第6話 別に初めましてじゃない


「あっ……すみません……」


どうしてこうなったのだろう。

他に誰もいない教室で僕ともう1人。

名も知らぬ女子である。


「……」


無視。

無言。


無理ぃ……!


というかさっきなんで謝ったんだろう。

呼吸してることか?呼吸してることに急に申し訳なさを感じたのか?

分かんない。自分の思考回路が。

怖い。この雰囲気が。

辛い。この状況が。

なんで、どうして。そればかりが頭の中を支配していく。

そうだ。何故こうなったかを考えようじゃないか。

そしたら……今の状況を打破する糸口が見つかるかもしれない!

そうして教室の隅でこれまでの事を思い出す。


これが僕が今できる最大限の現実逃避だと気付いたのは、もっと後になってからだった。



俺は今追い詰められていた。

……こいついっつも追い詰められてるな。学習能力がないんじゃないか?

こほん。

どれくらい追い詰められてるかというと、すぐ話を脱線させたがるぐらいだ。

わかりやすく言うと現実逃避している。

……こいついっつも現実逃避しているな。学習能力がないみたいだ。

果たして、追い詰められてるから現実逃避をしているのか。

または、現実逃避ばかりしているから追い詰められてるのか。

難しい命題だ。

俺はきっとこの命題を生涯かけて追い続けるのだろう。


「どうしたんすか?」

「おひょ!?」


背後から声変わりがまだ来てないような男子の声が耳元で囁かれる。

びっくりした!びっくりした!!


「どうどうどう、落ち着いて下さい。そんな鬼の形相で顔を近づけないで、あー鼻息が荒いすよ、悪かった、悪かったっす」

「フーッ、フーッ……!」

「あーダメっすよ威嚇行動出しちゃ。人間の尊厳がある限り出しちゃダメっす」

「コレガ……ココロ……?」

「感情を知らない悲しきモンスターだったんすね……なら、いいのか……?」


モンスター扱いしてる時点でよくないと思う。

俺は声のする方に向き直る。


「こんにちは、織田川くん。今日も糸目が素敵だね。いつ裏切ってもおかしくないよ」

「キミはいつも通り失言が多いっすね。後、ボクはいい糸目なんで。最終盤に力を貸すタイプの糸目なんで」


そうだったのか……。

高身長でイケメンの糸目は確実に裏切ると思っていたのに。


「生徒会所属だったりするんすよ?助けになりたいんす」

「悪の?」

「生徒会はそんなとこじゃないっすね」


それを言うなら別に生徒会に、クラスメイトを助ける義務はないはずだが。

きっと彼は優しい人間だから、困っている俺に声をかけたのだろう。

陽キャすぎてあんまり関わる事がない人だが、それは単純に俺が気後れしてしまっているだけで、真の陽キャはまずそういう区別をしていないらしい。

話しやすいしカッコいい……モテてるんだろうな。

彼なら信頼出来るし話してしまってもいいのだが。

この悩みを、さてどう話したものか……。


「うーん、とねぇ……」

「あー、もしかして人前じゃ話しづらかったり?」

「まぁ、そうかな?」

「そうなんすねぇ……じゃあこっちに来て話すっすか」


言われるがままに俺は彼についていく。

教室から出る時にキャーッと複数人の声が聞こえた気がしたが気にしない。

彼と俺が小中高一緒という事を知られてから、彼と話してる時に時々聞こえる声だが気にしない。


「助けになりたいんす……だって!」

「ってことはそういうことだよね!もうそれそういうことだよね!?」

「フ、ふ腐……」


………………気にしない。



「織田川くんってそっちの需要も高いんだね……」

「?、そっちってどっちっすか?」


いやいいんだ……。

知らないことの方が幸せなこともあるさ。


「どうしたんすか遠い目をして……」


連れられてきたのは特棟の二階の廊下。

昼休みの時間なら確かに人は通らないだろう。

立ち話にうってつけだ。……多少埃っぽくなければ尚良しだったが。

贅沢言っててもしょうがないか。


「……という事があったんだよ」


話はここにくる途中にある程度纏めていたからスムーズに話せた。

もしかしてそれを含めてここを選んだのかな、カッコ良すぎるな織田川くん。

最初っから話したが大丈夫だろうか。ついてこれているだろうか。

読心の力については話してないから破綻した説明になってないかも心配だ。


「えーっと、梓さんとは出会って一ヶ月と少しなんすよね?」

「ん?うん。だからさっき話したのは全部今年度に入ってからだよ」

「っすぅー……」

「え、何なんかあった?」

「いえ?なんもないっすよ?」


な、なんだろうか。

もしかして桐谷さんが伝説のスケバンだったりするのだろうか。

それともついに開かれるのだろうか。あの糸目が開眼する時がきたのだろうか。

ないか。ないな。


「だから放課後会う約束になってるんだけど……」

「……(何故これ以上惚気を聞かないといけないのか、という顔)」

「俺バックれてもいいかな……?」

「いいわけないっすねぇ……(聞かないといけなさそうだな、という顔)」


顔がころころ変化して面白いな。

何考えてるか全然分かんないけど。

どうしても読心があったらと思わずにいられない。


「ま、よく笑うことっす。笑顔が一番心の内がバレない仮面っすよ」



時は戻って現在。

教室に名も知らない女子と2人きり。

正直仮面がどうたらって読心相手に一番意味がないアドバイスだと思ってたけど、織田川くん!今僕は君に最大限の感謝を贈るよ!ありがとう!

君のおかげでこの状況が改善するかも知れない!

僕はゆっくりと女子に向き直り、顔に力を入れる。

思い浮かべるのは爽やかな笑顔。

モデルは勿論恩人織田川くん。

理想の笑顔と自分が重なる。


「は、初めまして……フ、ふ腐……」


理想を入力しても、理想を出力できるわけじゃないんですよ。

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