【第4話】私の騎士は――

【リゥル・ラウラース】

この国の第一王女。

アルテア公爵家当主のジュリオと婚約を結び、女王への道を順風満帆に歩んでいたが、かつて国中に騒乱の渦を巻き起こした大罪人・アイゼンと、国王の妃・フローラとの間に産まれた不義の娘だということが発覚してしまい、これに激怒した国王により処刑を言い渡されてしまう。


【エリエ】

リゥルの侍女。

幼き頃よりリゥルとは姉妹のように育てられてきた間柄。

騎士団第29遊撃小隊の隊長を務めており、かつて熾烈を極めていた西方戦線において獅子奮迅の活躍。敵国から血塗られた戦乙女《BradleyValkyrja》と呼ばれ恐れられた。

誰しもに見捨てられたリゥルに対し、唯一寄り添うことを決めた人物。


【ジュリオ・アルテア】

アルテア公爵家の若き当主。

政治家として天賦の才に恵まれながら、無類の努力家でもある好青年。

国王からの信任も厚く、若輩でありながらも既に貴族院の中で確固とした地位を築き上げている。

リゥル第一王女と婚約関係にあったが、罪人となったリゥルに対して容赦なく婚姻関係の破談を言い渡した。








「公爵、様――」


お城のカフェテラスで、温かな木漏れ日降り注ぐ中で笑い合っていた頃が、とても懐かしく感じます。

そのような険しげなお顔をさせてしまうのは、わたくしの血に刻み込まれた悪人の魂のせいなのですか。


「姫様――」


あの樹の下でプロポーズを受けたときとは、まるで異なる声色。

もうあの時のような優しいお声を聴かせてはもらえないのでしょうか。

貴方の、耳朶を心地よく震わせてくれる囁きを聴いて、胸の中にほんわり温かい気持ちを浮かばせることが、わたくしの日々の楽しみでしたのに。


「待て――」


そうやって後ろに控えた兵士達から立ち上る殺気を抑えるように、手のひらをかざす公爵様。

いつだっただろうか、わたくしの頭を優しく撫で付けてくれたその凜々しくしなやかな手のひら。

それが今では、わたくしを捕らえるために引き連れてきた、その兵士達を動かすために使われるのですか。


場はまさに一触即発の状況。

公爵様の後ろに控えた兵士達、もしくは、わたくしの傍に控えたエリエ、どちらかがその足を一歩でも前方へと踏み出せば、その瞬間からこの狭い空間は戦場となってしまうのでしょう。


故にこそ――、このような市民が平和に過ごす街中で殺し合いなどを起こさせないためにも、


「公爵様――、ご用件を伺ってもよろしいでしょうか」


ここは、わたくしと公爵様とで、何としてでも場を収めなければなりません。


すると、公爵様はふと肩の力をふっと抜き、そのまま目を瞑りました。

そして、何かを逡巡するような間をひとつふたつ置いたところで、


「・・・っ!?」


膝をつき、腰を落とし、後ろの兵士の狼狽する様子に構うこともなく、わたくしに向かって頭を垂れるのでした。


「先日の非礼を――、心よりお詫びしたく、馳せ参じた次第でございます――」


その行動はあまりにも予想の範疇を越えていて、おそらく向こうの兵士達のそれ以上に、わたくしは激しく動揺してしまいました。


「永久なる忠義を誓っておきながら――、いえ、それ以上に、とこしえの愛を約束しておきながら、そんな姫様に対して無礼極まる言動の数々――」


その声色からは、貴方の悲痛な気持ちが溢れてくるようで。


「あの時の己の非礼を後悔しなかった日はございません。あのような、下劣極まりない雑言を自分の口から吐き出してしまったことが――、それを、よりにもよって敬愛する貴女様に差し向けてしまったことが――」


