第11話

「♪~」


 昨日の事件から一夜が明け、カフェ「ルーヴル」の住居スペースから笛の音色が響き渡る。その音色に、一悟達は飛び起きる。シュトーレンはこの音色に聞き覚えがあるようで、部屋を飛び出し、リビングへ駆け下りる。


「バンッ!!!!!」


「朝っぱらから、ブレイブルート鳴らすなっ!!!!!(男声)」

 Jの字を描いた白銀の棒のようなフルート…至る所に金色の装飾が施され、カーブの部分にはマジパティと同じモチーフがついている。

「やっと起きたか、セーラ!朝食はもうできてるぞ♪ガレット様お手製の勇者メシ!!!」

 あっけらかんと笑うガレット。シュトーレンは毎朝この様な起こされ方をしていたらしく、呆れている。ガレットは人間界で日本の温泉巡りをしていた傍ら、調理師免許を取得したようで、料理の腕前は折り紙付きだ。


 朝食を済ませた一悟は制服に着替えるが、その真横で雪斗がうらやましそうに見つめる。

「いちごんと…学校に行きたい…」

「お前は行方不明扱いなんだから、行けるわけねーだろ?早くユキに入れ替わって着替えろ。」

「それが…出てこないんだ…昨日、ガレットさんの意識を突き飛ばしたとき、力を使い果たしたみたいで…」

「あれで相当な力使うのかよ…」

 一悟はあきれ果てながら、雪斗にブラを付ける。一悟はブラの付け方は見ていて分かったのだが、肌の露出の多い女性が大勢いる場所などは、未だに克服できていないようだ。その結果、昨晩の銭湯の帰りはガレットにおんぶされて帰るハメになったのである。


「んじゃ、行ってきまーす!!!」

 一悟はムッシュ・エクレールこと下妻先生と共にサン・ジェルマン学園へと向かう。その様子を見て、雪斗はふくれっ面だ。雪斗もサン・ジェルマン学園の制服姿なのは、せめてもの抵抗と言えるだろう。

「親父、アンヌが雪斗を瀬戌警察署に連れて行くって言うから、一緒に行って。」

「えぇー…あの一悟に似た刑事に会うの~?」

 娘の言葉に、ガレットはブーイングをかます。

「雪斗を見つけたって事で連れて行くだけだって…「昨日の夕方、カフェ「ルーヴル」の裏で衰弱して倒れているのを見つけて保護した」…って、説明して。あとはアンヌがやってくれるから。」

「はいはい…」

「それから、その帰りにハローワーク行って仕事見つけて来い!(男声)」

 ガレットはさらに不服そうな顔をした。


 アンニンの迎えで瀬戌警察署に連れて行かれた雪斗は、さっそく事情聴取を受ける事になった。ガレットは第一発見者として別の取調室に入れられている。

「正門を出た後、自分の父親とよく似た人を見て、怖くなってしまって…裏山へ逃げ込んだんですが…後の事は覚えてません。気づいた時にはベッドの上にいました。」

「この子、父親に虐待されていたことがありまして、かねてから養護教諭の私に相談をしておりました。」

 雪斗とアンニンの話を聞きながら、一悟の父親はノートに書き込む。

「それで、その姿となってしまったのは?」

「私の学生時代の知り合いの医師に見せてもらったのですが、この通り見た目と性別が変わってしまう、医学会で現在研究中の奇病に罹患してしまっていたのです。病名はまだ決定しておりません。医師によれば、人との接触による感染はないとのことですわ。」

「なるほど…研究中の奇病となると、これ以上の情報公開はマズいことになりますなぁ…」

「治療に支障もでますので、これ以上は彼の父がいる今川家にはお話できません。」

「まぁ…虐待されていた以上は、虐待した相手に対して黙秘する必要がありますね。ところで、本官達は本来一連のマジパティ絡みの事件を追っているのですが、彼女たちと関係は…」

