【ショートストーリー】永遠を描く画家

藍埜佑(あいのたすく)

【ショートストーリー】永遠を描く画家

 静かなる海辺の村に流れる風は、ある秘密を囁いていた。

 冬の終わりごろ、その辺りで名の知れた老画家が、最後の作品だという絵を描いていた。

 冷たい青さを湛えた海を背景に、一輪の真紅の薔薇を手にした女性が描かれているが、その顔は不思議にも「空白」であった。

 村の人々は、その画家の妻が若くして亡くなった後、彼は誰にもその顔を描くことができないとささやいていた。

 若い日の情熱と共に去った妻を、彼は絵にしたかったのだ。

 しかし、どんなモデルを前にしても、妻の面影を絵にすることはできなかったのだという。

 そんなある晩、村の端にある老画家の家で、翌朝、画家は自宅のアトリエで亡くなっているのが発見された。

 その手には、未完成の絵の傍らに散らばる一枚の古びた手紙が握られていた。

 その手紙は消えかけのインクで書かれた妻からの最後の手紙で、こう締めくくられていた。

「真実の愛は、この世ならざるところにも存在するわ。その証として、私たちの薔薇を絵に留めてください。そしてその薔薇が枯れた時、私たちはまた一緒になれるのですから」

 村の人々はこの手紙に悲哀を感じながらも、丁重に故人を弔った。

 しかし、この村には密かな噂があった。

 老画家の妻は、生前、不可解な力を持っていて、真紅の薔薇を摘むと、時が止まると言われていたのだ。

 そして数日後、驚くべきことが起こる。

 画家のアトリエを訪れた者たちが見たのは、あの未完成の絵が、まるで命を得たかのように完成していたのである。

 不思議にも、その顔は、老画家の死んだ妻そっくりだった。

 事件は村の警察でも解決できず、謎は深まるばかりだった。

 しかし、数日後、ある老婦人が警察を訪ねてきた。

 彼女は老画家の隣人で、まさにその謎を解くカギを握る人物だった。

 老婦人によると、画家が死んだ晩、奇妙なことが起こっていたという。

 老画家の窓から、真夜中に灯りがともり、画家が何者かと話している声が漏れ聞こえたのだ。

 その声には、優しさと哀しみが混じり合っていたという。

 警察は、これをただの噂話として聞き流したが、その話が真実だとすれば、この世ならざる者が画家の未完成の愛を成就させに来たのかもしれない。

 月日が流れ、老婦人もこの世を去ったが、

 その後も、その絵の前を通る者達には、時折、冷たい海風とともに、不思議な温もりを感じる者が絶えなかった。

 老画家と彼の妻の愛は、この現世を超えた所で結ばれていたのかもしれない。

 別件の調査の関係で、ある調査団が老画家のアトリエを訪れた際、隣接する部屋から、油絵の具と旧時代の化粧品が混ぜられた特有の匂いを嗅ぎ取り、壁裏の秘密の部屋を発見した。

 そこには、妻そっくりの顔をしたロボットが、絵筆を握ったまま停止しているのが発見されたのである。

 老画家は、永遠の愛を成就するために、見た目も感情も妻のような機械を作り上げたのだ。

 愛とは、人を狂気へと追いやるもの。

 しかし、それがもたらす作品には、時を超えた真実の美が宿るものなのだろう。

この出来事は、村の奇談として語り継がれることとなった。


(了)

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【ショートストーリー】永遠を描く画家 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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