下げた頭からその表情は窺えなくとも、震える肩が悔恨の意を現してしまっているようで。


「私の20年の――いや、これからの私の人生すべてにおいての最大の汚点であり、大罪であると――、そう思わずにはいられなくて・・・っ」


そう、だから――


「今更、許しを請うつもりも御座いません。私の自己満足であることも、否定は致しません。ですが――」


わたくしが、貴方様に裏切られて、失意の底を彷徨っていたのと同様に、


「せめて――、せめて、今此処で――、頭を下げ、誠意を示すことだけは・・・っ、お許しいただきたいのです――」


貴方様も、この胸が張り裂けるような苦しみを、抱えておられたのですね。


「そして、このような戯れ言染みた言い訳を、そのお耳に入れてしまうこと、甚だ無礼であることを承知の上で――、それでも、釈明をさせていただきたいのです――」


すると、公爵様は垂れていた頭を持ち上げ、美しいサファイア色の瞳を悲しげに細めながら、わたくしの顔を見つめてきました。


「現在の国王様の絶対的な権力からすれば、我らアルテア家といえど、吹けば飛ぶような儚き存在。あのときは、ああするほか無かったのです・・・っ」


「公爵様・・・」


「二百人の部下達を路頭に迷わせてしまうわけにはいきませんでした。無論、このような子供じみた言い訳、姫様の知ったことではないのかもしれませんが・・・っ、ですが・・・、その、私は・・・っ」


「いいのです、公爵様――」


「姫、様・・・?」


そのお気持ちを知ることが出来ただけで、わたくしには十分なのです。


「貴方様もお辛い目に遭われていた。それは、わたくしと同じだった――」


そして、このようなことを口にするのは、少しだけ性が悪いのかもしれませんが、


「そのことが聞けただけで、わたくしは嬉しいのですから」


それでも、このような状況に陥ったとしても――、貴方様と心が通じ合っていた。

それだけで、わたくしの胸にほんのりと温かな気持ちが蘇ってくれたのですから。


「姫様・・・っ、本当に申し訳ありませ――」


「公爵様」


「え・・・っ」


「貴方様が頭を下げる必要も、謝意を現す必要もございません。何故なら、わたくしは罪人の娘。咎人の血が流れる存在。なので――」


そして、わたくしはふっと天井を見上げてしまいます。

ええ、そうです。

わたくしが今よりも前に進むためにも、公爵様に今より前に進んでいただくためにも――、これだけは――、この事実だけは、今一度認めねばなりません。


「ここにいるのは、もうこの国の”姫”などではないのですから――」


このような言葉、貴方様の前でだけは口にしたくはなかった。


その口から囁かれる「姫様」という響きに、どれだけ癒やされていたことか――

いつの日か、貴方様と共に国を背負って立つ日を、どれだけ待ち望んでいたか――

そして、そんなわたくしの幼き頃よりの夢を、この自らの手で離してしまわなければ、ならないのです・・・。


「いえ、姫様は、どのような状況に陥ろうとも、私にとっての姫様なのです・・・っ!」


「だから、いいのです・・・、もう、わたくしは――」


だから・・・、あの幸せだった日々に、今此処で、さよならを告げて――


「只今、他の貴族らと共に、国王様へ姫様の処分を撤回するよう働きかけを行っております」


「え・・・っ?」


公爵、様・・・?


「王妃様に関しましては・・・、正直、事が事だけに助命を願うのは難しいのですが・・・、それでも、先代の遺恨を姫様にまで被せようとするのは――、絶対に間違っていると、私は思うのです・・・っ」


「え・・・っ」


「既に複数の貴族より同意と協力を頂いております。事態が収束するまでの潜伏先もこちらで用意させていただきますので・・・、どうか――」


「・・・っ!?」


そして、公爵様は手を差し伸べるのでした。


「私が――、姫様をお救いしてみせます・・・っ!」


辛かった時には頭を優しく撫でてくださり、ダンスの際には紳士的にリードしてくださり、そうやってわたくしに温もりと慈しみを分け与えてくださっていたお手を、今一度ここで、差し伸べてくださるのでした。


「・・・・・・・・・」


また、あの幸せだった日々へ帰ることが出来る・・・?

