第7話 夢にまで見る女


放課後になって、桐谷さんとの約束の時間が近づいてきた。

ので俺は緊張で少し涙目になりながらも、せめて先手を取ろうと早めに教室にいる事にした。

こう、主導権をとりたかったのだ。

いつまでも彼女にいいようにされていてはいけない。

そんな大志を抱きつつ少年は扉を開け──。



そこには先客が居たし、そのファーストコンタクトはたった今失敗に終わったところである。

うんまぁ経緯はこんなとこ。

柄にもないが、ポジティブに考えよう。

上がっていける気はしないが、これ以上下がる事はないさ。

目の前の人の好感度も、この状況も。


「別に初めましてじゃない」




「ェ"」


前言撤回。

下がるみたいです。

え……なんて……?

初めましてではないと……?

いやいやそんなわけ……流石にそれは……人として……。

マズいな。否定したいけど、俺が俺であるという一点だけで否定しきれない。

自分を信用するより、まだ相手の方が信頼出来る。

って事は俺は初対面でもない人の名前も顔も覚えられないクズってことか。


「生きてて申し訳ございませんでした……腹を切って詫びます」

「判断が早い」


こういう時はヘタに誤魔化す方が後々拗れるのは目に見えてるので、許しを乞うしかない。

認めざるを得ない。どうもゴミクズです。

風の前の塵と同じです……。

彼女はそんな俺の様子を見て、軽くため息をついてから言った。


「じゃ、改めて自己紹介を」

「ソ、ソウデスネ」


自己紹介……その言葉を聞いて蘇る過去の記憶……!

桐谷さんと同時に名前を言ったせいで、何も聞こえなくて恥ずかしながらやり直した事があった。

あれは恐ろしかった……地獄の空気だった。

たまに夢にみます。

しかし俺は学習能力のある男。

相手のターンエンドを待ってから自分のターンを終わらせる事にするぜ!


「………」

「………」


……?


「………」

「………」


なるほど……夢に見るシーンが今増えたことだけはわかった。

お相手真顔だし……居た堪れない……。

まだ変顔対決にらめっこしてた某読心の人の方がマシかもしれない。

そうか、互いに同じように待ちの状態なのか。

流石にこのままじゃ埒が明かないし、先に名乗るとしよう。


「楠木 秀吾です」「杜 悠」


ダァーーーーー!!

だから!

何故!

言葉を被せるの!

名前が!聞こえないでしょ……!

もう嫌だ……何をしても上手くいかない……。


「遅れましたー……」


救世主!

待ってました!いよっ真打ち登場!

今すぐ抱きつきたい気分だ!


「はっ、ふぇっ!?」


扉が開いたかと思えば、そこに居たのは桐谷さんだった。

さっきまで会ったらどうしようか頭の中でグルグルしてたのに、今では会えた事が嬉しくてしょうがない。

時計を確認すれば約束の時間から15分程遅れている。

なんでこんなに遅れたのかとか、この人はなんでここに居るのかとか聞きたい事は沢山あるけれど。


「桐谷さん!この人は知り合いですか!?」

「は、はい !」

「なら紹介してくれますか!?」

「……はい!」


きた!この地獄に終止符を打った!

桐谷=カサエル=梓。


「このうるさい人間は 楠木くすのき 秀吾しゅうご

「あっ、あっ、宜しくお願いします……」


きしょ。

自分、きしょ。


「この子は ゆずりは ゆう

「ユウの方が後に紹介された」


なんで勝ち誇った顔してるんだろう。

言葉が上手く伝わってない事に気付いたのか、杜さんが補足で説明してくれる。


「マナー的には後に紹介された方が身分が高い」


へぇ〜。


「4へぇだったみたいだよ」

「むぅ、残念」


あ、つまり今のはマウントを取られたということか。

もしかして喧嘩売られてる?


「次からはマナー知らずのバカでも分かる煽りを持ってくる事にする」


オッケー喧嘩売られてるわ。

買う?買っちゃう?


「ストップストップ。あんまり2人ともそういうタイプじゃないでしょ?」

「絶対渡さない」

「なんのことかわからないけど、俺なんか悪いことしたかな。謝るなら今のうちだぜ……ごめんなさい……」

「強気で弱気を返したね」


喧嘩は買わない。

利益がないもの。

喧嘩が転売出来るなら話は別だけど。


「で、どうしてこの男が居るの?」

「そうそう、連絡もなしに練習に他の人を呼ぶとは」

「え?連絡したけど」

「え?」

「なんならユウには口頭で説明したよね」

「え?」


……。

急いでスマホを確認する。

わぁ〜ホントだ〜。


「友達が少なさすぎてスマホを見る習慣がない」


突然したり顔で俺の失態を解説する杜さん。


「そっちは根本から人の話を聞いてない」


俺も負けじと言い返す。

こちとら罵倒のバリエーションなら自信があるぜ。

言い慣れてはないから咄嗟に出ないだけで。


「ぐぬぬ……」

「げねね……」

「なんでそんなに喧嘩するの!?しかも子供の!」


喧嘩を売ってるのは向こうの方からなので俺は悪くない。

10:0で向こうさんが悪いと神に誓える。

誓えるけどなんとなく正座しときますね?

目を合わせたくなくて、視線をずらせば杜さんもいつの間にか正座していた。

ん?この既視感は──


「喧嘩したならどっちにも責任があります」

「「申し訳ございませんでした」」


──今までで一番怒気を孕んだ言葉に俺らはハモって謝った。


「2人のせいで全く話が進まない……」

「いや桐谷さんも遅れてきたよ」

「あれは掃除のせいだからノーカン」


ほなしょうがないかぁ。

ん?話?


「白雪姫の練習!」

「脳がちっさい」


ああ、そういえばそうだった。

集まったのは桐谷さんの文化祭の練習のためだっけ。


「脳がちっさいと言った方が小さいんですぅ〜。この脳が小さいやつめ!」

「な……。自分の言った言葉も覚えられないの?自分で脳がちっさいと言ったようなもの!」

「ほらすぐこうなる……どうして?こうも相性が悪いとは……はぁ〜不安……」


隣の席の女子杜さんのせいですっかり忘れていた。

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