第8話 今の関係は?
あれから1時間くらいは過ぎて、もうそろそろ解散しようかなどといった雰囲気になっていた。
練習といっても桐谷さんの動きを見たり、台詞の解釈についての相談だったりだった。
脚本が書かれた冊子を見せて貰ったが、確かに結構変えているらしい。
時間制限がある関係上、オリジナルの台詞が多くなるのはむしろ当たり前なのだが、そういう話ではなく展開がそもそも違う。毒リンゴを食べた白雪姫は倒れ、王子が一目惚れするのは一般的と言えるのだが、通りすがりの狩人も一目惚れし、七人の小人達が白雪姫に相応しいのはどちらかを選ぶために様々な試練を課す。あとは、その試練の内容にクラスで要望のあった企画をすれば、なるほど反対意見の出にくい劇になる。最後にダンスを入れるなど文化祭らしいギミックが詰め込まれていて、面白いものになるだろうと予見できた。
白雪姫の出番は序盤と終盤。毒リンゴで眠るまでと起きた後の一連の流れである。
「ダンスもするの?」
「そりゃ主役の1人だからね、踊らないわけにもいかないかな」
「え……桐谷さんって踊れる人間なんだ……」
「前々から思ってたけど、楠木くんって私のこと舐めてるよね」
「梓まで喧嘩し始めたら収拾つかないから。ストップ」
桐谷さんの眼を見つめて考える。
別に舐めてる訳じゃなくて……単純にあー、踊れるんだーって驚いただけで……。
「いッ……!」
「どうかした?」
「イエッ、ナニモ!」
痛みを訴える足を気にしないフリをしながら、その原因の方を見る。
暴力系は今日日流行らないですよ桐谷さん。
あと脛はガチの急所なんでよくないですよ桐谷さん。
「むぅ」
……なんですか桐谷さん?
いまだにこっちを見つめてきて……なんだ?
何かを伝えようとはしているのはわかるのだが。
眼を合わせ俺の何も分かっていない思考を読みとったのか、桐谷さんはため息をついた。
逆に何かに勘づいたことを褒めてほしいものである。
「もう!なに2人で意味深に見つめあってるわけ!」
「えっ、あっ、んん……!」
「イエッ、ナニモ!」
桐谷さんは慌てて眼を逸らして俯いた。
……そういうことか、
「最初に言ったもん……!バレたことないって……言ったもん……!」
桐谷さんが蚊の鳴くような声で何か言っている。
初めて出会った時に言っていたような気はする。俺から質問したんだったかな。
なるほど、つまり読心を知らない杜さんがいるのに、読心を介した会話をずっとしていたから俺を注意をしたということか。仲が良さそうだったからてっきり教えているものだと思っていたが……桐谷さんにとって能力がどれくらいバレたくないものなのかを見誤っていた。俺の配慮不足だ。
でも大丈夫だろうか。『バレたことない』なんて意味深なこと言って。
この静かな教室だと、いくら小さな声でも聞こえてしまうだろう。
「……お前、梓と、どんな関係?」
ですよね、そりゃ気になるよ。俺だって気になるもん。
……まぁ本来なら最初に聞かれてもおかしくない質問だった。隣の席の人程度しか接点のない人間が喋ろうとするなら、共通の話題として出てもおかしくはない。梓さんが遅刻したせいで後回しになっていただけ。
いつかは聞かれる事だった。
「恋人ではないのは見てわかる」
「そうだね」
言ってて悲しくなるが、生まれてこの方彼女がいたことなどない。
まず女性と関わりが今まででなかった……!
「……」
桐谷さんから可哀想な人を見る目で見られているが、今は触れないでおく。あとで覚えといてほしい。今は眼を合わせないようにしとこう。
関係……関係か……。
俺と桐谷さんはどういう関係なんだろう。
友達……?友達っていつから友達なんだろう。果たして俺は桐谷さんと友達だと言えるのかな。友達って、こう、双方向なものだと思うんだ。互いに友達だと感じないと結べない関係だと思う。俺がここで桐谷さんと友達と言ったって向こうがそう思っているとは限らない。『え……そんな風に思ってたんだ……』的な感じだったら、一旦今世は諦めて来世に期待することになる。
というか桐谷さんの言葉が引っかかっているのだから、安直に友達って答えても許してくれないんじゃないだろうか。
「あと10秒以内で」
ふぁ!?しまった黙り込みすぎた!流石に杜さんが痺れを切らしてしまった。
んと、つまり、『バレたことない』の説明というか少なくともそれに触れないといけなくて、僕は、ええと、ああ、待って、まだ、つまり、えと、ど、どう──。
「ふ、2人だけの秘密を共有してる仲……です……」
シ──ン……。
そんな擬音さえ聞こえてきた。
正確には外から運動部の声が聞こえていたはずなのだが、今、この時だけは時が止まったように感じた。
桐谷さんが謎のポーズで固まっている。……桐谷さんの動揺ぶりを見ているとなんだか落ち着いてきた。自分よりもビビッている人を見れば落ち着くのと同じだと思う。
同時に自分の言ったことの意味が段々と分かってきた。サーッと血の気が引いていくのを感じる。
「なるほど……分かった」
杜さんが何か分かったらしい。
この事態の収束の仕方だろうか。もしそうならば是非とも教えていただきたい。
自分が招いたパニック故にどうしたらいいのかわからない。どうか助けてほしい。
「楠木 秀吾…………来週の屋上にて待つ」
そう言って彼女はスタスタと教室を出て行った。
更に事態がややこしくなったぁぁぁあああ!
どんな解釈をしても単純で済まない言葉!
僕の言葉をどう解釈をしたのかは分からないけど、話が拗れたことだけは確か!
でもこれだけは言っておかなくちゃ。
「この学校、屋上ないよ!」
「……放課後、ここで」
そう言い残して去っていく彼女の耳はほんのり赤かった。
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