また、貴方様の優しさに触れることが出来る・・・?

もう、このような辛い思いを、しなくてもよくなる・・・?


「・・・・・・・・・」


わたくしを救ってみせると、瞳を輝かせて仰ってくださった貴方様は、まるで絵本の世界から飛び出てきた王子様のようで――

この手を握り返しさえすれば・・・、かつての臣下達から追われるような心配も無くなるのか――

この美しい手のひらに触れさえすれば・・・、悲惨な最期を迎えるような不安と絶望を抱え込まなくともよくなるのか――


「・・・・・・・・・」


だから、わたくしは――


「姫、様・・・?」


無様にも床に膝を付き、そして、元王族にあるまじき所作であると分かっていながら――


「え・・・っ?」


傍らに控えていたエリエの胸にしなだれかかるのでした。


「・・・・・・・・・」


そんな、昔のような甘えん坊に戻ってしまったわたくしを、エリエは何も言わず抱き締めてくれます。


「・・・・・・っ、な、なぜ――」


激しく狼狽した様子を見せる公爵様の姿を、エリエの胸に抱かれながら、どこか他人事のように見つめてしまう。


「何故なのですっ!?姫様っ!?何故、私の手を取ってくださらないのですか・・・っ!?」


そうやって声を荒げるかつての婚約者の姿を、エリエの胸に寄りかかりながら眺めてしまう。


「・・・・・・っ!?そ、その女に、姫様をお救いする力など御座いません・・・っ!只の一介の騎士崩れなどに――、私なら・・・っ、私の力を持ってすれば、必ずや、姫様を元の身分へと・・・っ、あるべき場所へと、お戻しすることが叶うのですっ!」


すると、エリエがそのちょっとだけ幼げで――しかり頼り甲斐のある細やかな手で、わたくしの髪をさらさらと撫で付けてくれて、その揺り籠のような心地に、目を瞑って甘えてしまうのです。


「・・・・・・・・・ッ!?姫様・・・っ、私の、手を――」


「公爵様――いえ、アルテア様?」


「・・・・・・ッ!?」


それに答えたのが、わたくしの口からではなく、エリエの口からだったのが余程気に食わなかったのか、公爵様の表情には今までわたくしに見せたことがないような険しい怒りが込められておりました。


「もう、勝敗は決しておられるのですよ?これ以上見苦しい姿を姫様の前にお晒しにならないほうが、よろしいかと」


エリエ・・・?

なんだかちょっとご機嫌?

というか、得意気?


「・・・・・・っ、何が言いたい、怪力女――」


「まあ・・・っ、それが淑女に対する紳士の話し方ですか?まったく、こんな失礼な男にこのようにつけ回されて本当に可哀想――、ね?リルちゃん?」


「え、ちょっと・・・っ、エリエ・・・っ?」


すると、エリエは胸に抱いていたわたくしの顔に自身の顔を寄せてきて、少々行儀の悪い頬ずりをしてきました。

そう、まるで――、目の前のお方へと見せ付けるかのように――


「・・・・・・ッ!?貴様ァ・・・ッ!?」


あの、エリエ・・・?

公爵様を挑発なさって、一体何がしたいというの・・・?

――という疑問の声は、胸の中でドクドクと鳴り響く心臓の鼓動にかき消されて、口に出すことが叶いませんでした。


「アルテア様・・・。失礼を承知で言わせていただきますが――」


あの・・・、かなり真面目な口調で誤魔化してはいるようですが、アナタまずその下品な頬ずりをやめませんか・・・?

公爵様はもちろん、後ろの兵士達までもが唖然とした顔でこちらを見ておりますよ・・・?