 一悟の父親の口から「マジパティ」が出た途端、アンニンは異様ににこやかな表情となり…


「ございません(はぁと)」


 事情聴取が終わり、アンニン達は警察署をあとにする。

「ところで、杏子ちゃん…ハローワークって、どこ?」

「道路挟んで反対側にあるの、見えません?資格次第では、私から医療関係の職場を紹介させられないこともないですが…」

「調理師免許と自動車免許ならある。それと北海道のふぐ処理責任者と、製菓衛生師…」

 ガレットがそう言うと、アンニンは道路の反対側を指さし…


「お行きなさい!!!!!」


 瀬戌警察署を出たアンニンの車は、学校最寄りのフェアリーマートで下妻先生を拾い、大きな屋敷にたどり着いた。雪斗の家である。屋敷付近にはマスコミが張り込んでいるが、下妻先生が何とか言いくるめて、退散させてしまった。そして、アンニンは氷見家の門にあるインターホンを押した。

「サン・ジェルマン学園中等部養護の仁賀保です。当主様との面会の時間10分前となりましたので、門を開けていただけますか?」

 門が開き、アンニンが運転するポルシェは氷見家の敷地内に入る。1台のポルシェが氷見家に入り終わると、門は自動的に閉まる。来訪者用のスペースに車を止めると、アンニンと下妻先生が降りる。やがて氷見家の使用人がやって来ると、2人は当主である雪斗の祖父の所へ通された。

「仁賀保先生、ようこそいらっしゃいました。」

「ご無沙汰しております、当主様。こちらが、雪斗君の担任の下妻です。」

「はじめまして、下妻と申します。」

 軽い挨拶のあと、アンニンは昨晩ガレットが話していたスイーツ界に繋がる空間について案内してもらった。ガレットの話は本当で、このことは氷見家の当主のみに明かされる話だった。勿論、雪斗の祖父は8年前の当主だった母親からガレットの事を聞いており、時折氷見家の外で会う事もあるとのことだった。そしてシュトーレンが5年前に氷見家の敷地内に飛ばされたことも、マジパティのことも…


 勿論、女の子の姿となってしまった雪斗と再会させた。やはり雪斗がマジパティであったことは知っていたようだが、他の家族はその事を知らない。家族との混乱を避けるため、その場で話し合った結果、元に戻るまでの間、こまめに連絡をとる形で雪斗を氷見家から一時的に出すことになった。勿論、罹患した奇病の治療という名目で。


 午後になり、アンニンが出勤することになったので、雪斗は他の不登校生徒になりすまして保健室へ連れて行かれた。雪斗は制服と下着を脱いで、アンニンに身体を触診で調べてもらう。勿論、他の生徒に見つからないように…

「細胞構成も、染色体も全て、カオスによって書き換えられているわね。やはり、徹底的に治療するしかないわ。」

 アンニンはそう言いながら、雪斗に点滴を見せる。

「そ、それは…」

「見ればわかるでしょ?点滴よ。学校だと僧侶の姿で治療できないもの。点滴でカオスのエネルギーを中和するしかないわ。マジパティにとって、スイーツ界の僧侶は医者同然なんだから。元の姿に戻るための辛抱よ。じっとしてなさい…」


「プス…」


 雪斗の願いも虚しく、アンニンは雪斗の左腕に点滴の針を入れた。


「ガラッ…」


「失礼しまーす!」

 雪斗にとっては、約2か月ぶりに聞く声がした。

「あら、玉菜じゃない。また患者でも拾ったの?」

「いや…ゆっきーについて聞きたいことがあるの。あの子…マジパティだったんでしょ?それも…禁忌を犯した…」

 親戚の子の険しい声色…自らその正体を明かしたいところだが…

「守秘義務があるのはご存じ?それに、パリでの事をあの子達に明かせない限り、私はあなたを部外者としてしか見ることしかできないの。だから、今はその質問に答えられないわ。」

