第9話 告白
俺のいるクラスでは席替えは大体月毎に行われる。
4月の中頃から新2年生として一旦は出席番号として並べられていたが、担任の先生が4月も終わらないうちにとっとと席替えをしたため、5月いっぱいまでという通常より長い期間 席が変わらなかった。
俺は窓際最後列という最高の席だったのでそれで良かったし、なんなら変わらないでくれとまで思ったが、現実は非情であり時の流れは不変である。つまりは6月になったらそそくさと席替えは行われた。
今まで最前列に居た人間は解放されたとばかりに声をあげて喜び、その他は最前列は嫌だ出来れば後方へなんて阿鼻叫喚の様相を呈したが。全く……毎月毎月これなんじゃないかと考えるともう少し落ち着いて欲しいものである。
「一番騒いでたのはお前」
「ソンナコトナイヨ」
最後列でも窓際でもなかったが、中央でも前よりでもなかった。
ベストではないがベターである。問題ない。
問題があるとするなら。
「ユウは窓際」
……
つい先日まで完全に無視されていたのだが、今では俺に対して勝ち誇った顔を見せつけてくる。
何故だか知らないがこの前の練習の時から事あるごとに自分の方が優れていると主張してくるのだ。
正直うざい。うざいが……それよりも前の態度と違いすぎて困惑が先行している。
それもこれも今日の放課後にわかるんだろうけど……。
「また悩んでるんすか?」
「ああ……糸目くんか」
「糸目の印象しかないんすか!?織田川っすよ、織田川 興也!」
いつも後ろから話しかけてくるのはなんでなのだろう。いい加減慣れてきた。
「最近悩みがちっすねぇ」
「思春期なのかもしれない」
「そう……秀吾クンもそんな時期なんすね……」
「後方腕組み幼馴染面???」
「"親友"が抜けてるっすよ」
親友……友達かぁ……。
「織田川くんはいつから友達だと思う?」
「友達の定義っすか?そうっすねぇ……一緒に笑い合ったらとかじゃないすか?」
一緒に笑い合う、か。
流石織田川くんいい言葉だ。いい響きだ。思わず
「理解しあったら、かな」
「杜さんには聞いてませんけど?」
「独り言に過剰反応するのはモテない」
絶対独り言じゃなかったでしょ。でも指摘したら『証拠は?』とか言うと思う。
ただの偏見の類だったが、妙にリアルに想像出来てしまい思わず苦い顔になる。
「お、いつの間に仲良くなったんすか?杜サン……は人を寄せ付けないオーラ出してたから、仲良くなりたくてもなれない人が多かったんすよ?」
「仲良くない」
「悩みの種」
「おっと思ったより強い否定。それは失礼したっすね。でも悩みの種なんて……ホントにどうしたんすか?」
うーん、どこから説明しようか。そもそも本人の前でそれらのことを言うのもどうかと思うけど。
「なるほど……この前の練習の時に知り合ったと」
「うんまだ何も言ってないね。恐ろしいことにその通りだけど」
「そして何故か事あるごとに杜サンにマウントを取られて困っているってことっすね?」
「うん完結しちゃったね、何も言ってないのに」
そうだった織田川くんは頭がいいのだ。成績は上の下ではあるけれど、頭の回転がとにかく早い。そして気を利かせて先回りして色々してくれていたりする。なんだ、ただのイケメンか。
「フッ甘い。なんとユウがコイツを放課後呼び出している」
「へ?」
「あ、大事なところは本人が言っちゃうんだ。俺の思慮は意味なくなっちゃったね。何も喋ってないし俺最初から居なくていいねこれね」
「へ??」
流石の織田川くんもこれには素っ頓狂な言葉を漏らしてしまう。
そんなタイミングでもないが……その様子を見て少し嬉しくなってしまった自分がいる。
「なんで進展はないくせに展開だけは早いんすか……!」
何か織田川くんが小声で言っていたが、程々にうるさい休み時間の教室では聞き取ることは出来なかった。
この間みたいに放課後の静かな教室ではどうだったか分からないが。
「あ、そろそろチャイムが鳴っちゃいそうっすね。失礼するっす。結局相談乗れてない気がするので、また聞かせてくださいっす!」
そう言って彼はトタトタと自分の席に戻っていった。
……織田川くんは真面目だなぁ。別にチャイムが鳴ってから着席してもいいのに。
その後は特に話すこともなく、時間は過ぎていった。
※
放課後。前よりも陽が上にあり、薄くなった橙がこれから訪れる夏を予感させている。
文化祭まであと2週間を切った。
ちらほら放課後残って作業をしている人も見え始めている。小道具の用意や書類関係だろう。
織田川くんも最近生徒会の仕事で忙しいと愚痴をこぼしていたっけ。
俺も確か小道具とか装飾関係の係に当てられていたと思うのだが、一体どうなっているのだろうか。
「よく来た」
「そりゃまぁ逃げはしないけど」
練習の時にも使った208教室へ足を踏み入れる。
窓は開いていてバサッ……バサッ……と音が聞こえる。生ぬるい風がカーテン押し上げていた。
「率直に言う」
教室の電気はついてなかった。光源は窓から入ってきている陽ただ一つ。
窓に背を向けている彼女の表情は、俺からは逆光でよく見えない。ただ……眼が俺を貫いて離さない。思わず生唾を飲んだ。俺からしたら用件が何も分からない。だから緊張感だけが俺に伝ってくる。
呑まれていた。彼女から発せられる雰囲気に。そこから感じる圧に。
そうして彼女は口を開く。軽く息を吐いて。まるで名付けるように重々しくも軽々しく。
言葉を紡ぐ。
「ユウは、私は、梓のことが、好き」
後々から考えれば。
最初に踏み込んだのは彼女だったのだろう。
名前を付けたらもう後戻りはできないと知っていながら。名前を付けないと何も始まらないと分かったから。
彼女はその一歩を踏み出したのだ。
消しゴムは拾ってくれない 〆サケ @ShimeSaKe_2130
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