「姫様は――、200人の部下よりも、脈々と受け継がれてきた家名などよりも――、”姫様自身”のことを選んで欲しかったのですよ」


さすがに羞恥で顔が燃えあがりそうだったため、エリエに顔を離すよう言いつけようとしましたが、その言葉を耳にした途端、わたくしは口を動かすのをやめてしまいました。


「え――」


そして、呆然とした目つきで、けれどちょっとだけ青ざめたような顔つきで、こちらを見つめてくる公爵様のお顔を拝見した瞬間、悲しいことに、わたくしは全てを悟ってしまったのです。


「アルテア様は、姫様を選ばなかった。選べなかった。そして、この世で姫様の――いえ、”リルちゃん”の手を取ったのは――、わたしだけなのですからっ!」


一国の姫として、人の上に立つ者として、あるまじき我が侭なのですが――、それでも、エリエの言葉は的確にわたくしの想いを捉えていました。

なのですけれど・・・、その得意気な口調だけは、どうにかなりませんか?


「じゃあ、リルちゃん、行こっか?」


「え・・・、わわっ!?」


その小柄な体躯からは想像出来ないような力でわたくしの身を抱きかかえると、そのまま公爵様達が構える方へと歩き出すエリエ。

そんな堂々たる様に、思わず兵士達も外への道を開いてしまいました。


「では、アルテア様、お達者で――」


「・・・・・・っ」


悔しげに歯ぎしりするこれまでに見たことのない公爵様の横顔を、エリエに抱きかかえられたまま覗き見て、そのまま横を通り過ぎていきます。


「――、――っ」


横を過ぎる瞬間、公爵様が何かを小声で呟いていた気がするけれど、わたくしの耳がそれを捉えることは出来ませんでした――






「申し訳ありません、姫様・・・っ、何かもう、色々と・・・っ」


「本当にね。まったく、アナタらしくないわよ・・・?」


それを言えば、今のこの状況もそうなのですけれどね。


「本当に、申し訳ありませんっ!お詫びの印に、わたしに出来ることならば、何でもいたしますので・・・っ」


「ふふ・・・っ、いえ、いいのですよ、エリエ・・・」


既に夜も明けて、まばらに人も行き交う街路のど真ん中を、ごわごわの防寒着に身を包んだ少女を一国の姫にするかのように優雅に抱きかかえて歩き往く様は、それぞまさしく”アナタらしくない”と言えるかもしれません。

市民の方々も、先程の兵士の方々と似たような唖然とした表情を浮かべていらっしゃいますよ。

アナタ、ああいう目を向けられるのが苦手なのではなくて?


「姫様・・・?」


そうしてわたくしは、申し訳なさそうな顔で見つめてくるその頬を軽く撫で付けます。


「既に、胸より溢れ出てしまいそうなほどに――、頂いておりますから・・・」


「え・・・?それは、どういう――」


「それに、ね・・・。わたくし・・・、こういう言い方はちょっと行儀が悪いのかもしれませんが――」


街並みの向こう側に朝陽が昇ってゆく。

これまでに見たことのない、新しい朝焼けが眼を刺激する。


「ちょっとだけ――、すっきりしちゃったっ!」


「・・・・・・っ、は、はは・・・っ、奇遇ですね、わたしもです・・・っ!」


これからわたくしは、この従者と共に、あの朝焼けに向かって――、見たことのない世界へと飛び込んでいく。

怖くないと言えば嘘にはなるかもしれませんが、それでも――


「エリエ、行こっ!」


今はちょっとだけ、ワクワクする気持ちの方が強いかもしれません――










※あとがき


ひとまずの更新はここまでとなります。

もしかしたら、エリエ視点のサブエピソードを1話追加するかもしれませんが。


なんか漫画の打ち切りみたいなところで切っちゃいましたが、ちゃんと続きはあります。

一応、プロットも大まかに作成してはおります。

ただし、これ以降は余程の反響がなければ執筆しないかもしれません。

(貴族モノはただでさえ台詞の言い回しを考えるのが大変なので(ノД`))


続きが見たくて身体痒くて仕方ないという奇特な方がもしいらっしゃれば、いいねや拡散の方ヨロシクお願いします。

書かざるを得ない状況に追い込まれれば、重い腰も持ち上がるやもしれません。

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私のメイドは騎士(ナイト)様! ○○○ @marumitsu

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