「そっか…じゃあ、時期が来るまで待ちますか!ゆっきーが学校に戻ってきたら、罪を着せた罰を受けてもらおっと♪失礼しましたー!」

 玉菜の発言に、雪斗の顔は真っ青になる。玉菜が保健室を出ると、雪斗はユキに話しかけようと意識の中に潜り込む。


「ユキ、どうしたんだ…ユキ!!!」

 意識の中にいるユキは、どことなく機嫌が悪い。

「なぁに?事あるごとに僕を呼んできて、しつこいんだけど?」

「ひょっとして…出てこないのは、僕のせいなのか?」

「当たり前でしょ!!!着替えのたびに、僕を呼び出すわ、警察の取り調べでも呼び出すわ…挙句の果てには、触診の時まで僕を呼ぼうとするわ…僕はお前の便利屋じゃないのっ!!!とにかく、自分で着替えとか済ませようとしない限り、絶対に出て来てやらないから!!!!!」

 確かに、ユキが怒るのも無理はない。


 点滴が終わった時には、放課後になっていた。仕事を片付けたアンニンは、雪斗を連れて急いで自宅のある瀬戌駅南口近くのマンションへ戻る。人間界で僧侶の姿で治療するためには、スイーツ界のエネルギーが必要であるため、マンションからエネルギーが一番よく溜まる時間が月が出ている時であるからだ。

「では、治療を始めましょうか。」

 アンニンは僧侶の姿になり、月からスイーツ界のエネルギーを杖に集める。そして、そのエネルギーを一糸まとわぬ姿となった雪斗に放出した。


「黒き穢れよ!!!光の中へ溶け込みなさいっ!!!!!」


 僧侶の言葉に、雪斗の全身は瞬く間に光の粒子の中に包み込まれる。光の粒子は雪斗の全身をくまなく触診し始め、雪斗はどことなくこそばゆい感覚を覚えた。だが、胸と股間はどうしても耐え切れないようだ。

「あうっ…うみゅっ…」

 光の粒子での治療とはいえ、雪斗には四方八方誰かに身体を弄られているような感覚だ。その証拠に胸の先端は固くしこり、腰の方もがくがくと震えている。


「今日はここまで!スイーツ界のエネルギーを使ってでの治療は、これで十分そうね。ちょっともったいない気もするけど…」


 翌日、雪斗はアンニンから「夕方までに薬を調合するから、勇者様と一緒にいろ」と言われ、カフェ「ルーヴル」を手伝うハメになった。雪斗がカフェ「ルーヴル」に来たときは、既に一悟が男の姿に戻っており、放課後にカフェ「ルーヴル」に来てから家に戻るとの事だった。ガレットの方は、サン・ジェルマン学園の食堂の仕事が見つかり、今日は面接で一悟と一緒に行くことになった。

「これ、1番テーブルまで!!!」

「は、はいっ!!!」

 家の手伝いすら初めての雪斗にとっては、カフェの手伝いは苦難の連続ではあったが、明日以降は一悟もみるくも手伝うと聞いて、本人は嬉しそうだ。物覚えは早い方なので、一悟達がカフェ「ルーヴル」に来た時には、既にウェイトレスの仕事が板についていた。


「それじゃ、明日からは9時にここに集合ね?雪斗も、一悟の家族やみるくのお父さんやお兄さんに迷惑かけない事!それと、僧侶様から処方された薬は定刻通りに飲む事ね。」

「やっと慣れてきたけど、大勇者様の視線怖ぇし、ゴールデンウィーク中は極真会館休みだし、手伝い頑張るぜ!!!」

 その大勇者様の方は、ゴールデンウィーク明けよりサン・ジェルマン学園の食堂で働くことが決定した。ちゃっかりと就職を決めるのが、いかにも彼らしい。


 雪斗は一悟とみるくと一緒に喋りながら、学校の事やカフェでの事をたくさん話し合う。「最初からこうすればよかった」と、後悔する気持ちも残るが、最終的には一悟達と仲良くしゃべりながら歩く事が、雪斗にとっては一番の至福の時だった。

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ChaosSorbet 夜ノ森あかり @yonomoriakari

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