなら咲那だって、白シャツにギンガムチェック柄のギャザーキャミワンピース、その上に透けるくらい薄い生地のアウターと言ういかにも清楚そうな着こなしで、元々黒髪ロングで少しミステリアスな彼女の雰囲気によくマッチしていて文句の付けようもなく可愛い。
「咲那も普段より気合い入ってるよね。似合ってるよ」
「あ…ありがと」
服の褒め合いもそこそこに、出発間際の電車にギリギリ乗り込んで目的の駅まで出発する。
見慣れた風景を横目に見ながら、咲那と他愛も無い話をしていたらすぐに到着。
最終目的地のデパートまで何となく私の方から手を繋いで歩き、着く頃には何故か咲那はゆでだこみたいに顔を赤くしていて、熱でもあるのかと聞けばそうではないと言われ、ちょっと髪の毛整えてくるとか言って化粧室に行ってしまった。
待ってる間暇だから、せっかくのエイプリルフールだし私も何か嘘を吐いてみようと考えてみる。
微妙にいいのが思いつかないまま咲那がトイレから帰ってきてしまう。
「立夏、お待たせ~!ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」
「え…誰ですか?」
咄嗟に出てしまった、私が咲那のことを忘れてしまうと言う謎の嘘。
秒でバレそうだから頭の中で没にしたのに、どんな嘘にしようかぐるぐる考え過ぎて口をついて出てきてしまった。
「ぇ……」
咲那は悲壮な表情で青冷め、よろよろと近くの柱に背中を付け、今にも泣きそうな顔になってしまう。
「ちょっ!ごめん!嘘嘘っ!今の嘘っ!」
慌てて咲那の方へ近寄り、両手をぎゅっと握る。
手はすっかり冷たくなっていた。
「…ほんと?」
涙声の咲那に勢いよく頷く。
「ほんとほんと!ほら、今日ってエイプリルフールだしちょっと嘘吐いてみようかなって思った出来心でっ、だから冗談!咲那のこと忘れるなんて絶対!万が一にもありえないからっ!!」
咲那はずずっと鼻を啜り、潤んだ瞳で「よがっだぁ~」と涙と鼻水塗れのまま私に抱き着いた。
よしよしと頭を撫でていたらふと周囲からの生温かい視線を感じて、人気のないベンチまで移動した。
ベンチに座る頃にはかなり落ち着いたみたいで、落ち着いたら落ち着いたで今度は恥ずかしさに顔を隠してしまっていた。
「ごめんね立夏…冗談の通じない重い女で…今日がエイプリルフールだったのすっかり忘れてた…」
「私の方こそごめん。普通につまんない嘘吐いて。でも、万が一にも私が咲那のこと忘れることなんてありえないから、そこは安心して欲しい」
咲那の手を自分の胸の前で握り、真剣な眼差しを送る。
「…うん」
咲那は惚けた表情で立夏を見ながら返事をした。
その後は何事もなく食材やらお菓子やら調味料やらの買い物を済ませて、私の寄りたい店に向かった。
行き先は有名なアイスクリームのチェーン店。
この前テレビのコマーシャルで期間限定の『さくらひらひらフレーバー』が発売されると言うのを見て、前々から食べたいと思っていた。
私はもちろん期間限定のやつを、咲那はレモン味を頼んで席に着く。
さくらひらひらフレーバーとはどんなもんかと一口食べてみれば、何だか微妙によく分からない味がした。
「立夏、それ美味しい?」
「んー、何と言うか、多分私の味覚が時代に追いついてない」
「ふふっ、何それ。じゃ、私の食べる?」
「食べるー。咲那も私の一口どぞ」
咲那とアイスを交換し、レモンフレーバーに口を付ける。
やはり無難に美味しいレモン味。いつどこに行っても変わらない安心できる存在、まるで咲那みたいだな。
たまに新作食べたり冒険もいいけど、やっぱり私はここ、咲那の隣にいるのが一番好きだな。
「んふふ」
「急にどうしたの?」
「いや、やっぱり咲那が好きだなぁ…って思って」
「ふぐっ」
何やら正面から珍妙な鳴き声が聞こえてくる。
…え?私、今何て言った?
もしかして、「咲那が好きだなぁ」とか口走っちゃった?
恐る恐る咲那の方を見ると、目を見開いたまま顔を真っ赤にして固まっていた。
うわぁ、私、絶対言っちゃったじゃん!
早く弁解しないとっ。
「咲那、今のは―――」
『嘘』、なのか?
少なくとも、嫌いということは絶対なくて。
咲那の傍にいたら安心するし、幼馴染み兼親友と言う関係でずっと一緒にいるけど、たまに喧嘩したりするだけで傍にいるのが嫌になったことなんて一回もないし、咲那と一緒にいると幸せだし。
嘘、ではないかもしれない。
「―――なんでもない」
そうして私たちは何とも言えない空気のままアイスクリーム店を後にした。
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